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雪が来る前に
 はーっと、白い吐息が空気に溶けてゆく。
 秋も過ぎ去り、早朝には霜が降りる季節になった。このところはあまり日が差さず、白く厚い雲が空を覆うばかり。そのため、昼を過ぎてもなかなか気温は上がらなかった。
 もう少し厚着して来ればよかったかもしれない。鈴仙・優曇華院・イナバは両手を首に押し当てて暖めながらそう思った。上はともかく、脚が寒い。サイ・ハイソックスを履いてはいるが、丈の短いスカートとの間に空く僅かなスキマに風が当たるのだ。なぜか短いスカートしか用意してくれない師匠に、ちょっとだけ恨みを覚える。
「雪が降るかもしれませんね」
 空を見上げ、鈴仙は呟く。気温も落ち込んでいるし、雲がやや厚ぼったい。この寒さならば雪になる可能性はあった。
 寒いとはいっても、鈴仙は別段冬は嫌いではない。それは、雪が降るからだった。
 どちらかというと雪の白は好きだ。その純白の粒子は穢れを感じさせない。鈴仙は過去の記憶のせいで度々自分の心が薄汚れていると感じるので、まさに「何もない」景色というものがひどく美しく見えるのだ。憧れに近いかもしれない。降り積もった新雪が日の光に照らされて輝く様は、直視できないほど美しいから。
 だから冬は嫌いではない。いつかのように呆れるほど降られると美しさも何もあったものではないが、例年の降雪は鈴仙にとってはむしろ楽しみなのだ。

「……今年も、降るの?」
 柄にもなく心が躍るのに苦笑していると、そばから不安げな声が聞こえてきた。鈴蘭畑の毒人形、メディスン・メランコリーである。
 鈴仙は師匠の八意永琳と共に鈴蘭の毒の採取をしにきていた。この春に鈴蘭畑の存在を知り、その毒で動き回る妖怪人形と知り合った。それからというもの、鈴蘭の毒の採取を通してつき合いがある。鈴仙自身は毒にやられるのが嫌であまり来たくないのだが、毒も薬も効かない永琳が無理矢理引っ張ってくるのである。それほどの大荷物になることなどないのだが。
「降るんじゃないかな。大体毎年降るし。そうですよね、師匠」
「ん、そうね」
 鈴仙はメディスンの方に向き直り答える。確実なことはもちろん言えないが、経験上幻想郷の冬は雪をもたらしている。去年ほどの異常な降雪は流石にないだろうが、やはり降ると見ていいと思っていた。
「そっか……やだなあ」
 鈴仙の答えを聞くと、メディスンはしゅんとしょげた。そばを浮遊する小さな人形も一緒になってうなだれる。
「あら、あなたは雪が嫌いなの?」
 薬瓶をいじくっていた永琳が横から割って入ってきた。メディスンはこくりとうなずく。
「うん。雪は嫌い……」
「どうして?」
「だって、スーさんが……」








 メディスンが自己を手に入れたのは数年前のことである。鈴蘭畑に打ち捨てられていた人形に毒が染み込み、妖怪化した。既に相当程度の知能を有していたメディスンだったが、しかし以前は物であったということに変わりはない。当時鈴蘭畑から出ることの叶わなかったメディスンには、生き物が知っていて当然のことも知らない場合があった。
 雪も、その一つである。
 四季の変化というものは、周囲の山々の移り変わりによって感覚的に知ることができたが、降らない雪を知ることはできない。またメディスンが妖怪化してから現在まで、大雪といえるものは去年の冥界の春強奪事件だけだった。一昨年もその前も、降るには降ったが、地面にうっすら積もる程度だったのだ。だから、メディスンにとって雪というものはとりわけどうというものでもなかった。

  ――去年までは。

 雪が白く冷たいものである、という程度の認識しかなかったメディスンは、その年の初雪を見ても特に何を思うわけでもなかった。また今年も降るのね、というくらいものである。
 だが、それは日を追うごとにじわじわと変化していった。
 雪が降る。ひたすらに雪が降る。雨のように地面に辿り着いても何か音を出すでもなく、しんしんと降り続けた。小雨や大雨の経験もあるから、雪もそういうものなのかもしれないとそのときはまだ危機感を持たなかった。油断してると自分が雪だるまになるのがちょっと面倒なだけだった。

