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CIRCUS
[注:一部描写にグロテスクな要素を含むかもしれません。でも所詮書き手がヘタレなので得意な人は大丈夫だと思います。苦手な人は警戒してください。]

 見る夢はいつも同じ。あの時の歓声、興奮、達成感。そして、それらをひっくり返していったあの『悪夢』。『道化師』の無力さを知ったあの夜の出来事。

 舞台はいつものように観客の興奮がそのまま溢れて来たような歓声に包まれて幕を閉じようとしていた。最後の大技を奇麗に決めた達成感に満ちた表情で観客に最後の挨拶をする団員達。その一人、動物曲芸担当で長身の男が突然真っ赤に染まった事で『悪夢』は始まってしまった。誰もが何が起こったのか理解出来なかったが遅れて押し寄せた鉄の匂いに最低限の理解だけは押し付けられた。ぐらり、ゆらりと男の体が揺れた時、正にその瞬間に観客席の一部が吹き飛んだ。男の体が倒れた時には場内がパニックに包まれた。

 団員の一人であった翔子は混乱した頭で必死に現状を理解しようとしたが、そんなこと出来るわけも無く、場内の混乱に飲まれそうになって居た。団長ら、何人かのメンバーは観客のパニックを静めようと必死に声を張り上げるがもちろん聞く耳を持った強者は居なかった。そんな状態だったから、舞台の中央に何かがあるなんて翔子以外誰も気付かなかった。
 翔子が見つけたのはカラスの黒い羽。黒よりも黒いその羽に翔子は場違いながら見入ってしまった。しかしこの舞台はテントの中。カラスが紛れた様子も無いのにこの羽はどこから現れたのかと考えた直後だった。

『見たな』

 背中から冷たい声。振り返るとオオカラスを思わせる黒い羽を持った少女がこちらを冷たい目で睨んで居り、その視線に翔子は正に蛙のように硬直していた。感覚的に理解する。この少女は人間ではないことと、この騒動の原因であると。怖い。それを理解した瞬間に逃げ出したい気持ちが生まれたが身体は少女の視線に縛られ全く動かない。恐怖に震えることさえ、いや、それは愚か呼吸さえも許されていないようだった。その様子を見た少女は満足そうに表情を歪めると翔子の視界から姿を消した。視線の束縛から解放され、漸く体が震え始めたがその実感を掴む前に次の悪夢が始まってしまった。
 あちこちで悲鳴が上がった。先程までの声と全く異質のものだった。はっとして見回すとあちこちが赤く染まって行く様子が見えた。今の翔子には見えている物があった。広がっていく赤を先導する一人の少女の姿、カラスの羽の黒。解っているのに止められないもどかしさを、声を上げようとしても呻く事しか出来ない自分の弱さを激しく憎み、呪った。そうしたところで目の前で観客や団員が倒れて行くのを止めることなど出来ない。自体は最悪の方向へ加速していった。
 立っている人間が翔子しか見えなくなった頃になり、少女は再び舞台の中央、翔子の目へ戻ってきた。薄笑いを浮かべながら満足げに翔子の様子を眺め、いつの間にか手にしていた鎌を振った。右腕を強く引かれるような衝撃、そちらに目を向けると腕を貫く鎌。それを翔子が理解する前にいきなり引き抜かれ、真っ赤な血液が噴出した。それを見て漸く翔子に痛みが走り、漸く声が出た。叫び声。今更声が出た悔しさなんて感じる間もなく、左腕を同様に貫かれる。今度は乱暴に引き抜かれ、腕が半分引きちぎれそうになる。人間の感じる痛みに限界は無いのだろうか、非常な痛みが襲い、叫び声を強くさせた。笑い声と共に腹を切り裂かれ、立ってるだけで限界だった翔子の身体は後方へ飛び、軽くバウンドして倒れた。自分はもう死ぬのだろうと覚悟した翔子は意識が早く消えるのを願った。痛みからの解放を望んだ。眠気にも近い感覚、視界のぼやけに襲われ、視界はもう不必要だと目蓋を落としたとき、新しい声が響いた。

『待ちなさい』

 それが少女に向けられたのか自分に向けられたのかは解らなかったが、ふとその声の主が気になり、もう一度目を開けようとしたが中々開かない。声だけが耳に届いた。

『遅かったな、アトリ。今更来て何をしようというのだ』
『これ以上Raumの名前を汚されないようにするだけよ』
『これ以上か、面白い』

 そこまで聞えたところで右腿に衝撃。遅れて激痛が走り、翔子の痛覚は限界に達してしまった。世界から、ぶつりと切断された。



 その後どうして翔子が助かったのかは、彼女自身は知る事は無かった。

 奇跡的に一命を取りとめた翔子はこの後に『異端能力者研究所』に身を置くことになるのだが、それはまた別のお話。



[『悪夢-翔子編』より]

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あきゅろす。
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