もっと


 
「もっと」

 という言葉が震える唇から漏れて、アカギは動きを止めた。
 指が食い込むくらい強く、ベッドに押し付けている肩が大きく上下している。
 睨むように見上げてくるカイジの、潤んだ瞳を見る。

 この行為を、燻る博打の熱の捌け口にしているという自覚が、アカギにはあった。
 中途半端な勝負をしたあとは特に、このアパートの扉を叩かずにはいられないのだ。
 己の欲を吐き出すために、獣のように道具のように扱っても、カイジは堪えてアカギを受け入れた。
 自分だったら相手をぶん殴っているだろうと思うくらいのことを、カイジにしてしまっている。

 愛情はある。だけど、どうしても手荒に扱ってしまう。
 男同士だから、というのもあるけれど、同じ博打狂いであるカイジなら、煮え滾った血を持て余す辛さを正しく理解してくれるはずだとアカギは考えていた。

 とどのつまり自分は、カイジに甘えているのだ。
 アカギもそれがわかっていたから、最近はほんのすこし、ブレーキをかけることも覚えた。
 他の相手なら、そんな面倒なことはしない。カイジに惚れているからこそ、負担をかけすぎないように、多少は労るようになった。

 それでも、カイジにとっては、辛いばかりであるはずの、この行為。
 だけどカイジは確かに今、「もっと」と言った。
 だから、アカギはわずかに信じられないような気持ちで、動くのを止めたのだ。

「『もっと』って、なに……? カイジさん」
 カイジの顔を見下ろして、アカギは囁くように問いかける。
 喉奥から、自然に笑いが漏れた。
 快楽に弱いことは知っていたが、こんな一方的で不埒な行為を『もっと』と求めるようになるなんて。
「慣れて、きもちよくなってきちゃった? ……呆れるほど順応性が高いな、あんた」
 からかいついでに、涙の筋のついた頬を、手の甲で撫でてやる。

 すぐさま頬を赤くして、自分の手を振り払うだろうとアカギは想像していた。
 だがそれを裏切り、カイジは頬を撫でられるがまま、アカギの顔を見上げてため息をついた。

「アホか……そう簡単に慣れるわけねえだろうが……痛ぇにきまってんだろ、こんなもん……」

 呆れ顔で眉を寄せる、その頬は恥じらいに染まってなどいない。
 声や表情からも、それが本心であるというということがアカギにはわかった。

 でも、それなら、なぜ?

 アカギの無言の問い掛けに答えるように、カイジが薄く口を開いた。
「もっと」
 宙に浮いていた二本の脚を、アカギの腰に巻きつけて体ごと引き寄せるようにしながら、口角を上げる。

「もっと、来いよ……アカギ」

 頬を撫でる手を両手で包むように掴み、まっすぐに見つめてくる真摯な眼差し。
 アカギはそれに釘付けになり、ふたりは至近距離で見つめ合う。

「我慢なんて、らしくねえことしなくていい。遠慮や気遣いなんて、いらねぇよ。
 壊すつもりでこい。どんなことされても、オレは絶対、お前を受け止めてやるから」

 さっきまで自分の頬を撫でていたアカギの手の甲に、そっと歯を立て、挑発するように送られるカイジの視線。
 今まで見たことのない色を宿すその視線が、アカギの背に、ぞくりと痺れる感覚を走らせる。

 ーーああ、まったくこの人は。

「……そんなこと、言っちまっていいの? 手加減なしでやったら、本当にあんたのこと、壊しちまうかもよ」
 カイジに問いかけるその声は、アカギ自身の耳にすら、ずいぶん余裕がないように響いた。
 カイジは喉を鳴らして笑うと、アカギの背に腕を回し、腰に絡めた脚と一緒にぎゅっと抱き寄せる。

「オレはそこまでヤワじゃねえよ。苦しいんだろ? いいから、早くーー」

 そうだった。
 自分より相手のことを気遣う、これがこの人の性質だったのだと、欲望に突き動かされながらアカギは思った。

 どんなことをしても、この人はきっと壊れることなく自分を受け止める。
 すべてを許し、包み込むように受け容れる。
 これがこの人の愛し方なのだと、自分はこの人に愛されているのだと、アカギは強く感じた。

 たぶん、今の自分にはできないことだ。
 この点で、自分はこの人に到底及ばないと、アカギは静かに目を伏せた。

「……あんたには、敵わねえな」

 アカギが苦笑混じりに呟いた、その言葉。
 たぶん普通の人間なら、アカギの口から聞くことなど一生できないであろう言葉だったが、直後、息まで飲み込むかのような激しい口づけを受けたカイジの耳には、届かなかったようだった。







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