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長編V
2007-12-25(火)
月と太陽4





「……う、嘘だ…!だって、アンタっ…オレの事餌だって…!!」

綱吉は叫びながら恭弥を撥ね除ける。
突き放された恭弥は何も言わずにただ静かに綱吉を見つめた。その瞳が揺らいで見えるのは気のせいではないだろう。

「それに!おかしいよっ…あんた男だろ!!」
「……関係ないよ」

一歩近寄り、綱吉へと手を伸ばす。

「…つなよし……」
「…っ…オレは!オレはっ…アンタなんて大嫌いだ!!」

今にも泣きそうな顔で綱吉はそう叫び、走り出した。
恭弥は伸ばした手はそのままに、追い掛けることが出来ずに立ち尽している。

「………大嫌い、か……」






走り続けた綱吉は、気付けば早朝来た川に着いていた。
辺りはもう闇が広がっていて、僅かな月明かりが仄かに差し込んでいる。だがその明かりは微弱で、何かを照らす事はない。
ただでさえ鞍馬山は他山よりも薄暗く、暗魔と記されるほど闇に包まれた山だ。
綱吉は突然恐怖に襲われ、足がすくみ動けなくなる。
その場にしゃがみ込み、体を震わせ辺りを見渡す。
風に揺れ木の葉の音が更に恐怖を掻き立てた。

「っ…も、嫌だっ…何なんだよ!!何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよ…!!」

カサリ…

「ひぃっ…!!」

ガサガサッ…

「ぅわぁあああ!!」

ガサッ…バシャン!!

綱吉は自らの足音に驚き、後退れば足を踏み外して川へ落ちた。

「……も、もう…やだっ…うっ…うぅ…」

何に対するのか解らない恐怖や憤り、後悔や心細さ等から綱吉はついに泣き出してしまった。川に落ち、身に染みる寒さが綱吉を追い詰めていく。
その時、足に糸の様なものが絡まる感覚がした。
そう思った時には、右足首に巻かれたソレに物凄い力で引きずられる。

「ウァァアアアアアアッ!!」

岩や枝で体中を傷付けながら、木の上まで引きずり上げられた。
その先に髪の長い女がいた。
青白い炎に照らされ、艶しい。
その女は舌舐めずりをして妖しく笑んだ。

「ふふ…今夜は御馳走だわ」
「ひっ…あ…お、お前っ…妖怪…!?」
「…ん?」

綱吉に顔を近付けてきた女は鼻が付きそうな位置で突然不快そうに顔をしかめた。

「アンタ…天狗の守護を受けてるのね。まったく…冗談じゃないわ。せっかく釣った最高の食材なのに」
「……へ?」
「何よ?間抜けな顔して」
「あ…オレ、の事…喰べないの…?」
「何よアンタ。喰べられたいの?変わったガキね」
「いえそんな滅相もない!!」

ふん、と面白くなさそうに鼻で笑いながら、女は綱吉の足に絡まった糸を解いた。

「…ちょっと、アンタ。何でそんなに怪我してるのよ」
「ひぃっ……だ、だって、川から引きずられたから…」
「ああもう!そういえばアンタ人間だったわね。最悪…アンタ傷付けたら私が天狗に嫌な目に遭わされるっていうのに」
「あ、あの…」
「何よ」
「さっきから言ってる事が……結局オレ、どうなるんですか…?」
「天狗に返しに行くわよ。ああそれとも天狗が迎えに来るのが先かしら」
「…迎えに?何で…?」

綱吉は女の言うことに首を傾げるばかりだ。
女は面倒臭そうに溜め息を吐く。

「何言ってるのよアンタ。鞍馬天狗の伴侶でしょう?そんなに強力な守護まで受けるくらい大事にされてるアンタを、傷付けたら契約違反で富士天狗に報告されるのよ。最悪だわ」
「…何で、ですか?」
「アイツ、私が富士天狗の事愛してるのを良いことに…私の失態を報告しては恥をかかせるんだから…!ほら、アンタ早く服脱ぎなさい!」
「うえぇえ!?」
「風邪引かれるわけにはいかないわ。ついでに怪我にも薬を塗るから。ほら、早くなさい」

