変 しげ→カイ 無自覚 しげる視点 ほのぼの




 最近、カイジさんがなんだか、変だ。

 俯きがちで、ずっと目線をうろうろさせている。
 瞬きの回数が、明らかに前より増えた。
 頻繁に首の後ろや頬なんかを掻いたり、咳払いもたくさんするようになった。

 つまり、なんだか始終、落ち着かなさそうにしているのだ。

 
「カイジさん」
 名前を呼ぶと、大袈裟に肩を揺らして「へ?」なんて間の抜けた返事をするし、そのあといっそう揺れが激しくなる二つの目は、オレの方を見ようともしない。
 明らかに、挙動不審。

 座ったままにじり寄ると、驚いたように見開かれた目が一瞬オレを見たけど、そのあとすぐに逸らされる。
 それが、気にくわなかった。
 カイジさんがどんなに変だろうが、オレにとってはべつにどうでもいいことだけど、名前を呼んだときですら碌に視線が合わないのには、さすがにすこし、腹が立つ。

 近づいたぶん、じりじりと後退していくカイジさんを、壁際まで追い詰める。
 カイジさんの顔を至近距離で見る。半眼になっているのが、自分でもわかった。
 だが間近で睨んでも、カイジさんはオレの方を見ようとない。
 カチンときたから、両手で頬を挟みこみ、ぎゃっ、という潰れた声にも構わず、そのまま強く引いてその顔を自分の方に向き直らせた。
「どうしたの。あんた最近、なんか変だよ?」
「へ? 変っ……て?」
 頬を押し潰されて変な顔のカイジさんは、くぐもった声でそう言った。
 とぼけるような様子に、自然、声が低くなる。
「心当たりあるでしょ……どうしてオレの方、見ないわけ?」
 すると、カイジさんはやたら素早い瞬きを繰り返したあと、ぼそりと言った。
「っ……だってよ……」
「だって、なに?」
 問い返しながら、斜め下へ下へと逃げてゆく目線と、目を合わせようと格闘していると、やがてカイジさんは「あー! もう!」と怒ったように叫んで、オレの目を真正面から、しっかりと見据えた。

「だってお前なんか、最近オレのこと、すげぇ見てくるだろっ……!!」
「……え」
「落ち着かねえんだよっ……! あんまり、じろじろ見られるとっ……!!」

 予想もしていなかった言葉にぽかんとするオレを、カイジさんは恨めしそうに睨みつけて言った。

「オレのこと、変、って言うけどなぁ……! 変なのは、お前の方だろうがっ……!!」

 三白眼の黒目にまっすぐ射貫かれて、オレは固まってしまった。

 見てた? オレが、カイジさんを?

 そりゃ、この部屋には見るものなんてほとんどないし、テレビや雑誌も面白くないから、必然的に視線は家主の方に向くことは多くなるけど、でも。

「……そんなに、見てた?」
 オレはきっと今、とてもつなく間抜けな面をしているのだろう。
 カイジさんは眉を寄せ、ため息をひとつ、ついた。
「自覚なかったのかよ……」
 そんな神妙そうにしてても、オレの手に頬を押し潰されたままの顔じゃ、説得力がまるでない。

 だけど、言われてみれば、確かに……
 カイジさんの様子がおかしいことに気付く前から、オレは無意識に目でカイジさんを追っていたような気がする。
 ふたりで部屋にいるときも、外を歩いているときも、最近見た風景を思い出してみると、ぜんぶ、カイジさんが視界の真ん中にいた。

 目から鱗が落ちたような気分だった。
「そう……だったんだ……」
 変なのは、カイジさんじゃなくて、オレの方だったんだ。



「ねぇカイジさん、オレに、なにかした?」
 ずいと顔を近づけ、問いかける。
 カイジさんの挙動不審の理由が、オレのせいだったってことはよくわかった。
 だけど、そのオレが変になったのは、たぶん、カイジさんのせいだ。
 オレがじろじろ見たせいでカイジさんが変になったみたいに、オレがカイジさんをじろじろ見てしまったのも、カイジさんが原因のはずだ。
 誰かひとりをこんなに長く見つめてることなんて、今までなかった。
「あ? どういう意味だ……なんにもしてねえよ……」
 オレの問いかけに、カイジさんは不機嫌そうに黙り込んでしまった。

 ぶすっとしたその横顔はやっぱり変な顔で、納得のいかないオレは一旦手を離すと、今度はその頬を抓んで、ぐいっと横に引っ張ってみた。
「……いひゃい……はなへよ……」
 左右にぐにゃりと広がった口でそう抗議してくるカイジさんの顔は、やっぱりとてもつなく変だったけど、「やめろ」と訴えてくる黒い双眸が、逸らされずにちゃんとオレのことを見ているのを知ると、今度はなぜか、心臓の上あたりが変にざわめいて、オレの方が逆に、なんだか落ち着かないような気分になってしまった。

……ねぇカイジさん、やっぱりあんた、オレになにかしたでしょ?





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