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はにゃーん的独用小説板
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イレギュラー・バランサー 〜Bloody Snow〜
By 煌夜
2010-06-18 12:50:37
tちゃんが書いている「イレギュラー・バランサー」の番外編になります。応援もかねて。
煌夜の過去話を書かせて頂きました。

6/20:完結しました。ありがとうございました。



白薔薇:
本名不明。ノースブラッシュ郊外の森を牛耳る女性吸血鬼。
森に迷い込んだ人間の男性と交わってダンピールを産んでは食うというとんでもない人。
ダンピールの血肉は人間より美味しいらしい。
pc
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By 煌夜
2010-06-19 16:04:56
「でしょうね」
カラン、と投げ捨てられた氷塊を目で追いながら、「ふぅ」と煌夜は鼻でため息をついた。
「まぁ、色々考えて来たんで、頑張ります」
握っていたダガーをマントにゴソゴソとしまい込み、ポンと手を打つ。
「えぇ、そりゃもう文字通り『必死』で頑張っちゃいますよ」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、彼はひょいと後退した。間もなく、その床を割って巨大な氷の棘が出現する。
「よく避けたわね。串刺しはお好みじゃなかったかしら?」
「魔力の流れには敏感なものでして。ところで」
煌夜はすっかり粉々になった大理石の破片を拾うと、それを掲げて眺めた。
「床、せっかくの大理石がすごいことになりそうですけど、大丈夫ですか?」
「あとでしもべにやらせるから、思い切り暴れてくれて結構よ」
「そうですか。では遠慮せずに参りましょう」
再び対峙した白と黒の間に、ピリピリとした空気が充満する。
主な成分は、殺意。
常人ならば動けなくなるほどの、強烈で、明確な殺意。
煌夜の前にそびえる棘を一閃したのは一体どちらか。
そのくらいの速度で、両者は再び床を蹴った。
「まったく、ドレスとは、思え、ないっ!」
白薔薇の鋭い爪で繰り出される斬撃を次々と受け流しながら、煌夜もまた同じように銀の短剣で切り込む。
吸血鬼にとって最高の栄誉である『薔薇』の名を冠するだけあり、その攻撃はほとんど無駄が無く、そして一撃が重かった。
ラッシュが続く一方で、両者の間には小さな傷が増えていくだけだ。埒があかないと判断した煌夜は、両手の短剣を白薔薇に向けて投擲する。
銀は魔物にとって毒物であり、特に吸血鬼はその傾向が著しい種族でもあった。
白薔薇は短剣を氷の矢で撃ち落としたが、その隙に煌夜は大きく距離を取る。
更に彼を追う矢を走りながら回避し、マントの影になったホルスターから銀針を数本抜き取った。
「ちょこまかと…ッ!」
「大技が、お好み、ですかっ!」
ミサイルのように飛んでくるつららが、広間の椅子や机、調度品を粉砕する。
煌夜はそのうちの一つに駆け上がり、更に壁を蹴って宙に舞った。
それとほぼ同時に、高密度に圧縮された魔力が隠し持った銀針へと絡みつく。
身体をひねって生まれる遠心力、手首のスナップ、そして落下速度を味方につけ、彼は魔力の塊と化した針を投擲した。
「『アブソリュート・ゼロ』!」
高圧の魔力を纏った銀針はつららを迎撃し、更に白薔薇へ迫る。その過程で魔力は氷属性に変換され、着弾した箇所の熱を一気に奪った。
しかし。
「『サイレントヴァリュ』」
白薔薇の退屈そうな呟きと共に、氷で出来た巨大な茨の壁が針の雨を遮断する。わずかな隙間をすり抜けた銀針だけが、白いドレスの裾を床に縫い止めた。