綱吉の理解が追い付く前に、服を全部脱がされ薬を塗りたくられた。
適当に綱吉を布でくるみ、辺りにあの青白い炎が数を増やして暖められる。
その間に女は手から糸を出しながら服を織り始めた。

「…うわぁ…凄い。あの、この火は…?それに、服も…」
「アンタ何も知らないのね。ソレは鬼火。霊魂よ」
「霊魂?!人の魂!?」
「そうよ。心配しなくても天狗の守護を受けてるアンタに害は無いわ。受けてなかったら取り憑かれてるわね」
「ヒィッ…!」
「そして私は女郎蜘蛛のビアンキよ。鞍馬の妖怪達の服はだいたい私が作ってるの」
「蜘蛛…?」
「はい、出来たわ。これを着なさい」

そう言って手渡されたのは、手触りが柔らかくダークブルーの衣と赤い帯だった。

「着物…?」
「悪い?それ、早く出来るもの」
「いえっ…あ、ありがとうございます」

綱吉が着物を着終る頃に、女…ビアンキは空を仰いだ。

「まったく、間に合って良かったわ…。アンタ、迎えが来たわよ」
「綱吉ッ!!」

月を覆い隠すほど大きな翼を羽ばたかせ、雲雀はビアンキの巣に降り立ち綱吉と共にいるビアンキを睨みつけた。

「女郎蜘蛛、どういう事?何で綱吉といるわけ」
「変な誤解しないでちょうだい。川に落ちて怪我したこの子を保護しただけよ。アンタの花嫁のようだから」
「……そう、なら富士天狗に言っておくよ。世話になったってね」

ビアンキとは話が済んだとばかりに背を向け、綱吉を振り返るとそっとしゃがんで目線を合わせた。

「…綱吉…帰ろう」
「…っ………」
「アンタ綱吉って言うの?完全に名前負けね。アンタ美味しそうだからツナが良いわ。ツナにしなさい」
「僕の伴侶に文句つけないでくれる」
「あ…ビアンキ…」
「何よ。早く帰りなさい」
「服、は…」
「あげるわよ。アンタに合わせて作ったんだから」

自分を無視してビアンキと話す綱吉の手を取り、軽々と抱き上げて恭弥は翼を広げた。

「世話になったね」

背中越しにそう告げ、闇色の翼を羽ばたかせた。

「…あ、ありがとうビアンキ!」
「次は昼に来なさい。ちゃんとツナに似合う服を作ってあげるわ」

互いにやや声を張り上げてまた会おうという約束をした。






恭弥に運ばれている間、綱吉はじっと固まっていた。
巨大樹の前に降り立っても、恭弥は綱吉を降ろさないで抱き続ける。
洞窟に入ると芳しい匂いがした。
どうやら夕食が出来上がっているようだ。
だがそれを通り越して恭弥は綱吉を部屋まで連れ込む。

「…痛ぁっ…」

部屋に入るなり体を強く絞め付けられる。
息の詰まる抱擁に、綱吉は戸惑った。

「………あ、の…」
「君は!」
「っ…!!」
「…ごめん、怖がらせて。でも、良かった………でも僕はっ…君の悲鳴が聞こえたとき、僕はっ…僕は凄く怖かった…!崖から落ちたのか、それとも六道に何かされたのか…まさか獣にっ…て……」

顔が見える距離だけ離れ、恭弥は綱吉の顔や肩を割れ物に触れるかのような手付きで撫でた。それから傷を一つ一つ辿り、小さなキスをしていく。すると傷は直ぐに消えていった。

「う、ふぁっ…」
「…良かった…君が、無事で…怪我が小さくて………ん、もう治ったよ」

恭弥の潜められた眉が、不安そうな顔を作っている。

「…あ………ごめ、…なさい……きょう、や」




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