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the shadow
『ここが新しいお部屋だよ』

 両親に手を引かれて入ったその部屋は生活するにはあまりに無機質な部屋だった事を記憶している。家具は最低限の物だけで、あまりにシンプル。何より窓が無いのが不思議だった。

『わたしの……お部屋』

 幼かった私はその部屋を不思議に思えど、口には出さずに受け入れた。自分の部屋として

『うん、解ったよ』

 この瞬間からその部屋は私の部屋、『ココ・マルレーンの隔離部屋』となった。


***


 ココの両親はとある人種の研究をしていた。その研究対象は自然の力を自由にコントロールしたり時間や空間を操ったり、それら様々な特殊能力を持つ人間-ここでは『異端能力者』と呼んでいる-であり、その目的は『異端能力の有無に関わらず誰もが平和に過ごせる世の中を造る』事。そのメンバーは大多数が過去に異端能力に寄って被害を何らかの受けた者で、残りの内半数が興味半分の科学者。もう半分がこの活動に協力している異端能力者達。まとめて『異端能力者研究所』のメンバーとなる。
 その中で恋に落ち、結婚して子供まで造るという話は珍しい事ではなかった。『ココ・マルレーン』も、その内に数えられる。

『ココ・マルレーン』
 **月**日、深夜に産声をあげる。少々体が弱かったが、研究の合間を縫って両親が愛情をたっぷり注いで育てた甲斐があってか、これと言って大きな病も無く育つ。
 が、ココが6歳になって向かえた冬頃に異変が起こった。寝ているココの様子を見に部屋へ戻ると、ココが寝ていたベッドが真ん中で瓦割りの様に綺麗に折れていた。だがココは何事も無かったかの様に眠っている。父親が身体を確認するが怪我等は無く、本当に眠っているだけのようだった。だが安心して抱き上げた時に異変が見付かった。肩の辺りまでしか無かったはずの髪の毛が、腰の辺りまで伸びていたのだ。
 この事を受けた上の判断は『様子見』。外部から何らかの力が働いた等の可能性も否めないため、ココが異端能力者認定されることは無かった。その判定を受け、両親は安堵の息を吐いた。両親は共に異端能力者に被害を受けた過去を持つため、正直異端能力者に良い感情を抱いていなかった。『それ』と自分の娘が同類だなどと、すぐに受け入れる覚悟はもちろん無かった。
『このまま何事もなければ、ココは普通の女の子なんだ』
 だがそんな両親の願いを裏切り、すぐにまたベッドが瓦割りされるという事態が発生してしまった。流石に二度目がこんなに短期間の間に起きてしまうと、上の判断も慎重になる。

『ココを特別隔離部屋に入れ、その様子を調べる』

 ショックは隠せ無かったが、両親二人の腹は謀らずも既に決まっていた。例え異端能力者だろうとなんだろうと、二人でココを育てる。絶対に自分達が幸せにするんだ。そう決意していた。だからこの決定にも素直に従った。ただ一つ。調査の間、ココに窮屈な生活をさせなければいけない事だけが気掛かり。
 その部屋は地下にあり、お日さまの光が入らず、部屋も簡素で隠しカメラも取り付けられている。そんな部屋で数日過ごさなければいけないのだった。

 それでもこれが終われば幸せになれる。それだけを支えにこの決定を飲んだ二人の表情に、迷いは見られなかった。


***


 新しい部屋での初めての夜。

 私は孤独と恐怖に耐えきれず、部屋の隅で必死に涙を堪えていた記憶がある。

 誰かが見てる

 暗くて寒い

 独りきりで寂しい

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い寒い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い寒い怖い怖い怖い怖い怖い怖い出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して許して助けて寒い怖い出して許して助けて!

 どれだけ心の中で叫んでも声には出ず、まともに動く事も出来ず、ただ震えて部屋の隅に座り込んでいた。次第に頭が重くなり、今まで見えなかった『ドス黒い影』が見えるようになった。気味の悪い『それ』は部屋の隅でうごめき、こちらを見ているような気がした。
 弱るのを待っているのだろうか。弱った所で襲うつもりなのだろうか。そもそもそのためにこの部屋に入れられたのだろうか。

 思考回路が焼き切れて、なにもかもが弾けた気がした。

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


***


 非常事態を知らせるランプとサイレンが両親を含む数人の研究員を走らせた。
『対象者「ココ・マルレーン」が暴走、異端能力が完全に発現しました。よって彼女を異端能力者と認定します』
 そんなどこか呑気な言葉のさわりも聞かずに走った。異端能力者だの暴走だのはどうでも良かった。あの部屋に入れてしまった後悔と、今すぐに出してやるという思いを原動力に兎に角走った。部屋のロックを解除し、両親が扉を開けて中へ押し入ると、部屋の中心に愛娘が蹲り、その周りを黒い影が取り囲んでいた。その光景に足が止まる。自分達の娘の変貌に驚きを隠せ無かった。だがここで引く事は出来ないと父親がココへ近付く。母親や他の研究員にはには下がるように合図する。

『……ぅ』

 ココが脅えた顔を父親に向ける。父親は安心させるように笑み、娘を抱き締めた。だがそれが却ってココを脅えさせる結果になった。
 父親は、自分でも気付かない位ではあるが、確かに震えていた。脅えていた。その心が体の震えとして、全て、ありのままに、娘に伝わってしまった。
 無理も無い。異常に髪の毛が伸びた娘と、それを囲んだ影……いや、彼女の髪の毛がうごめいているのを見てしまえば、普通の人間はまともな気を保っていられない。それがまして過去に同様の能力によって被害を受けた人物ならば。

 事態は最悪の方向へと加速する。

 一つの絶叫と共に、父親の頭部を影が貫いた。

 響いた悲鳴は一つ。母親のものだった。


***


 私はただ助けて欲しかっただけなのに、怖かった思いをパパに話したかっただけなのに、私を抱き締めたパパは脅えていた。その矛先は、私だった。
 感覚的にそれが解ってしまってからはもう何も覚えていない。精々生暖かいものが頭を濡らしたことを感じた程度。次に目が覚めた時には両親の姿は無く、澄香が私を抱き上げていた。



 それからは澄香や、他の仲間達どずっと一緒に過ごしてきた。最初はやっぱり寂しくて泣いたけど、いつも誰かが側に来てくれた。何故かそれだけで十分な気がした。怖がらずに、近付いて来て、何事もないように話し掛けてくれた事が何故か妙に私を安心させてくれた。そういえば禁煙パイポにはまったのもこの時だったか、禁煙パイポで脱煙成功した誰かが、あまったパイポをおしゃぶり代わりだとくわえさせてくれたのが最初だったけど、これはまた別のお話。



(『ココ・マルレーンの手帳』より抜粋)

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