 メディスンが青ざめるのは、その雪が一向に降り止まなくなってからである。
 朝起きると、自分の体は完全に雪に埋まっている。もぞもぞと這い回ってようやく「地表」に達すると、まだまだ雪は降っていた。雪の中からぽこっと頭を出して周囲を見回すと、そこは一面の雪原になっていたのだ。
 鈴蘭は、どこにも見えなかった。
 メディスンは、途端に不安になった。雪が鈴蘭の上に積もるのも見たことがなかったわけではない。しかしメディスンの知る雪というのは、地面を薄く白く塗り替える程度のものなのだ。自分の背丈ほど降り積もる雪など経験したことがなかった。
 急いで周りの雪をかき分け、地面を露出させる。流されることも溶けることもなく鈴蘭はそこにあった。
 それを見て、ほっと安心したのを覚えている。
 だがすぐに、そんな場合ではないことに気がついた。鈴蘭畑全体がこうなっているのだ。今のところ鈴蘭は平気なようだが、積もった雪は結構な高さがある。意外と、重いのだ。
 寒さで枯れることはないかもしれないが、むしろ雪の重みでやられる可能性がある。メディスンはそれに気がつくと、急いで雪かきを始めたのだった。

 だが雪は降る。ひたすらに雪は降る。雨のように地面に辿り着いても何か音を出すでもなく、こんこんと降り続けた。メディスンがどれだけ頑張っても、雪は降り続けた。全てを無に帰さんとばかりに降り続けた。
 不安になる。悲しくて、空しくて、悔しくて、寂しくて、辛かった。人形であるメディスンは、温感が生き物よりもだいぶ鈍い。そのため素手で長時間雪かきができるのだが、鈴蘭畑は狭くない。雪を両手で抱え上げ、鈴蘭畑の外に捨てる。それを何度も繰り返すのだ。百や二百では終わらない大作業。いくら感覚が鈍くても、それはメディスンの体を蝕んでいた。冷たさは次第に痛みに変わり、雪かきが辛くなってくる。ただでさえ、雪は無茶苦茶にたくさんあるというのに。
 なのに。なのに雪は容赦なく降り続ける。春などなくなってしまったかのように、長く永く降り続ける。気温はどんどん下がり、積もった雪は一晩で氷になる。その上からさらに雪が降る。雪かきができるのはメディスン一人。なのに雪は容赦なく降り続ける。時には吹雪となって、鈴蘭畑に襲いかかった。
 どれだけ息を切らせて運んでも、どれだけ体を傷めてどかしても、その上から雪は降り積もる。鈴蘭は今ほど強力に毒を放出していなかった。だからメディスンの行動能力にも限界があった。今より鈍い動きで、必死になってメディスンは雪を持ち運び、捨て、また戻る。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もそれを繰り返す。意思を持つ人形が、まるで操り人形のように、何度もそれを繰り返していた。
 しかしどれだけ雪をかいても、まるでメディスンを嘲笑うかのように雪は降る。吹雪はメディスンを吹き飛ばし、鈴蘭ごと埋め尽くそうとする。抵抗して、また雪を持ち上げて、メディスンは同じことを繰り返す。広い鈴蘭畑を、たった一人で、緩慢な動作で奔走する。
 どかした先から雪は降り、鈴蘭を隠す。ちっとも作業は進まない。涙に濡れ、嗚咽にまみれ、体中が傷んでも、全くはかどらなかった。

 そして知る。それが、どうしようもないほど「無駄な努力」であることに。
「やめて……」
 ちっぽけな自分一人では、何もできない。
「スーさんが……スーさんが死んじゃう……!」
 生まれたばかりのメディスンには、もう泣くことしかできなかった。
「もう降らないでよ! もう、来ないでよぉ!!」
 その涙を、悲痛な叫びを、聞く者はいない。
 どれだけわんわん泣き喚いても、全て吹雪にかき消されてしまっていた。
 あの永い冬が終わるまで、メディスンは雪に埋もれながらずっと泣き叫んでいた。









