日記やネタ倉庫 思い付いた物を書くので、続かない可能性大。 2015-01-11(日) とある龍の話4(江戸) 日青は怯えながら日々を過ごした。 首の球体から広がる鱗は凄まじい速度で増え、たった一日で首が鱗に覆われてしまった。次の日は胸部が鱗に覆われ、次の日は右腕、次の日は左腕が鱗に覆われた。そこからは速度は落ちたが、鱗は徐々に確実に体を覆っていた。一週間もすれば、日青の体は鱗に塗り潰されてしまう事は容易に想像できた。 全身が鱗に覆われた時、一体自分はどうなるだろうか? 痛いのか?苦しいのか?死んだらどうなるのか? 考えるだけで気が狂いそうだった。 一方、豪商の妻の姿をした土人形は日青の細かな世話をした。行水用の湯が満ちた桶を用意したり、都で流行っている書物や絢爛豪華な食事や着物を日青に与えた。旅芸人である日青にとって滅多にない待遇であり、普通ならば喜ばしい限りであるが、それが命と引き換えとなったら別である。豪華な嗜好品の山の中、日青は膝を抱えて泣いていた。涙はしたたり、日青の衣服の袖を濡らした。不思議な事に、日青が泣けば泣くほど部屋の周辺の空気が乾いていった。 また、土人形は豪華な食事を用意したが、日青は拒否した。何故ならば、食事は見た目だけは豪華であったが、その臭いが耐え難い物だったからだ。 腐敗臭とは違う、形容しがたい不快な臭い。特に水が酷く、それを飲むという事は小便を飲み込むのと同じように感じた。水すらも口にしない日が三日も過ぎると、日青は人形のように畳の上に寝転ぶようになった。土人形が食事や嗜好品を持って来ても、日青は全く反応せずにひたすら天井を見つめていた。 彼の体は普通の人間よりも水が必要なように出来ている為、一日でも水を飲まずにいたら体が悲鳴をあげてしまうのだ。長い間、水を飲まなかった日青の唇はひび割れ、顔色は黄土色になっていた。 衰弱した日青の意識は朦朧となり、幻覚さえも見えるようになった。そして、死の恐怖に怯えていた日青は、その幻覚に安息を求め自ら逃避した。 四日目に見えた幻は、過去の光景だった。 そこは幼い頃に旅の仲間と立ち寄った旅籠。その日は寒い日で、日青は火鉢に当たりながら母と一緒に畳の上に座っていた。母は火鉢の上で干し芋を焼いており、幼い日青はまだかまだかとワクワクしながら母の手元を見つめていた。その日、日青は旅籠の主人から土地の名水が入った徳利を貰っており、とても機嫌が良かった。しばらくすると、芋を焼くために俯いていた母が頭を上げた。そして、徳利に口をつけて水を飲んでいる息子を見て、悲しげに微笑んだ。 「日青は水が大好きなんだねぇ」 「あい!おっかぁ、好きでやんす」 日青が元気よく答えると、母は無言になってしまった。この時期、唐突に両親が無言になる事はよくあった。母が悲しんでいる雰囲気を敏感に感じ取った日青が不安な表情を浮かべると、母は意を決したように日青に告げた。 「でもね、樋川上の山中の水は飲んじゃ駄目だよ」 「?」 「ああ、知らないか。あそこにはね、おっかない雨龍が居座ってんのさ」 「りゅう?」 「ああ。雨ばかりを降らせる陰気な龍だよ。だから、あの辺りはずっと雨が降り続けて湿気が凄くてさ、人も土地もジトジトしてて嫌な土地だよ。雨龍のせいで作物は駄目になっちまうのに、土地に悪さする龍を退治しようとする根性のある奴もいない。龍に頭ばかりさげている、意気地無しが集まった場所さ」 「おっかあ、龍が怖い?」 「……ああ、怖いよ。怖くて怖くて堪らないよ」 「じゃあ、あっしが悪い龍を退治いたしやんす!龍が雨を降らしたら、あっしが雨を全部のんでやりやんす!お天道さまがピカピカーでやんすよ」 「ありがとう日青。けど、駄目だよ。あんたはあの土地に近付いたらダメだ。あんたが近付いた瞬間、雨龍に食われちまう。良いかい?あんたは雨龍の土地に近づいちゃ駄目、雨龍の土地の水も飲んじゃ駄目だよ。