風の強い日・7


 冷蔵庫の残り物を野菜炒めにして、簡単な昼飯を作った。
 男にも勧めてみたが、首を横に振られた。
 時間も遅いし、どこかで食べてきたのだろう。
「お前、歳は?」
 白米をかき込みながら問うと、
「十九」
 静かな声が返ってくる。
 男は声も、昨日の少年とよく似ていた。

 十九って……年下じゃねえか。
 それなのに、初対面で『あんた』呼ばわりかよ。
 だが不思議なことに、男に『あんた』と呼ばれるのは、オレにとってさほど不快ではなかった。

 男はオレの向かいに座り、なにが楽しいのか、飯を食うオレの姿をつぶさに観察している。
 そんなにジロジロ見られると、さすがに食い辛い。
 その視線から逃れるようにうつむいて飯に集中していると、男がぽつりと呟いた。
「うまそうだな」
「ん?」
「野菜炒め」
 顔を上げる。
「お前も食えば?」
 再度勧めてみたが、男はやはり首を振った。
「いや……いい」
 変なヤツ。
 眉を寄せ、熱々の野菜炒めを口へ放り込み、咀嚼する。


 そういえば、赤木さんも。
 赤木さんも、この野菜炒めが好きだった。

 この家を訪れるようになってから、赤木さんはときどきオレに料理をねだった。
 初めてのときはかなり躊躇したけれど、結局押し切られ、しぶしぶ作って出したのがこの野菜炒めだった。
 冷蔵庫の残り物をぶち込むだけなので、日によって具材が違う。
 粗野な料理だったが、赤木さんはうまいといって食べてくれた。
 そのくせ、すぐに腹がふくれたと言って箸を置いてしまう。
 だから、食事時間の大半は、オレが食べるのを面白そうに見守っているだけだった赤木さん。
 そういう何気ない時間が、本当に大切なものだったのだと、赤木さんがいなくなってから、オレはようやく気付いたのだ。



 飯を食い終え、タバコを吹かしていると、男がぽつりと呟いた。
「祭り……」
「ん?」
 男の方を見ると、男もまた、オレの顔を見て続けた。
「祭り、あるだろ? 今日……」
 男に言われて、思い出した。
 そういえば毎年、このくらいの時期に近所で秋祭りがある。
 去年、赤木さんとも行ったことがある。人も屋台の数も少ない、ちいさな祭りだ。
「そういえば、今日、だったっけ……」
 ぼんやりと携帯のカレンダーを眺めていると、さらに男が言った。
「行こう」
「は?」
「祭り」
 思わず目を瞬く。
 男の表情は真剣そのものだ。
「行こうって……、オレとお前でか?」
「ああ」
 素直に頷かれて、オレは頭を抱えた。

 今日出会ったばかりの、同年代の野郎ふたりで、祭り。
 とても、楽しいとは思えない。

 しかし、男はすっかりその気なようで、猫のように光る瞳でオレを見詰めてくる。
 その表情が昨日の少年と重なって、オレは口をへの字に曲げてため息をついた。
「……わかったよ」
 どうもオレは、この顔に逆らえないらしい。



[*前へ][次へ#]
[戻る]