「…… だから、雪は嫌い。スーさんが消えちゃいそうで」
 メディスンは悲しそうに語る。去年の大雪は永遠亭も含めいたるところに被害を出していたが、メディスンのような何も知らず何も持たず誰もそばにいないような者にはとりわけ過酷だっただろう。独り雪の中でずっと無駄な努力をし続ける。しかも「子供」が。どれほど辛いものだったのかは、鈴仙の想像の範疇になかった。
「……けど、大丈夫よ。あれは人為的なものが原因だったし、そうでなかったらあんな大雪はそうそう起きやしないもの。今年はそんなに怖がらなくてもいいんじゃない?」
「そう……なんだろうけど」
 今年は例年より冷え込むのが早い。だからやや降雪量が多くなることも考えられが、しかしそうであっても去年ほどの異常な雪は発生しないはずだ。鈴仙の覚えている限り、家の出入りが不可能になるような降雪などそのときしかなかった。膝丈まで積もることもあったけれど、それが延々続くこともない。たとえメディスンがまた一人で雪かきをするにしても、絶望的なほどではないだろう。
 それでもメディスンの表情は晴れない。当然だろう。メディスンにとってあの出来事はもはやトラウマなのだ。ちょっとやそっとではそう安心させることなどできはしない。
「それに、見た感じその冬も越せたんでしょ? だったら、大丈夫じゃないの?」
 鈴蘭は多年草であるが、あの超寒冷期間を越せるかどうかは分からない。今年の春に起きた事件で生気を養ったにしても、わずか一年でこれほど元気でいられるものだろうか。そもそも鈴蘭が咲くのは春から初夏にかけてだ。冬を越すためにほとんどはしぼんでいるが、それでも立派に花をつけている。季節の変化をものともしないような植物ならば、多少の雪など敵ではないのではないだろうか。
「まあ、ここの鈴蘭が今も咲いているのは、毒が強すぎるからなんだけどね」
 永琳が口を開く。
 あまりにも毒性が強いため、それが鈴蘭自身に生気を与えているらしい。鈴蘭畑には鈴蘭による毒が充満しているわけだが、それによって鈴蘭が力を得る。そしてまた毒を作り出す。そういう、生き物からするとはた迷惑な循環を続けているのだ。だから今でもしぶとく花が咲いている。普通の鈴蘭ならばとっくにしおしおだ。
「だってさ。だから……」
「分かってる」
 それならば尚のこと不安要素はない。鈴仙はメディスンに笑いかけた。けれどそれはメディスンによって遮られる。
「スーさんは強いの。私がずっと泣いてたときもじっとしていられたんだから……」
 でも。
「でも怖いの。あのとき、本当に、何もかも失ったような気がしたから……」
 声が湿る。スーさんが雪に埋まって消えちゃった気がしたから、と涙声でメディスンは言う。
 鈴蘭畑で育ったメディスンは、いつも鈴蘭と共にいた。鈴蘭しかいなかった。雪で埋もれ、メディスンの視界から完全にいなくなった鈴蘭。穢れなき純白の粒子がもたらす「何もない」世界。それはメディスンからすれば、孤独以外の何物でもないのだ。鈴仙にとっては憧れであっても、メディスンにとっては恐怖なのだ。頭で分かっていても、それを払拭するのは難しいだろう。

「けど……」
「じゃあ、どうしたいのかしら?」
 鈴仙が元気づけようと言葉を選んでいると、不意に永琳がメディスンに声をかけた。驚いたのか、メディスンは呆けた顔を上げた。
「えっと……だから、どうにかできない? 雪を全部融かすとか……」
 だから、ということは考えていなかったのだろう。しかしそう問われると自然とそう言いたくなるものだ。慌てながらも、メディスンは自分の望みを永琳に訴えた。
「……それじゃ駄目ね。下手に熱を持たせると鈴蘭自身もへたってしまうだろうから」
「な、何でもいいの! スーさんが雪に埋まらなければ……」

