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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第三話 雪の中に(その2)
 学院のある春日市の海は、一応海水浴場である。リゾートという程豪華ではないが、周辺の住人はよく来るし、夏雪目当ての観光客がついでに寄っていったりする。
 近所だから確かに心配はなさそうだった。

「お兄ちゃんも来る?」

 コートは橋の上で脱ぐ。文字通り一歩島を出れば真夏だからだ。夏の日差しを浴びて、綾華が訊いてきた。

「女の子ばっかだろ?なんか恥ずいな」
「いいじゃない。目の保養、目の保養」
「んー。ま、いいか。けど補習が回避できたらな」

 だから本当はこんなことしている暇はない、と暗に示す。

「リアルだね。頑張ってね」

 が、綾華は全く意に介さず流してくれた。
 槙人は溜め息をついた。目指す春日市商店街は目と鼻の先に来ていた。


「ねーお兄ちゃん。これどうかな?」
「・・・もう、勘弁してくれ・・・」

 据え置きのベンチに沈み込み、槙人は力なく返事した。
 裁判と女の買い物は長い。綾華はその言葉通り、控訴と上告を繰り返して、どんどんと時間をかけていっていた。ただまつだけ、そして持っただけの槙人にとっては、ほとんど拷問に近かった。

「ちょっとー。可愛い妹のために服をチョイスしてあげようって気はないのー?」
「気どころか、気力も体力もねーんだよ・・・」

 綾華はとんでもない迷い症だった。一着決めるだけでもあれこれと迷い、そのあげくに買わずに店の中をウロウロしてから外に出る、というパターンが二回あった。四時間程かけて買ったのは計三着。そして、今現在水着でまた迷っている。

「なあ。もう何でもいいから早く決めてくれないか?」
「えー。もうちょっと待ってよー。可愛いのが多くてさー」

 槙人にしてみれば、何を着ても同じような気がしていた。何故目に入ったものに決められないのかと思ってしまう。

「そんなに迷うもんなのか?」
「だって皆に見せるんだよ?やっぱ何て言うか、可愛いのじゃないと」
「そんなもん、これで気にならなくなるって」
「うわー。お兄ちゃんデリカシーなーい」

 槙人は頭を掻きながら立ち上がった。そして綾華のとなりに立つと、目の前に並ぶ水着をざっと眺める。

「目星はついてんのか?」
「まだ。ビキニは決定済みだけど」

 それならさらに時間がかかるだろう。槙人は溜め息をついた。

「・・・あれはどうだ?」

 十秒程考えてから、槙人は右の方にある一つを指さした。黒で縁どられた薄い水色。それだけだが、綾華には薄い色が似合う気がした。

「・・・ちょっと地味じゃない?」

 手にとって見てから、綾華は感想を言った。

「シンプルで良いじゃないか」
「うー。でも・・・」
「似合うと思うぞ」
「う・・・」

 綾華の動きが止まった。槙人に勧められて、かなり揺らいでいるらしい。
 勿論槙人はそれを見逃さなかった。

「第一、お前だったら何だって似合うだろうが」
「そ、そう・・・?」
「だから何でも良いとは言わないけど、そん中でも特に似合うというか、イメージに一番ピッタリくると思うぞ、それ」
「う、うーん・・・」
「皆に見せるんだろう?だったら、俺が選んだヤツなんだから、俺にも見せてくれよ」
「うう・・・!」

 綾華は他の水着と自分が持っているものとを見比べる。そして再び考え込んだ。
 所要時間は約一分。

「・・・うん。じゃあ・・・これにする」

 ようやく綾華は決心した。

「よし。じゃあ行って来い」

 ここで余計に時間を使うと、またぐらつくだろう。さっさと買わせて店を出た方が良さそうだった。

「うーん。でも、もうちょっと他にも・・・」
「く・・・!」

 この期に及んで、と思わず叫びそうになるのを槙人は懸命に抑え込んだ。家でも学校でも精神攻撃が多いせいだろうか。以前よりも根性がついた気がする。

「・・・もうやめにしないか?」

 折角終わったと思ったのに、綾華はまだ延長戦をやるつもりらしい。

「でもぉ、もうちょっと・・・。小物とかさ」

 槙人は頭を抱えた。もうこれ以上時間と体力を浪費する訳にはいかなかった。

「・・・分かった。ただし、一つに絞れよ」
「ええ?たった一コ?」
「そうだ。けどその代わり、何にするかだけは決めろ。そうしたら、その中から俺が買ってプレゼントしてやる。これでどうだ?」

 家の中の家計簿は綾華が管理しているため、槙人は綾華から小遣いを貰っている。しかも少ない。あまり高い物だと後々痛いが、ここで手を打たないと、夏休みがなくなるのだ。
金で買えるなら買ってしまった方が良かった。

「お兄ちゃんが買ってくれるの?」

 プレゼントという言葉に、綾華が反応した。

「一コだけな」
「わ、わ。ホント?」
「ああ」

 綾香の目が輝き出す。それに、槙人は何となく嫌な予感がした。 

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あきゅろす。
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