短編小説 君の声が聴きたくて 後編(黒崎蘭丸) 『…ごめんね。こんなコトで電話して……迷惑だったよね……ホント、ごめ……』 「謝んな。この頃、お前を構ってなかったし……」 お互いが多忙で、デートらしいデートすら出来ずに、すれ違いの日々。 何時か、愛想を尽かされるのでは、等と思う事もあった。 だが、それは杞憂だった。 奏音は、オレの事を想ってくれていた。 ただ、そんな事が嬉しいと思う。 「今度、オフが被ったら一緒に出掛けるか?」 『うんっ。お出掛けしよ』 嬉しそうな声音に、自然と笑みが浮かぶ。 電話越しに、『何処が良いかな……』と呟きながら考えている奏音が可愛くて仕方が無い。 [あー……マジで今すぐ、オレだけでも帰りてぇ] もう何度も願った言葉が脳裏を過ぎる。 奏音不足ではない、と思っていたが、ここに来て、奏音不足である事を痛感する。 「奏音」 『ん?』 「やっぱ、出掛けるんじゃなくて……その…旅行行かねぇか?」 『旅行……?』 「ああ」 ドキドキ、と緊張に胸が鳴る。 出掛けるのも有りだが、出掛けるなら奏音の一日を独占したい。 側で、くるくる、と変わる表情を見たい。 『温泉』 「ん?」 『蘭丸くんと、温泉に行きたい』 「……良いな温泉。行くか」 『うん。楽しみにしてるね』 声音からして、笑顔全開だろう事が判る。 「―――――……今すぐ帰りてぇ」 『蘭丸くん?どうかしたの???』 「……何でもねぇよ。それで、他に何かあったか?」 口から溢れ落ちた本音。 そんな本音を拾う事なく、他の話に切り替えた。 こんな情けない声を聞かれたくなかった。 ☆★☆★☆ 暫く奏音と話をしていると、 「ランちゃん」 「!」 『?』 声がする方を慌てて振り返れば、そこにはレンの姿。 時計を指差している。 どうやら、話に夢中になり過ぎて、そろそろ眠らないと、明日の収録に差し障る時間になっているようだ。 [切りたくねぇ] 逢いたい、と思っていた奏音の声を聞いていたい。 切りたくない、と思うのは仕方ないだろう。 『ご、ごめん。朝から収録なんだよね、ホント、気付かずでごめん』 「気にすんな。大丈夫だから」 『ダメだよ』 こうなった奏音は、意固地だ。 これぐらい、どうって事ないのに。 わたわた、と慌てている奏音を想像出来る。 [この奏音も見てぇ!てか、何なんだ、この半端ねぇ破壊力は!] 電話越しの奏音は、普段見せない態度をとる。 それが蘭丸の想像力を刺激する。 『そろそろ、切るよ。神宮寺くんも蘭丸くんに用があるんだろうし……』 「え、あ……判った。土産、楽しみにしてろよ?」 『うん……判った』 「おやすみ」 “通話終了”のボタンをタップしようとした瞬間だった。 『蘭丸くん!』 「ん?」 『あの……おやすみなさい……大好き。ちゅっ』 「ちょっと待て!奏音!もういっか…っ」 蘭丸はフリーズを起こしていた。 滅多に言わない奏音からの告白と、電話越しのキス。 もし、ここに奏音が居たら、きっと頬をほんのり赤くして、恥ずかしそうに俯いているだろう。 もう一度聞かせて欲しいが、聞こえるのは電子音。 再度、電話するにも気が引ける。 スマホを握りしめ、フルフル、と肩を震わせている蘭丸を見たレン。 「……な、何かゴメン」 「滅多に言わねぇのに……っ!」 「ホント、ゴメン」 「今すぐ、帰らせろ」 「無理だから」 苦笑いを浮かべて、即答するレンを睨むと、はぁ、と小さく溜息を吐く。 「覚えてろよ」 スマホに向かって呟くと、何事もなかった様に部屋に入って行く。 ロケが終わり、寮に戻ったら、絶対に奏音を連れ出して、思う存分、にゃーにゃー啼かせてやる。 オレを煽った責任は取って貰わねぇとな。 そんなふしだらな欲望を胸に、蘭丸は眠りに落ちたのだった。 ――――――――――――――――――――― あとがき にゃーにゃー、啼かされたのかは想像にお任せします。 2021.08.22 [*前へ][次へ#] [戻る] |