裏返し 暗い しげるがぐるぐるしてる 短文


  最悪だ。吐き気がする。

「どうした? 具合でも悪いのか?」
 心配そうな顔で覗き込まれて、舌打ちして目を逸らした。
「なんでもない」
「……なんでもないって顔かよ、それが」
 親、あるいは兄みたいな顔で、カイジさんはオレのことを気遣ってみせる。

 憎い。
 憎い。
 なにも知らない無防備なカイジさんが、憎たらしくてしょうがない。

「オレの気分が最悪なのはね……あんたが原因なんだよ」
 受け入れるにも捨てるにも重すぎるこの感情のせいで、オレは身動きがとれなくなってしまった。
 だから、憎しみを込めてそう吐き捨てると、カイジさんの顔色がさっと変わった。

 こんな風じゃない、もっとべつの伝え方もあるってことは知っている。
 でも、どうしても、憎しみが先に立つ。

 土足で人の心に踏み込み、生き方すら容易く変えてしまおうとするカイジさんのことが、疎ましくて仕方がないはずだった。
 それなのに、オレはどうしたってこの部屋にもどってしまう。
 どんなに遠く離れようとしても、まるで磁石のようにまた、吸い寄せられてしまう。
 どう藻掻いたって、逃れる術などなかった。



 カイジさんはうつむいて、拳を握り締めている。

 力を込めすぎて白くなった手と、痛みを耐えるような沈痛な面持ちに、ちりちりと胸が焦げつく。
 この人は今、オレの言葉で傷ついている。
 たったそれだけのことでこんなにも騒ぐこの心臓を、できることなら切り捨ててしまいたかった。



「心当たりがねえから、よくわかんねえんだけど……」

 ややあって、カイジさんは口を開き、ひどく苦しそうな顔で呻くように呟く。

「そんな顔、させるようなひどいことを、オレがお前にしちまってたっていうのかよ……?」
「ひどいこと?」

 思わず、乾いた笑いが漏れた。

 そうだね。あんたはオレにひどいことをした。
 あんたなしでは息もできないような、腑抜けにしちまった。

 オレにそんなひどい仕打ちをしたわけだから、オレがあんたにひどいことしたって、構わないはずだよね?

「大丈夫だよ」

 これで痛み分けだ、カイジさん。

「本当にひどいことっていうのは、オレがこれからあんたにするようなことを言うんだから」

 うんざりするくらいやさしい声で吐き捨ててやって、傷のある頬を撫で上げる。

 ゆっくりと変化していくカイジさんの表情は、昏い歓びをオレに与えた。







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