「それに、ね。私は別にそんなことをする義務はないわ」

「え……」
 冷たく、言い放つ。メディスンの顔から一切の表情が消えた。
「師匠……!」
「だって、そうじゃない」
「……い、今まで鈴蘭の毒をもらってたじゃないですか!」
 いくらなんでも、と鈴仙は永琳に食ってかかる。メディスンが可哀想だということもある。だがそれ以上に、永琳の態度が許せなかった。それほど長いつき合いではないかもしれないが、少しくらい恩を感じてもいいはずだ。それなのに永琳は、自分で聞いておきながら完全に突っぱねたのだ。あまりにも冷淡な永琳に鈴仙はうろたえるが、何とか説得しようと試みる。
「まあ確かにね。でも別に契約を結んだわけじゃなし、せいぜいが義理でしょう。別に私はそれに報いようとは思わないわ」
「そんな……!」
「他に何かあれば考えるけどね」
 ふうと永琳はため息をついた。鈴仙は永琳を睨みつける。しかし、何も言うことができない。永琳にその気がない以上、どれだけ言っても無駄なことなのだと悟ってしまった。
「どうすればいいの……?」
 けれど、それは鈴仙が気づいたことであって、メディスンは気がついていないようだった。目を潤ませて永琳を見ている。
「メディスン……」
「だって、スーさんが……」
「そうねぇ……」
 鈴仙が何か言おうとすると、永琳は考え込む仕草をした。ややあって、永琳はぽつりと一つの条件を出す。
「色々あるけど、例えば……この鈴蘭畑を私に明け渡す、とか」
「えっ……」
 鈴蘭畑を永琳のものにする。それはつまり――。
「師匠!」
 この場所は決してメディスンのものであるわけではない。しかし他の誰かの所有物でもないのだし、慣習的にはメディスンのものと見てもいいだろう。
 それを撤回させるということは。
「ここを……?」
「あなたにやってもらうのも楽だけど、自分でやってもいいわけだし。……場合によっては、あなたにここを出て行ってもらうかもしれないわ」
 さっとメディスンが青ざめる。その言葉の意味を瞬時に理解したようだ。
 そう、鈴蘭畑が永琳のものになるのならば、それをどう使おうと永琳の自由であり、メディスンを追い出すことも可能なのだ。鈴蘭畑を離れれば徐々に毒は抜け、メディスンはまたただの人形に戻ってしまうかもしれない。
「その代わり、ここはきちんと管理してあげるわ」
 そんなもの意味はないのだ。メディスンが鈴蘭畑に行けないのならば、管理されようがされまいがそれを確認することはできない。つき合いもあるし、悪い扱いはしないわよ、と永琳は言う。だがそれは、鈴仙にはどうしても嘘に聞こえた。元から永琳の波長は読みにくいが、今だけは違う。その言葉はほとんどが嘘で、他に何かを企んでいるのだ。
 メディスンが考え込む。具体的には分からないが、永琳が何か考えていることを鈴仙は伝えようとした。だがどう説明すればいいか分からないし、永琳が無言で圧力をかけてくる。
 メディスンを試そうとでもしているのだろうか。それならばますます許せない。トラウマを受けている「子供」に、よくもそんなことができるものだ。けれど結局何も言えず、鈴仙は歯噛みしながら黙ってメディスンを見守っていた。


「……お願い」
 かなりの間を置いて、メディスンが答えた。
「スーさんを、助けて……」
 それは、肯定の答え。
 メディスンは、自分よりも鈴蘭を優先させたのだ。
「そう……私にこの鈴蘭畑を譲る?」
「うん」
「あなたは私の命令に従える?」
「……うん」
「そう、ありがとう」
 契約は締結された。至極一方的な、不平等すぎる契約。鈴仙は苦々しい表情でその様子を見つめていた。はらわたが煮えくり返るとはこういうことを言うのかもしれない。
 永琳は満足そうにうなずくと、二、三歩歩いてメディスンの方に向き直った。
「じゃあこの鈴蘭畑の所有者として、あなたに三つ、従ってもらうことがあるわ」
「うん……」
 メディスンは泣きそうな表情でうなずく。そんなものを受ける理由などないはずなのだが、メディスンは気がついていないようだった。よほど言ってやりたかったのだが、永琳の目は鈴仙の行動を見抜いていたようで、それを許さなかった。
「まず一つ。あなたにはこの鈴蘭畑を出て行ってもらうわ」
 そして宣告される。メディスンにとってはほとんど死刑のようなものだ。あまりに一方的。そしてあまりにも容赦がなかった。
「うん……」
「そして二つ目。ここを出て行ったら永遠亭に住んでもらう」
「え?」
「は?」
 しかし。
 その一方的な死刑は、突如として反転した。


 うつむいていたメディスンも、目を伏せていた鈴仙も、同時に永琳を見る。
 今、何と言ったのだろう。鈴蘭畑を出て行って、永遠亭に住めと言ったのだろうか。
 そのとき、鈴仙は永琳の波長が先ほどと変わっていることに気がついた。謎解きの部分に足を入れたためか、企みが読めなかったのがクリアになっている。まるで、毒気を抜いたかのように。
「で、三つ目」
 状況をつかみかねていると、永琳が言葉をかぶせてきた。
「私が持っているこの鈴蘭畑の所有権を、あなたに返還するわ」
「…… え?」
 本当に、何がなんだか分からなかった。
 一瞬抜けかけた意識を引き戻し、鈴仙は焦りつつも状況確認を始めた。鈴蘭畑の所有権はメディスンから永琳に移り、それによってメディスンの行く先は永遠亭になり、所有権は戻された。
「あの師匠? それって……」
 要するに、変わった部分はメディスンが永遠亭に住むというところだけである。
 見れば、永琳は満面に笑みを浮かべていた。
「こんな子を、寒い雪の中に放っておくわけにはいかないじゃない」
 ぽんぽんと、メディスンの頭を優しく叩きながら永琳は答えた。
 漸く、鈴仙は永琳が何をしたかったのか理解した。
 初めから、メディスンも鈴蘭も助けるつもりだったのだ。

