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「親父のゲンコツはお袋の手料理と同じ位の愛情がこもってる。(万山似)」

例のあんぱんを大量に買い込んでいた山崎は、残りをもっていつもの屋敷へ。

「あんぱん、余ったんでお裾分けです」
居間の座卓にあんぱんの詰まった袋を置き、その一つを似蔵に手渡した。
ずっしりと餡の詰まったあんぱん。
「余るほど買い込んだのかい?」
「あははは…、色々ありまして。無事解決したんでそのお祝いです」
「まぁ…それなら、遠慮なく頂くよ」
「はい、どうぞ」
もっさ。もっさ。
「お茶です」
「ありがとうねぇ」
ずずーっ。
「しばらく音沙汰がないと思っていたが、また厄介事を言いつけられたのかい」
「それが俺の仕事ですから。でも…今回はキツかった…。思い出しただけでも、こうメラメラと」
「そりゃぁ、難儀だったねぇ」
「ところで、万斉は?」
「ああ。そろそろ帰ってくるんじゃ無いかいかねぇ」
そう言って障子の向こう側へと視線をめぐらせる。
しばらくして、家に人の気配が入って来た事に気付いた。
「あ」
「来たよ」
廊下を歩く音が近づき、居間の襖が開かれた。
スタン。
「帰ったでござる」
「スパーキングっ!!」
ベッシャーーーン。
「ぶっ!?」
帰ってきた万斉が襖を開けた瞬間と、山崎が手にしたあんぱんを投げつけたのはほぼ同時。
顔を見せた絶妙のタイミングで、あんぱんが万斉の顔面にヒットした。
「・・・」
「・・・」
あまりに突然の事態に、万斉と似蔵は暫し呆然としてしまう。
その中で、山崎だけは妙に晴れ晴れとした声をあげた。
「はぁあああ〜。スッキリしたぁ!」
「…山崎殿。コレは、何でござるか?」
「ストレス発散だよ。今回の仕事で編み出した必殺技」
「確かに、あんぱんで顔面強打は精神的にもダメージが大きいと思うが…」
顔に張り付いたあんぱんの残骸を指先でなで、つぶ餡をふき取ってゆく万斉。
そこへ似蔵が近付いてきた。
「退」
「はい?」
ゴヅンっ!。
「いっ!?てぇええええっ!」
似蔵の左手の拳が、山崎の頭の頂に落とされた。あまりの衝撃に、打たれた頭を両手で押さえて山崎がその場に蹲った。
「何すんですか似蔵さん…っ、ぃてぇ…」
「右手を抜かれなかっただけでも、ありがたいと思うんだね退」
「似蔵殿、いきなり暴力とはぬしらしくない…」
どうやら似蔵は怒っているらしい。
それもかなり真剣に。
「あの、俺何かしましたか?」
山崎が恐る恐る似蔵に尋ねた。
厳しい表情の似蔵は、やがて呆れたように溜息を零した。
「食べ物を粗末に扱うんじゃぁないよ」
「へ?」
「食べ物はねぇ、人を傷付けるもんじゃぁない、人を育むモンだよ。それを粗末に扱うなんざ、テメェの命を粗末にしている様なモンさね。ありがたく頂くモンだよ。分かったかい?」
「あ…ハイ。スンマセン」
至極真っ当な説教に、山崎と万斉は妙に納得して聞き入ってしまった。
「河上、アンタもだよ」
「え?拙者?!」
「あれ位も避けられないようじゃ、いつか坊やに命を取られるよ。ちったぁ気を引き締めたらどうだい」
「はぁ…、以後気をつける、でござる」
「わかりゃぁ良いんだよ」
そう言って、怒りが収まり二人の素直な態度に納得した似蔵は、座卓に乗っていた残りのあんぱんを持って座敷を後にした。
「…」
「…あ」
「どうしたでござる?」
「似蔵さん、万斉の分まで全部持ってちゃった…」
「まさか、一人で食べる気でござろうか…」
いまだ痛む頭を抑えながら、山崎が思い出したように言った。

しかしまさか、叱られるとは思っていなかった。
それもゲンコツで。
「何だか、父さんに叱られたみたいだったなぁ…」
「それは拙者も思うた…」
妙に懐かしい気分になった山崎と万斉だった。

<おわり>

あの話をアニメ化したら、また某所から「食べ物を粗末にするな!」とお叱りを受けるんだろうなアニメスタッフ。


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