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「遺りの追憶(丁蒙)」


乱世と言えど、毎日が戦と言うわけではない。
合間には数年ほどの平穏な日々も続く。
その間に、国は領地を復興し農地を耕し国力を蓄える。
そんな日々に、猛将たちも手に持つ物は何時もの武器から農具へと代わる。

「ほう、器用なものだな」
木陰で竹篭を編む丁奉に、呂蒙が感心したように声をかける。
竹ひごを丁寧に編み込んでゆく丁奉のその指先を珍しそうに眺める呂蒙。
黙々と続く作業、程なくして竹篭が出来上がった。
「呂蒙殿も如何ですか?」
「俺は不器用だからな」
「某が手伝いましょう、覚えれば簡単なものです」
「うむ、そうか?」
見よう見まねで手に取り編み始める、その隣で優しく手解きする。
穏やかなひと時、戦時からは想像できない平和な風景が二人を包む。
ぎこちない手つきから手の中の竹が篭へと姿を変えてゆく。
「お上手です」
「教え方が上手いからだろう、丁奉は見た目に反して繊細だな」
「よく言われます」
「いや、悪い意味ではないぞ?、感心していると言うか」
「お褒めに預かり光栄です」
言わんとしている意思を察して、丁奉が微笑む。
厳つい風貌から溢れる柔らかい表情に、目にした呂蒙の方が顔を朱に染める。
「竹篭は一生物と言う、丁寧に使えば孫の代まで持つとか」
「では、これも後世に残りましょう」
「はははっ、流石にこれは無理だろう、初めてにしては上出来だが使うとなると、なぁ」
出来上がった竹篭は、網目が均一ではなく形も歪だった。
それでも愛おしそう丁奉の大きな手が包む。
「また教えを請うとしよう、良い気分転換になった」
「某でよければ、何時でも」
そう言って、平和を願ったあの時。

色褪せ所々解れてしまった竹篭を手に遠く景色を見つめる。
壊れないまでも、過ぎた日々の長さを物語る。
かつて共に過した木陰も今はもう無く、思い出だけが色褪せずに残る。
愛する人が願った平和は、荒れ果てた大地には見えない。
「貴方は嘆きますか?、それとも…諦めずに希望を唱えますか?…呂蒙殿」
問う言葉は風と共に、亡き人へと運ぶだろうか。
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