「そんな……それなら、何も試すようなことしなくても」
 しかし、鈴仙は憮然とした表情を崩さない。まさかと思っていたが、本当にメディスンを試していたのだ。初めから助けるつもりならば、わざわざそんな意地の悪いことをする理由などあってはならない。鈴仙は言葉にこそしなかったが、目で言いたいことを伝えた。
「さっき言った通りよ。義理は……まあないわけじゃないけど、義務が欲しかったの」
 メディスンの頭を撫でながら、永琳は鈴仙の疑問に答える。
「ただ連れて行くだけじゃ、絶対に承知しない子とかいるからね」
「あー……いますね」
 例えば、兎たちのリーダーとか。健康に気を遣うし、気性は荒いし、何よりメディスンからしこたま毒を喰らった過去がある。メディスンと暮らすことになったらそれはそれは嫌がることだろう。
「まあ無理矢理言うこと聞かせてもいいんだけどね」
「もう少し穏便に済ませたいと」
「そういうこと」


 つまり。
 永琳とメディスンの間で、鈴蘭畑の管理という契約を正式に締結する。鈴蘭畑の所有権は永琳に移譲され、その処分は永琳の自由になる。それによってメディスンは鈴蘭畑を出て行くことになるが、解釈次第ではメディスンも鈴蘭畑にある「物」の一部として扱うことができる。ならばその行き先の決定も永琳の自由だ。鈴蘭畑にあった「物」を永遠亭に移動させれば、メディスンは永遠亭に住むことが可能になる。
 その上で、メディスンに鈴蘭畑の所有権を返還する。鈴蘭畑は再びメディスンのものとなる。となればメディスンの居場所の決定権も当然メディスンのものになるのだ。鈴蘭畑に行こうが永遠亭にとどまろうがそれはメディスンの自由である。少なくとも冬の間は、わざわざ寒い外にいなくてもよいわけである。
 かなり、屁理屈だ。しかし説得力はある。普段から屁理屈をこねるあの兎を黙らせるにはちょうどいいかもしれなかった。反論してくるかもしれないが、正式な契約によって発生した正式な権利だ。メディスンをだまくらかすのは楽でも、より高度な屁理屈をこねる永琳にはかなうまい。
「……よかったね」
 回りくどいやり方に苦笑い。鈴仙はぽりぽりと頭をかくと、いまだに状況が飲み込めていないメディスンに声をかけた。
「え、えと……?」
「要するに、うちに住んでってこと」
 理論的に説明しても分からないかもしれない。鈴仙と永琳は互いに分かりやすく噛み砕いてメディスンに説明した。「出て行く」という部分に衝撃を受けたらしいが、そこは重要ではない。それを強調し、且つメディスン自身が雪をしのぐためのものであることをつけ加えた。
「じゃあ……スーさんは?」
「そんなの雪が降ってる間、場合によっては冬の間中、ここを密室にしてしまえばいいだけのことよ。雪はかからないし、むしろ毒がいっそう充満するわ」
「ですよね。師匠なら造作もないことでしたね」
 メディスンが理解できるまで、二度三度と説明を繰り返した。
「スーさんは、大丈夫?」
「ええ、もちろん。責任もって守ってみせるわ」
「私もいていいのよね?」
「そうよ」
 そうして、やっと理解したようだった。
 もう誰も、寒い思いをしなくて済むことを。
 メディスンに、笑顔が戻った。



 冷たい空気をすっと吸い込み、永琳と鈴仙はメディスンに手を差し出す。
「ようこそ、永遠亭へ」
 新しい家族を歓迎するために。長かった孤独を癒すために。
「……うんっ!」
 二人の手を握り返し、メディスンは元気いっぱいにうなずいた。
 秋も過ぎ去り、雪も間近な寒い季節。
 でもその手は、温かかった。


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あきゅろす。
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