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日記やネタ倉庫 思い付いた物を書くので、続かない可能性大。
2018-01-03(水)
とある龍の話9(江戸)

おう、調子はどうだ

へえ、赤雲斎様。悪阻もなく、ええやや子で御座います。

ふむ、それは重畳。だが、ややこなどと言うでない。その中にいらっしゃるのは竜の秘宝だ。
お前は胎を貸してご奉仕しているだけなのだ。そこは弁えろ。

実は、その事に関してお話があります。

何だ?金でも足りなくなったか?

いんえ、実はこの前、うちの母様に診てもろうた所、この中にいるのは男の子と分かりましたが。いろいろしてもろて申し訳ございませんが、この度は残念な事で。

ちょっと待て。お前、何を言っている。

へえ、残念ながら腹の中の子は男の子でございした。だから、あの、頂いた金銭は何とかお返しいたしますので。何でしたら、女の子が出来るまで孕みますんで。

お前、もしかして。女が産まれたら花嫁にして、男の子だったら花嫁に出来ないと思っているのか。

はい?

はぁ、お前の様な百姓にも理解できるように、懇切丁寧に説明したのだが、やはり無学は駄目だな。もの事を理解するという事がなっとらん。いいか、お前の腹の子は男だろうと女だろうと、なんなら、かたわだろうとお雨様の花嫁になるんだ。

そ、そんなとんでもない!この子は男の子でございます、男の子が花嫁になるなんて、そんな事は天の道理に反しとりますが。そんな気味の悪い事!

お前らのような百姓風情には理解できぬ事だ。その方はお前の腹に入る前から、お雨様の番になる天命なのだ。男とか女とかは、この世に生まれる為の付属的な要素にしかすぎん。

だけど、男の子だと子が。

はっ、馬鹿が、竜にとって子をなす事が重要な訳がなかろう。幽世の存在にとって、花嫁を得る事が重要であり、子をなす事は副産物にすぎん。そもそも、相手は悠久の時を有す存在ぞ。たかが数十年しか生きる事が出来ぬ我らと苦い、子供は不必要なのだ。はぁ、これだから百姓の相手は疲れる。

ふ、ふざけんでないが!この子はあたいの子やが。なして男の子なんに捧げねばなんね。お雨様は男やろ、男に男を嫁がせるなんて聞いたこともねぇ。馬鹿だというが、あたいにもそれくらいの道理は分かっとるが。あんた、やっぱり頭がわやになってるきゃぁっ!

おお、馬鹿を相手にしていたら思わず殴ってしまった。大丈夫か?そうそう、胎だけは守れよ。

うう

馬鹿には賢者が愚か者に見えるというが本当なんだな。いいか、お前に施したのは子をなす術ではない、竜の卵をお前の腹に入れただけ。孕んではいるが血の繋がりは一切ない。勘違いするな、お前の腹の中にいるのはお前の子ではない。尊き竜が、お前の腹を利用して降臨しようとなさっているだけなのだ。勘違いするな弁えろ。お前の子はお雨様の花嫁となり、その長き生をお慰めすることとなるのだ。

い、嫌やこの子はあたいの子やが!あんた、お雨様を騙そうとしとんやろう!そげな罰当たりな事をすんでねぇ、このぺてん師!偉そうな顔をしとるが、あんたなんか只の無宿者さ、性根が厭らしい糞の腐ったみたいな奴だ!

ふっ、お雨様なぁ。お前らは随分と崇めているようだが、結局は化生よ。そもそもお前らが雨の地に縛られているのはその竜のせいではないか。お前らの様な地の民がどれだけ崇拝しようが、化生どもは気にもしない。蟲の羽ばたき程度しか感じていないぞ。【お前の息子】は竜に抱かれるのさ。ああ、竜は長い長い間飢えていたから、【お前の息子】はうまれて直ぐに抱かれるやもしれぬなぁ。そうなったら、どうなるか。竜の逸物はでかいぞ。赤ん坊は産声をあげる前に、鳳仙花のように弾けるかもなぁ。竜の刺のついた魔羅に、小さな小さな菊座が貫かれるのだ。