pc
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By 煌夜
2010-06-20 14:58:08
「残念ね」
氷付けになったドレスを引き裂き、煌夜が着地すると同時に白薔薇が床を蹴る。
そして、まるで床に降りるような動作でふわりと壁に足をつけると、調度品として壁に掛けられていた長剣を二本手に取った。
「素敵な錆になりなさいな」
長剣を逆手に構えて壁を蹴り、微笑みを浮かべて煌夜に迫った。その姿はまるで猛る吹雪。
「うっそ、あれ本物…ッ!」
慌てて霧に姿を変えた彼の中央を白薔薇が突き抜ける。直後、床は砕け、土埃が舞い上がった。
「うぇ、お腹貫通した…」
けほ、と咳をして煌夜は胃の辺りをさすった。
視界を遮るほど舞い上がった土煙の中から白薔薇の声が響く。
「判断力も上々ね。頂くのが益々楽しみ」
ドレスも軽くなった事だし、という言葉と共に、キーンという高い音が煌夜の耳に届いた。
「やばっ、超音波…!」
本能的に身体をひねると同時に、長剣を構えた白薔薇が土煙を破って突進してきた。
しかし弾丸のような速度を捉えることは出来ず、長剣の片方が左肩を貫通する。
「が…ッ!」
「……あら…?」
白薔薇は不思議そうな表情を浮かべると、煌夜を貫く剣から手を離した。
一方の煌夜はヨロリと数歩後ずさり、剣を一気に引き抜く。
剣を放り投げ、吹き出す血に顔をしかめながら彼もまた不思議そうな顔をした。
「あなた……」
「なんですか、そのままトドメさせば良かったのに……。わけわかんない」
白薔薇は考え込むような仕草を見せた後、ふるふると頭を振った。そしてため息をつくと、表情を戻して残った剣を構え直す。
「やっぱり半分人間ね。脆すぎるわ」
「頸動脈切り裂いたのに十数秒で完治する方がおかしいんですよ」
「吸血鬼だもの、仕方ないじゃない」
「じゃあ僕もダンピールなので仕方ありませんね」
一呼吸の後、再び氷のミサイルが部屋中を飛び回った。

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By 煌夜
2010-06-20 19:44:44
煌夜はその中を駆け回りながら針や短剣を投げて反撃するが、大きな一撃が与えられない。
「これなら、どうだっ」
そう言うと彼は直径4センチほどの球体を白薔薇目がけて投擲した。
「こんなオモチャがなんですって?」
余裕の表情で彼女はそれを一つ残さず一刀両断にする。
その途端、割れ目から銀色の液体が噴き出した。
「なっ、熱ッ、熱いっ!!」
「特製の水銀爆弾、美味しかったでしょう」
「おのれ! ダンピールごときが、私に水銀を!」
美しく整った身体の白薔薇だが、水銀をまともに浴びた箇所は火傷をしたように爛れている。背中から生える蝙蝠のような翼は、翼膜がどろりと腐敗して穴が空いてしまった。
「おのれ! おのれ!!」
痛みと怒りにまかせ、白薔薇は床や空中など、ありとあらゆる場所に氷の棘を放った。
足元に飛び込んできた氷塊に足を取られた瞬間、煌夜は急接近してきた白薔薇に勢いよく壁に叩きつけられる。あまりの勢いに、その口からは血液が飛び出した。
そこへ彼の輪郭をなぞるように氷の棘が刺さり、肩や足など、数カ所にも太い氷が深々と突き刺さる。
「ぐぁ…ッ」
「ふ、あはははっ! 吸血鬼の血を引くくせに十字架刑だなんて、お笑いぐさね!」
「……」
十の字で壁に磔られたまま、煌夜はだらりとして答えない。
人間より丈夫な彼であったが、したたり落ちるその血液がダメージの大きさを物語っていた。
「見て、私を殺しに来るダンピール用に用意した剣よ」
壁から新しく剣をとり、美しく微笑む白薔薇の顔は吸血鬼とは思えないほど純粋だった。
愛おしそうに剣を撫で、語りながら彼女は煌夜に歩み寄る。
「これでね、心臓をえぐって、食べるの。ダンピールは人間なんかよりとっても美味しいのよ」
「……」
「でもやっぱり小さな子供の方が柔らかくて美味しいわ。大人は駄目ね、硬いもの」
だから私はダンピールを産み続けた、と繋いで、白薔薇は鞘の埃を払った。
「子供はかわいいわよ。愛しすぎて、美味しくて、だから食べちゃうの」
「………」
煌夜がぶつぶつと小さな声で何事かを呟いたが、彼女には聞こえていない。
「痛過ぎてまともに声も出ないかしら? まぁいいわ」
鞘を投げ捨て、白薔薇が部屋の中央部まで進んだ、その時だった。
「…『ジ・オルド・ローズ』……!」
かすれた呟きと同時に、床一面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「馬鹿な!? そんな、いつの間ぁがあああぁぁあぁッ!!」
その中央には白薔薇。そして彼女目がけて無数の茨が伸び、絡み合いながら鋭利な棘を伸ばす。
魔法陣から勢いよく伸びた茨は白薔薇を巻き取るように絡み、うねり、床から十字架が生えているような形になった。
「これで、お揃い、です…」
氷の茨は容赦なく冷気を吹き出し、棘の数本は白薔薇の身体を貫通している。
「いつのま、に…」
「走って氷ミサイルを避けるときに、少しずつ血と針で陣を書きました」
信じられない、とでも言いたげな表情で茨に巻き取られたままの白薔薇。
その白いドレスはもう真っ赤に染まりきっている。
一方の煌夜は自分の肉とボロボロになったマントをを引きちぎって、壁から離れた。
新しく血が噴き出すが、それよりも彼にはやらなければならないことが残っている。
彼女にとどめを刺すこと。
十字になった白薔薇を見ているだけで、身体の内部がそれを殺せと叫ぶ。
彼女が取り落とした銀の剣を拾い、今度は逆に煌夜が歩み寄る。
氷の茨は絡み合い、巨大な十字架の形になっていた。
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By 煌夜
2010-06-20 20:05:30
(きれい、だな)

