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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第二話 雪景色(その5)
 反射的に名前を呼んでそちらを向くと、確かに綾華だった。しかし、様子がおかしかった。
 綾華は、髪の短い女性に抱きかかえられていたのだ。

「お、おい!」

 慌てて槙人は綾華の方に走った。

「綾華!どうしたんだ!?」

 そばに駆け寄ると、槙人は綾華の顔をの覗き込んだ。
 真っ青だった。反応もない。

「あ、もしかして、綾華のお兄さんですか?」

 その時、綾華を抱えていた女性が声をかけた。

「え・・・ああそうだけど・・・」
「良かったあ・・・綾華ケータイ忘れてたみたいで、連絡のしようがなかったんですよ」
「やっぱりそうだったのか・・・。まあいいや、よっ・・・」

 安堵の声を漏らす女性から綾華を受け取ると槙人は手早くおぶった。

「えっと・・・君は、綾華の知り合い?」
「あ、はい。町田っていいます。綾華のクラスメートです」

 そう言うと、町田はぺこりとお辞儀をした。
 しかし、悠長に挨拶をしている場合ではなかった。

「・・・てか。とにかく、綾香を連れて帰らなきゃな」
「あ、私も行っていいですか?」
「ああ、構わない」

 いうと同時に、槙人は駆け出した。大勢の人の間を、ぶつかりながらも抜けて行く。
 多くの人の往来のため道の雪はほとんどが水になっていた。しかし、止まない雪は再び降り敷き、新たな堆積を作ってゆく。
 その雪を踏み散らし、槙人は自宅のドアを開けて飛び込んだ。

「ち・・・ちくしょう。重い・・・」

 脱力している人間は実際の体重よりも重く感じるものだ。綾華の体重がいくつかは知らないが、妙に重たいと思った。
 靴を脱がし、綾華の部屋に運び込む。雪を払い、一旦ベッドに寝かせてから、槙人は綾華のコートを脱がせた。
 そこで、はたと気がつく。
 なぜ綾華が倒れたかは分からないが、スカートのベルトなど、緩められるものは緩めた方が良いだろう。
 だが、コートだけならともかく、その下のスカートや、さらにブラジャーのホックにまで手を出してよいものだろうか。妹とはいえ、綾華だって年頃の女の子だ。男にむやみやたらと触られたくはないだろう。

「私やりますよ」

 槙人がその場で躊躇していると、後ろから町田が声をかけてきた。

「服緩めるのって、男の人はちょっと抵抗あるんじゃないですか?」
「あ、ああ。ちょっとどころじゃなかった。頼む」

 町田に言われ、槙人は後ろを向いて待つことにした。背後から何か外す音が聞こえてくるが、あえて考えないよう努力する。

「終わりましたよ」
「ん、おう」

 槙人はふり向いた。綾香の顔は、先程よりは、心もち楽になったように見えた。

「ありがとう。後は綾華が起きるまで待つか」
「そうですね。じゃあ私帰ります」
「え、帰るの?別にいてもいいんだけど・・・」
「あはは。明日レポートの提出日なんです。初雪まつりだけは来たかったんで来たんですけど・・・」
「そっか。わざわざありがとう」

 槙人と町田は階下に降りて、玄関へ向かった。

「そういえば、よく俺が綾華の兄貴だって分かったな」

 町田が靴を履いている時、槙人はふと思い出した。

「ああ・・・綾華のこと呼び捨てにする男子っていないんで、そうじゃないかって思ったんです。話だけは綾華から散々聞かされていましたから」

 そう言って町田は笑う。対して槙人はたじろいだ。

「そ、そんなこと話してんのかあいつは・・・。俺の事なんか話しても面白くないだろうに」
「ええまあ、言ってる事同じですし。優しいとか、ちょっと抜けているけど、頼りになるとか・・・」
「むう・・・最近やけにくしゃみが多いと思ったら・・・」

 照れくさいので、冗談で返す。勿論くしゃみなど数える程にも出ていない。

「でも綾香は嬉しいんだと思いますよ。お兄さん・・・姫崎さんがいることが」
「そうなのか?」
「んー・・・。偏見かもしれませんけど、女の子って大抵兄っていう存在には憧れるものだと思いますよ。特に兄弟がいない場合」
「へえ・・・」
「なんていうかこう・・・年上の人って守ってくれるイメージがあるじゃないですか。私は弟がいるんですけど、性格ひねてて手がかかるんですよ。だからお兄さんがいたら世話してほしいっていうか、甘えたいっていうか・・・まあ、時々思う訳ですよ」

 頬をポリポリとかきながら、町田ははにかむ。

「そっか・・・」
「綾華から聞いたんですけど、姫崎さんて綾香とちょっと一緒に暮らした後は七年くらい会ってなかったんでしょ?だから、兄である姫崎さんが戻ってきてくれた事は、綾華にとって本当に嬉しい事だったんじゃないですか?」

 だからついつい話しちゃうんですよ、と町田は笑った。

「・・・そっか」

 呟くように、槙人は答えた。
 兄である、という部分が、妙に大きく聞こえた気がした。

「ん・・・ま、とにかくありがとうな。助かったよ」
「いえいえ。それは」
「ああ。・・あ、ちょっと待って」
「はい?」

 ドアにてをかけたところで槙人は呼び止めた。

「また同じような事が起きたら困るからな。俺のケータイの番号教えとくよ」
「あ、どうも。そんじゃ私のも・・・」

 携帯電話を取り出し、番号とメールアドレスの交換をする。

「それじゃ、綾華によろしく伝えといて下さい」
「ああ。レポートがんばって」

 綾華の見せてもらえば一発ですけどねー、と残して町田は帰って行った。
 残された槙人は、もう一度綾華の部屋に行く事にした。


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あきゅろす。
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