そ、そんな

そんな事はないだと?それではお雨様に聞いてみよう。産まれてくるのは男だった。どうします?とな。

うぅぅ。
うわぁぁぁ。
いやがぁ。
いやがぁ。
あたいの子にそんなことせんといて。
酷い事せんといて。

・・・・・・・・・・

その日、屋敷の客間に旅芸人の面々がいた。

座長の知り合いという陰陽師。とてもそうとは思えない幼女に客人として迎え入れられていた一座は、座して仲間を待っていた。その顔は老いも若きも不安気で、何人かは苛立たしげに派手に貧乏揺すりをしていた。誰も喋らないが、不安からの溜め息や貧乏揺すりの音、落ち着きなく姿勢を直す衣擦れ等が響き、その場には張りつめた静寂がザワザワと満ちていた。

「なあ、まだかねぇ」
「まだだよ」
「そうかい」

静寂に耐えきれなかったのか、目の上に大きな瘤のあるカラクリ使いが、相方である年増の水使いに尋ねる。水使いはぶっきらぼうに答えて黙ってしまった。カラクリ使いも黙ったが、一刻もしないうちに口を開いた。

「なあ、まだかねぇ」
「さっきも言ったろ、陰陽師さんが来るまで待ちな」
「そうかい……遅すぎやしないか「ああああっ煩いよ!老いぼれ!さっきから何度も何度も言わせんじゃないよっ、陰陽師さんが来るまで、あたい達は何も出来ないんだよ」

先程から何度も同じ問答を繰り返していた水使いの堪忍袋が切れ、カラクリ使いの頭を平手でベチンと叩く。年期の入った鋭い平手に、カラクリ使いは頭を抱えて痛みに耐える。彼は涙目になりながら水使いに反論する。

「だってよぉ、だってよぉ、心配で心配で。日青がまた、こえぇ目にあってんじゃないと考えるとよぉ、どうにもなんねぇんだよ。お前は心配じゃねぇのかよぉ」
「んなもん、あたいも同じさよ!水坊のおしめを取り換えたのはあたいだよ。身を裂かれる思いだよ、だけど待つしかないじゃないかっ!」
「姐さん落ち着いてくんさい。皆も姐さんの気持ち、分かっておりやす」

咎めるようなカラクリ使いの言葉に、水使いは堰が切れたかのように金切り声をあげてカラクリ使いを何度も叩く。見かねた強力が止めに入るが、水使いは強力を睨み付けた後、座長に視線をやる。

「こうなりゃ、言わせてもらうけどね座長さん。あの陰陽師とか言う小娘は信用できんのかい?まだ初潮も迎えてないようなジャリじゃないか」

その言葉に、周りも同調するような視線を交わす。

「座長、大丈夫なのか?」
「座長さんの知り合いだから信じようとおもったけど」
「あの子、何歳だい?」
「10は超えてないだろう」

ポツポツと不安の言葉を口にする芸人達に、座長は動じる事もなく答えた。

「皆が心配するのは当然だ。だが、あの方が只者でない事はわかるだろう?あたしのひい祖父さんが子供だった頃からあの外見だったんだ。あの方以上に老長けている陰陽師は知らないよ。だから、どうか信じてもう少しだけ待ってくれないかい」

そう告げると、座長は畳に手を着いてゆっくりと仲間に頭をさげた。座長にそこまでされて芸人達は「座長さんがそう言うなら」と渋々納得した。

「ところで、あの御仁は誰なんですかい?」
「……」

一座の相撲取りが指差す先には陰気な男が座っていた。襤褸切れを纏い骸骨のような顔をした男は、屋敷の人間ではなさそうだし一座の者でもない。先程、座長は陰気な男と言葉を交わしていたものの、その時の座長は普段の穏やかな雰囲気が嘘のように険しい顔をしていた。

「あの男はろくでなしさね。正体はすぐ分かる。だが、決してあの男をどうにかしようとしちゃいけねぇよ」
「っ!?座長、もしかしてあいつぁ!」

鈍重な見た目のわりに頭の回転の早い強力が、何かを悟って陰気な男を睨み付ける。それを見て他の者も何人かが男の正体に検討がいったらしく、立ち上がって陰気な男に怒気を向ける。陰気な男はそんな彼等に気付いて無いはずはないのだが、ちらりと彼等に視線を向けると視線を前に戻した。その態度に一座の怒りが上がり、中には腕を捲って殴り掛かろうとする者もいた。そんな彼等に座長の一喝が飛んだ。

「止めねぇかお前ら!」
「座長、やっぱりアイツはアイツなのかい!?」
「だったらどうしたい!いいか、この件はあたしらみてぇな現世の人間が知らぬ世界の話だ。博徒だ役人だ、汚職や殺人みてぇな切った張ったの世界ならやりようもある。だが、竜や竜脈、陰陽師に霊力とか分かるか?素人のあたしらが何かして拗れちまったらどうする!掛かる迷惑の向かう先は日青だよ」
「くっ」

