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RAW選手名簿
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エッジ
By HBH
2006-09-12 21:56:02
経歴
スチュ・ハートのハート道場出身。1993年にプロレスデビューを果たす。小学生の時からの親友であるクリスチャンも1995年にプロレスデビューを果たし、タッグチームを結成する。アメリカやカナダのインディ団体に所属して試合をしていた後、1998年にWWE(当時WWF)と契約する。WWFでは同じカナダ出身のブレット・ハートのトレーニングを受けた。後にクリスチャンにもWWF入りを勧め、クリスチャンもWWF入りした。

WWFではクリスチャン、ガングレルと共にジ・アンダーテイカーのチーム、ミニストリー・オブ・ダークネスに入りヒールを確立。ハードコアマッチを得意として、ハーディー・ボーイズなどと抗争を繰り広げる。

2001年にキング・オブ・ザ・リング優勝し、またクリスチャンと長年続けたタッグチームを解消している。この頃からベビーフェイスになる。

2002年から首の怪我が深刻化し、WWEから長期離脱して治療を行う。怪我から復帰したのは2004年であり、復帰した番組はRAWである。復帰後はショーン・マイケルズとの抗争などを通じて徐々にヒール化していった。

2005年に行われたレッスルマニア21にて、ラダー・マッチであるマネー・イン・ザ・バンク戦に勝利。レッスルマニア22までの間に世界ヘビー級に挑戦する権利を有した。試合にて獲得した、権利書の入っている鞄を常に持ち歩くことが、レッスルマニア21以降のエッジのギミックとなっている。2005年のバックラッシュ以降、ギミック上ケインと結婚していたリタと不倫、そして結婚するというストーリーが展開されている。リタとはギミックのみならず実生活においても関係を持ったため、それが原因でリタは実生活での恋人であったマット・ハーディーと別れることとなる。このストーリーの最初は、リタのギミック上の前夫であるケインとの抗争であったが、2005年7月以降はマット・ハーディーと抗争が行われている。2005年10月に行われたWWE・ホームカミングにおいて、敗者RAW追放マッチをマット・ハーディーと行い勝利。マット・ハーディーはスマックダウンへと移籍した。10月21日のSmackDown!に私服姿で登場。クリス・マスターズとともにレイ・ミステリオを襲撃し、スマックダウンとの抗争の火蓋を切った。しかし胸部の怪我により、サバイバー・シリーズへ向けた抗争ストーリーからは離脱。サバイバー・シリーズでは、リタと共に「Cutting Edge」というトークショーを行った。

2006年1月のニュー・イヤーズ・レボリューションにおいて、「鞄」の権利を行使してジョン・シナと対戦し勝利。WWE王座を獲得した。獲得後のRAWでリタとLive Sexショーを行うなど、ヒールの王者として振舞い、前王者のジョン・シナやリック・フレアーらと抗争を深めた。2006年2月ロイヤルランブルにて再戦権を行使したジョン・シナに王座を奪回され、さらにエッジがジョン・シナに対して再戦権を行使した試合においてレフェリーを行ったミック・フォーリーと遺恨が勃発。WrestleMania 22にてハードコアマッチを戦い、これに勝利した。その後はフォーリーと手を組みECWと対立し、ECW One Night Stand 2006でテリー・ファンク&トミー・ドリーマーと対戦、さらにその大会のメインであったジョン・シナvsロブ・ヴァン・ダムのWWE王座戦に乱入、ヴァン・ダムの勝利をアシストする。そして7月3日のRAW番組内でヴァン・ダム、シナとの3WAYWWE王座戦を制し、2度目のWWE王座戴冠となった。

得意技
スピアー
インパラー(エッジキューション)
エッジュケイター
鞄攻撃

タイトル履歴
WWE
WWE王座 : 2回
IC王座 : 5回
US王座 : 1回
世界タッグ王座 : 10回(&クリスチャン x7、ハルク・ホーガン x1、クリス・ベノワ x2)
WWEタッグ王座 : 1回(&レイ・ミステリオ)
2001年キング・オブ・ザ・リング優勝

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