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★新・シマダの頭★ 劇団員・島田のなんでも日記。 寝ぐせに覆われた根暗なアタマの中をどうぞ。
2008-11-09(日)
「冬春あなた」

10月半ばに書いて載せるかどうか迷って保存していた日記。
結局、今月も似たようなことを考えているので、載せる。

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くらもちふさこだった。
もうだいぶ前の話になるが、いとこから貰った漫画本の中にあって、わたしの記憶が確かなら「学生会議の森」とか「マジパンデート」とか載っていた。
好きだったんだけれど、弟が勝手に古本屋さんへ持っていってしまった。
それすらかなり前の出来事だ。
今でもたまに読みたくなる。
いとこから譲り受けた漫画はずっと持っている。
「冬春あなた」だけがない。
弟の仕業だ。


最近電話がきて、荷物を5箱送ったから着いたら部屋に放り込んでおいてくれと言う。本やCD。
引っ越すにしても整理しないといけないからとりあえず送る。という言い分だった。そして、実際送られてきた。
結婚したし、やがてはこっちに帰ってくるつもりか。単に増えた荷物の置き場に困って送るだけかもしれないけれど。

弟は音楽が好きで、今は都内にある輸入レコードを販売する会社で働いている。
近い将来、夫婦で帰ってくるのであればとても嬉しいけれど、心配なのは仕事のことだ。
本人もそのことを言っていた。帰ってきてもいいんだけど、仕事があるかどうか・・・みたいなこと。たしかに。

悪い意味では決してない。選ばなければ何かしらあるだろう。
ただ、好きという気持ちとか、やりがいとか、誇りとか、そんな精神的な充実感を仕事に求めるのは贅沢なんだろうか、と考えたりもする。
いや、求めてもいいはずだ。
そして、それらは気持ち次第できっと得られるはずなのだ。何か違うと感じがちな現状においても。

生きていると思うようにいかないことの方が圧倒的に多くて、忘れてしまいそうになる。誇りを。求める気持ちを持つことを。
何か違うけれど、贅沢なことは言ってられない、と思う。
さみしいな。学生時代の自分が聞いたら嘆きそうだ。
来年は30才になる。

わからなくなる。
現実は押し寄せる。
生きていくために働く。それ自体、美しい行為ではある。

弟は上京する際、集めていた漫画やCDを処分した。「冬春あなた」もそれに紛れてしまったのだ。
本人は憶えていないかもしれないが、
何かを得るためには何かを手放さないといけない
と確かに言っていた。
わたしはいろいろ手放せないでいる。

弟には、今年祖父の葬儀で帰省したときにも、ちゃんと書くべきだと言われた。それで改めてはっとした部分もあった。
先日は高校時代からの友人とご飯を食べて、そんな話になった。
自分はいずれはもの書きになるんだと信じて疑わなかったのに、無理かもしれないと思いはじめて、現実の生活に保険をかけたがる大人になってしまっているということ。
悪いことではない。
だが、気持ちは穏やかではないのだ。
原点に立ちかえって、精進すれば気持ちの安定がはかれるんじゃないかと思った。
必要なのは、努力だ。
が、日々の暮らしに追われて努力を怠る。自分で努力しないことにはどうにもならないのに。
こんなことでは何者にもなれない。
何者になりたいのかすらわからなくなりそうだ。
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欠落してしまっているもの。本当はあるのかもしれない。でも、見えてこない。感じない。
だから、ないに等しい。

それはある日故意に置き去りにしたのか、或いはこれまでの暮らしの中で次第にそうなっていったのか。
もうどっちなのかわからないのだ。
期待するとがっかりすることの方が多い。だからはじめから期待しない方が良いと思っているのかもしれない。偏った考え方だというのはわかっている。
偏っていて、矛盾だらけだ。
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