雨龍は怖い怖い龍なんだ」 怖い龍怖い龍なんだよ 「だから、ぜったい、母ちゃんが守ってあげるからね」 母は呟きながら日青を抱き締め、彼の頭を撫でる。母の言うことはよく分からなかったが、大好きな母の温もりに包まれた日青は幸せそうに微笑んだ。 母は何故、こんなにも雨龍を怖がっていたのだろう? 両親は何故、生まれ故郷から逃げて来たのだろう? 「我が怖い?」 唐突に、後ろから涙に枯れた声が聞こえた。 母に頭を撫でられていた日青が振り向くと、白い影が浮かんでいた。それは湖面に映る月の光のようにユラユラと揺らめき、一定の形をとっておらず霞のような物だった。 「だから、※※※てくれないの?」 また、涙に枯れた声が聞こえた。暫くすると、白い影が啜り泣き始めた。それは小さく囁くような微かな泣き声。息継ぎの為に乱れた吐息のみが、白い影が泣いている事を示していた。それは、誰も慰めてくれない事実を理解した者が、泣き慣れてしまった泣き方だった。 「誰でやんすか?」 母から離れ、白い影に近付いた日青が何度も尋ねても、白い影は答えない。ただ、辛そうに啜り泣くだけ。白い影の正体が分からない日青であったが、白い影が泣いているのは自分のせいだと何となく理解した。 「ねえ、誰?」 しくしく 「誰でやんすか?」 しくしく 返事はない。 「誰でやんすか!?無視しないでくださいやし!」 旅芸人の一座で育った日青は、赤ん坊の頃から周りに誰かいる生活をしていた。一座の者達は善人ばかりだった為、日青の世話をしてくれた。だから、誰かに無視されるという経験は滅多にない事だった。 無視された事に怒り、ダンダンと足を踏み鳴らして癇癪を起こすが反応はない。白い影は悲しげに啜り泣くだけである。 白い影があまりにも悲しげに泣くものだから、次第に日青も悲しくなってきた。しかも、よく分からないが白い影が泣いている理由は自分のせいなのだ。いつしか、白い影につられるようにして日青も泣き始めた。 えーんえーん 子供らしく声を張り上げ、顔を真っ赤にして泣く日青。白い影も相変わらず、静かに泣いていた。 しくしく えーんえーん 二種類の泣き声が響く中、もう一人の声が響いた。 それは日青の中から出ていた。 ごめんなさい 悲しい悲しい ごめんなさい 嫌いじゃないよ ごめんなさい 出たいけど出れないの ごめんなさい だから、貴方のせいじゃないよ どんなに貴方に訴えても、声は貴方に通じない 貴方は自らを責めながら話し掛ける 貴方に謝りながら何もできない苦しむ 何故、此処から出れないのだろう。千年以上も過ぎたのに、体すらも出来ていない出来損ない。あまりにも長い間ここに居るから、意思を持ってしまった。貴方を抱き締める体を持っていないのに、悲しみを感じる心を持ってしまった。 一体、何年経てば此処から出れるのだろう。 寂寥感は耐えきれず、殻が割れてしまいそう。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 「おい、日青。大丈夫か?」 日青が聞いていた幻聴に野太い声が混ざる。 閉じていた目蓋を開くと、日青の目の前に顔があった。最近、皺が多くなったとぼやいていた男臭いゴツい顔立ち。鼻は大きく横に広く、松の葉のように硬い髭がボウボウと生え、同じ硬い髪質の髪を長く伸ばして振り乱している。まるで鍾馗様のような見た目の男は、日青の兄貴分である、強力の捨吉である。 「あ……い」 「よし、踏ん張れよ。今から助けてやる」 力なく頷く日青を抱き上げた捨吉は、宥めるように日青の背中を撫でながら座敷牢から脱出した。 「とある龍の話4(江戸)」へのコメント By もちもち 2015-04-25 00:49 続きが気になる〜! pc [編集] [1-10] コメントを書く [*最近][過去#] [戻る] |