巨大な窓から差し込む月光を反射し、透き通り、氷はきらきらと光った。
十字架の根元には白薔薇の血が滴り落ちて溜まっている。
何気なくそれをすくい取って舐めた瞬間、彼の顔に疑惑の色が浮かんだ。
「な、なんで…、どうして」
剣を取り落とし、血がついたまま頭を抱え、煌夜はその場にくずおれた。
「どうして、僕と同じにおい、どうして、同じ、味…!?」
「私、の子、だから、よ」
「え…。で、でも、あなた、は」
「そうよ。全員食べる、つもり、だった」
でも一人だけ盗られたの、という言葉に、煌夜はハッと顔を上げる。
「まさか、それが」
「ふふ……。あなたよ、父親によく似た、愛しい子」
煌夜の理性の糸が、その一言で切れた。
魔力で制御されていた茨がスッと消え、白薔薇が床にどしゃりと音を立てて落ちる。
「他の子達も、もっと大きく育てても良かったかもしれないわね…」
落ちた衝撃で首が折れたのだろうか、おかしな方向を向いたまま、白薔薇が呟いた。
「私の血を、あなたの血にしなさい、煌夜」
「でも、共食いは禁忌で」
「最期にあなたに会えて、最期があなたで、ほんとうに良かった」
彼の言葉を遮る、その言葉が引き金だった。
煌夜の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
「かあ、さま…ッ!」
「立派に咲く、すてきな薔薇になりなさいな」
無言で何度もうなずき、天頂に上がった月に向かって彼は声にならない叫びを上げる。
「最後の一滴まで愛してるわ」
かすれた声でそういうと、彼女の身体から力が抜けた。仮死状態になったのだ。
煌夜は白薔薇の身体を抱き上げると、白い首筋に噛み付いた。
目から透明の涙がこぼれ、口の端から白薔薇の血がこぼれる。
彼は飲んだ。飲み続けた。白薔薇の身体が枯れ果てるほどに。

最後の一滴を飲み下す頃には、涙も止まっていた。
彼は剣で母親の首を切り落とし、用意してきた銀の杭を心臓に打ち込む作業を始めた。
何事もなかったかのような表情で。
一連の作業が終わる頃には、夜明けだった。
最後に日光を浴びせ、その身体が完全に灰になるのを見届けながら、彼は呟く。


「おやすみなさい、母様」


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By 煌夜
2010-06-20 20:09:49
「――や、さん! 煌夜さん!」
耳を駆け抜けた声に、煌夜はハッと意識を戻した。
目的地まではまだ時間がかかりそうだった。
センチメンタル?らしくない。
「大丈夫ですか? まさか凍えそうとか…」
「まさか。長毛種だから平気だよ」
ですよねー、と笑い、部下は寒そうにコートの襟を重ね合わせた。
煌夜は無言で任務の書かれた紙を読み直し、部下に渡す。
例によって無茶の多い内容に、部下は顔をしかめた。
「まったく、今日はどうなるんでしょうね…」
「君、一級資格だろう? 一級バランサーならそろそろ悟りなよ」
不安そうに呟く部下にそう言って、煌夜は中折れ帽をかぶり直すと、目的地の方角へと視線を戻した。


「今日もそれなりに地獄さ」



〜Fin〜
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