座長の言葉に一座の者が苦々しい表情を浮かべながら掲げた拳を下げた時、屋敷の使用人が屋敷の主と日青の来室を告げる。一座の者が慌てて席に戻ると、襖が左右にスパーンと開いた。そこから現れたのはまだまだ幼い童女。おそらく春を十迎えたかどうかといった年齢だろう。クルミのような大きな瞳の目尻には紅を引き、その黒真珠のような見事な黒髪を古風にも振分髪にしている。服装も小袖に打掛を腰に巻いており、まるで権現様が江戸の街を開いた当時の様な格好をしている。

その少女は殺気だった一座の者を見て、あてが外れたという顔をして行儀悪く舌打ちした。

「何だい、殴り合いの喧嘩でもしてるじゃないかと期待していたのに、意外とお行儀が良いじゃないか。おい、あんたの一座も大分お上品になったもんだねぇ。期待して損した」
「相も変わらずですなぁ染梅様」

呆れる座長の言葉に、染梅と呼ばれた少女は鼻で笑いながらズカズカと畳の上を歩いて行く。そして、一段高くなった上座へ移動すると、そこに敷かれた座布団に座らず、仁王立ちで一座の者に向き合って高らかに告げた。

「本日はよく集まってくれた!あんたらを呼んだのは他でもない、今日はとある高貴なお方のお披露目だ。2千年以上もいなかった方のお目覚めに立ち会うにはあたしだけじゃ味気ない。そこで、今回の事柄に関係したあんたらをよんだって訳さ」

そう言い放った染梅は、目の前にいる陰気な男に思わせぶりに視線を向ける。陰気な男は口を一文字に引き結び、染梅の視線を正面から受け止めていた。

「さあさあ、御覧じろ。此処にいらっしゃるのは常世の者なんて一生見る事も触れる事もないであろう、美しくも艶やかな幽世の秘宝。陽を司り、生誕の土地に永久の平定と豊穣を約束する陰陽の番の片割れ。悲願を成就するも大きな業を背負いし尊きお方」

陰気な男から視線を外した染梅は、何事もなかったのように口上じみた台詞と口にしながら歩き始める。染梅が向かうのは一座の者がいる場所とは逆方向、南側の本来ならば壁があるべき場所には朱色の観音開きの扉があった。染梅は笑みを浮かべながらその取っ手に両手を掛ける。

「陰陽反転し、強き陽の御力を秘めし竜神様たぁこの方だ。見るのは心せよ、もしかしたら目が潰れるかもねぇ!だが、その両の目を焼いても見る価値がある美しきだよぉ。そらっ御開帳!」

左右の取っ手を握る両手に力を籠め、小さな体を後ろ向きに倒す様にして力を込めて扉を開く。勢いよく扉が開かれると、そこから眩い光が溢れ出た。そのあまりの眩しさに一座の者達は咄嗟に手を翳して、目を守る。そんな彼等を労わるように、ラァンと風鈴のような音が聞こえた。すると、途端に光が弱まる。

「あぁ!」

光りの中から出てくる人影を見とめた強力が叫んだ瞬間、ブワリと凄まじい気配が溢れた。それは、まるで深い洞穴から湧き出る冷気のような、春の雪解け水のような、鮮烈で強烈な何処までも透明に澄みわたった気配だった。

また、ラァンと音がした。

風鈴の音と共に現れたのは日青の姿を纏った竜だった。肌は夏の雲入道が皮膚となったかのように白く淡く輝き、瞳は野分の後の空の色。瞳の中にはまるで太陽の後輪のように光の粒がキラキラと輝き、瞳孔は人外のそれで縦長に割けていた。その額からは小さな鹿の角が生え、耳の縁が魚のヒレのような形状になっている。目鼻立ちは日青と寸分も違わない、だが肌や髪等の色合い、人の身ならば持つことのない部位が彼を人外だと知らしめている。

ラァン

彼が歩く度に、その角に着けた装飾品が鳴る。それは華やかな装飾を施された細かな銀鎖であり、両角をはし渡すように緩やかに巻かれている。そこからは垂れる銀の装飾が擦れて涼やかな音がするのだ。その体に纏う水干衣装やまるで天女のような羽衣も合間って、日青はまさしく神の如しであった。

日青が上座に置かれた座蒲団の上に悠々と座る。その様子も常の彼とは違う。何時もの彼ならば、そんな場所に座れと言われたら「とんでもない」と必死に拒むだろうが、まるでそこに座るのが当たり前のような態度だった。

