雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第三話 雪の中に(その1)
雪が降る。
夏雪の降雪量に月ごとの変化はほとんどない。しかし、島の外がどんどん夏になっていくにしたがい、相対的にも体感的も気温は下がっていった。
七月にもなると、日ごとの気温差がますます激しくなるので、室温調節が大変だった。
昨日は雪の快晴だったのに、今日は真冬の雪だ。
エアコンをつけたばかりなので、部屋の中は寒かった。
「うぅむ・・・マズい・・・」
布団にくるまりながら槙人は呟いた。
「こんなんじゃ、勉強ができん・・・」
期末試験のシーズンである。
渚海学院には中間試験がないため、期末試験の範囲が普通の高校よりも広くなる。全てをカバーしきるのが難しい上に、槙人の頭では不可能の烙印を押されてしまっているようなものだ。
だから、創立記念日の加わった三連休が勝負だった。何としてでも、夏休みの補習だけは免れ、自由な休暇を満喫したかった。
しかし、こう寒くてはやる気など出ない。暖かい一階で勉強しても良いが、テレビがあるために、はかどらないのは分かりきっている。仕方なく、漫画でも読みながら室温が上がるのを待った。
「おっ兄ちゃ〜ん!!」
そうしていると、突如ドアを開け放って、綾華が入ってきた。
「ノックくらいしろ、綾華」
顔を上げて、槙人は注意した。
「いいじゃない別に。あ、もしかして、それエッチな本?」
「違う。何の用だ」
一際強く否定してから、槙人はニヤニヤ笑っている綾華に問い返した。
「あーそうそう、そうだった。お兄ちゃん、今からちょっと買い物行くから、つき合って」
「・・・待てコラ。お前自分が何言ってるか分かってんのか?」
「?分かってるけど?日本人だし、私の言葉だし」
心底不思議そうに、綾華は小首を傾げる。
「じゃあ今が何の時期だか知ってるのか?」
「夏」
「もっと限定的に」
「七月」
「学生にとっての七月って何だよ」
「夏休み前半戦?」
わざとやっているのか、それとも本当に本気なのかなかなか答えに辿りつかない綾華に、槙人はイライラしてきた。しかし怒りを抑え、さらに続ける。
「その前にあるのは何だ?」
「授業があるよねえ」
「それよりは後だ!」
「・・・ああ!期末テストだ!」
びしっと綾華は槙人を指さした。
「そうだよ、ようやく正解か・・・」
「わーい、当たったー!ほめてほめてー」
「ああはいはい・・・って違うわー!」
すり寄ってきた綾華の顔を、ほとんど反射的に撫でてから槙人はそのままべしっと叩いた。
「いったあ!何すんのよー」
「何なのよじゃない。テスト前なんだから外なんか行ってられるか」
寒いし、と槙人はつけ加えた。
「ええー。いいじゃない少しくらい。ほら、息抜きだよ、息抜き。ねっ?」
「俺はまだ何もしてねーよ!」
しかし、ここまで来ると、結果はいつも決まっているのだ。綾華がボケ倒し、槙人がそれにツッコミを入れ続ける。だがしかし、綾華の攻撃力(ボケ)は、槙人の防御力(ツッコミ)を軽く凌駕している。
「はぁ・・・分かったよ、もう」
だから、二人の会話がコントになると、大抵槙人の負けになる。そして、結局は綾華の思い通りになってしまうのだ。
「でっ、何の買い物だ?」
半袖のTシャツの上にコート。島の外に出る際には、自然とそういう格好になる。コートに腕を通しながら、槙人は綾華に尋ねた。
「服ー」
「そういうのはテストが終わってからにしてくれ・・・」
がくっとうなだれて槙人はコメントする。
「かわいいのが安いんだってば。それに水着も買いたいし」
「だからテストが終わってからにしてくれ・・・。って水着?」
槙人は地に落ちかけた顔を持ち上げた。
「うん。夏休みに友達と海行くから、新調しとくの」
「だからって、すぐ行くわけじゃないんだろ?つーか、そこの病弱。大丈夫なのか?」
「平気平気。海って言っても、すぐそこの春日浜だもん。すぐ帰れるから心配ないって」
綾華は笑って返す。
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