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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第五話 病(その5)
 綾華が失踪したのは、槙人が引っ越してから一ヶ月ほど経ったときだった。
 昼前に家を出た綾華が、夕食の時間になっても帰って来なかったのだ
 「両親」は慌てて警察に連絡して捜索願を出した。
 だが、その時には既に槙人が綾華を見つけていた。
 その少し前、槙人は読もうと思っていた漫画が一冊なくなっているのに気づいた。暫く部屋の中で探し回ったが見つからない。そこで、もしかしたら綾華の部屋にあるかもしれないと思って入ったのだ。以前にも、何度か綾華に漫画を貸したことがあった。
 槙人がそこで見つけたのは、机の上に置かれた一枚の紙。
 「さよなら」とだけ描かれた。小さな紙の切れ端だった。
 槙人が傘もささずに家を飛び出したのは、その直後だった。
 確かに、はじめから仲が良い訳ではなかった。ことあるごとに綾香が泣き出すからだった。
 答えは、屶岬。
 その展望台にうずくまって、綾香は泣いていた。ずっとそこにいたのだろうか。槙人が息を切らせて岬に着いた時には、綾華は全身雪まみれだった。

「・・・来たんだ」

 目の前に誰かが立ったのを見て、綾華は顔を上げた。そして、紫色になった唇で、わずかにそう呟いた。

「何、・・・やってんだよ」

 白い息と同時に、槙人は言葉を吐いた。寒さでなく、怒りで声が震えていた。
 風こそ吹いていないが、冷たい雪の中に何時間も座っていれば、風邪どころか肺炎になる。それに雪で見えなかったが、綾華の手は痛々しい程に真っ赤だった。

「なんいも・・・して、ないよ」
「・・・うそつけっ!!」

 俯いて小さく答える綾華に、槙人は思い切り怒鳴った。心配するよりも先に腹が立った。

「さよならって何だよ!何でこんなことにいんだよ!」
「だ・・・だって・・・」

 声が震えている。だが、それは涙ぐんでいるせいではなかった。
 寒いのだ。喋れる筈がない。
 槙人は綾華に近づくと、乱暴に頭の雪を払った。雪が積もり過ぎて、綾華は雪だるまのようになっていた。とにかく、綾華に乗っている雪は全部払い落とした。
 それから槙人は上着を脱いで綾華に頭からかぶせた。雪を落とすことについては何も反応しなかった綾華は、その時になって驚いた顔で槙人を見上げた。

「ほら、これで寒くないだろ」

 槙人はぶっきらぼうに言って、目を逸らした。

「・・・うぇ」

 暫く動かなかった綾華だったが、やがてその目から涙がこぼれる。

「・・・ぅ・・・うわああああああん!!」

 綾華は、突然槙人に抱きついて、大声で泣き出した。

「ごめんなさいっ!!ごめんなさいっ!!」

 岩に当たって砕ける波の音も聞こえなくなるくらい大きな声で、ごめんなさい、ごめんなさいと綾華は謝り続けた。

「・・・泣くなよ。それに、誤るならこんなことするなよ」

 口調を変えず、槙人は言う。

「・・・ひぐっ・・・だって・・・だって」

 しゃくりあげながら、綾華は答えようとする。だが、言葉にはならなかった。
 槙人は、綾香が話せるまで待った。

「だって・・・私のせいで、お兄ちゃんが怒られるんだもん・・・」

 槙人にしがみついたまま、途切れ途切れの声で綾華は言った。

「・・・そうだよ。お前なんであんなにすぐ泣くんだよ」

 別に槙人が怒ったりいじめたりしなくても、綾香が泣く事はよくあった。

「・・・ごめんなさい。こわ・・・くて。お兄ちゃん・・・怒ってたから・・・」
「はあ?別に怒ってねーよ」
「怒ってるもん!前にまだ怒ってる?って訊いたらなにも言わなかったもん!」

 槙人は首を傾げた。いつの事なのだろう。ここのところ同じようなシチュエーションが続いていたため、それだか分からなかった。
 恐らく綾華は、初対面の槙人の無愛想な態度を引きずっているのだろう。

「分かったよ。もう怒ってないから。何で出てったんだよ?」

 ずれた上着を直すと、槙人は改めて綾香に尋ねた。

「・・・だって、私が悪いのに・・・お兄ちゃんがお父さんに怒られるんだもん・・・」

 綾華は一旦鼻をすすってから続けた。

「だから・・・ひっく・・・私が、いない方いいの・・・。私のせいなんだから・・・私なんかいない方が・・・」
「・・・この、バカッ!!」


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あきゅろす。
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