「晴竜殿、此度の顕現おめでとうございます」

日青は傍らに座り両手を着いて頭を垂れる染梅を一瞥するが、返事をする事も無く目の前に視線を向けた。それは、彼が幼い頃から頼りにしていた強力でも座長でもない。陰気な男に冷徹な視線を向ける彼は、おもむろに口を開いた。

「久しいな赤雲斎。吾はこうして外に出たぞ」
「ははぁっ」

まるで、雨で溺れて地表に出たミミズを干からびさせる真夏の太陽の様な声だ。その声を向けられた赤雲斎は、まるでバッタのように畳に這いつくばり頭を擦り付ける。先程までは礼儀正しいとは言えない一座の者に睨まれても動じなかった事が嘘のように、まるで蛇に睨まれた蛙の様にガタガタと震えて脂汗を流していた。

「お主、随分な事をしてくれたな。とても恐ろしく、とても苦しかったぞ?」
「も、申し訳なく……」
「よい。お主の様な半端者が吾を起こすには、あのような手段しかなかったのだろう。お主の置かれた立場は京の女老から聞いている。責は吾にもあり、お主の息子には申し訳ない事をした。よって許してやろう」
「お許しいただき、晴れ様の慈悲深さに敬服の限りでございます」

日青、いや晴竜の尊大な言葉に更に深く頭を畳に擦り付ける赤雲斎。その遜った態度は、まるで閻魔に厳罰を乞う罪人のようだ。
 
「ただ、お主に言いたい事が幾つかある」
「かあっ」
 
ちりり

晴竜が右手を突き出して力を込めると、彼が纏う澄み渡った空気に苛烈な乾きが重なる。すると、赤雲斎が喉を抑えて苦しみ始め、それと同時にその体が浮き上がり晴竜の目前まで引き寄せられる。

「吾の雨を侮辱したな」

唇が触れ合う程に近くに迫る晴竜の顔。その瞳と口からは怒りによって燐光がチロチロと漏れ、それが赤雲斎の髭や睫毛を焦がす。

「吾は聞いていた。吾の雨は優しく、慈悲深く道理を弁えた子だ。そんな子が、赤子に魔羅を突きいれるだと?お主らしい、なんとも下世話で下劣な言葉よな。その言葉を聞き、吾はどれだけ口惜しかったであろうか。お主を引き裂きたくて引き裂きたくて仕方がなかったのだぞ。お前の臓物を引きずり、その汚らしい口に詰め込んで針で閉じてやりたかった事か。吾の怒り、分かろうか?分からないであろうな!?」
「ひぃ」
「そんな言葉を投げつけられ、純朴な蓮根百姓の娘であるお亀はどれだけ怖かったであろうか。お前の話していた事は真実もあった。だが、学も世も知らない、土の弄り方しか知らない小娘に対して、あの言いようは何だ。お亀は心から震えあがってしまった。それでもなお、あの愚かな娘は吾を守ろうと故郷を捨て逃げたのだ。なんと憐れでいじらしい事か」
「もう……もうじ……わけござい」

母体の胎の中で聞いていた赤雲斎の暴言。次第に昂ぶる晴竜の感情に従い、乾きが酷くなり赤雲斎の水分を奪っていく。赤雲斎は何とか謝罪の言葉を発しようとするものの、その舌は乾き上顎にくっ付いてしまい不明瞭な言葉のなりそこないが漏れるだけだった。

「晴龍殿、晴竜殿。正気にお戻りくださいませ。このままでは赤雲斎が死んでしまいます」

染梅の言葉に晴竜がよくよく見てみると、赤雲斎は乾ききっていた。喉からはヒュウヒュウと木枯らしの様な吐息が漏れ、顔はミイラの様に肌が頭蓋骨に張り付いており、青息吐息と言った風情だ。僅かに目を細めた晴竜は、一旦深く息を吐くと赤雲斎を投げ捨てる。

「まあ、良い。お前には約束通り褒美をやろう。長き命と安寧であったな。吾はまだ顕現して間もない。よって、お前への褒美は雨と一緒に協力して授けよう。心して待てよ。雨と吾、陰陽竜が揃ってお前に【褒美】をやろうぞ」

晴竜から何とも物騒な言葉で褒美を約束され、瀕死の状態の赤雲斎は蹲った。

「とある龍の話9(江戸)」へのコメント

By .96ガロン
2018-01-09 01:23
狂喜乱舞
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