仲直りの方法・2
「くっだらねぇーーっ!!」
腹を抱えて大爆笑する佐原に、カイジは大きく顔をしかめた。
「そんなつまんないことで喧嘩って!! しかも『絶交』って! あんた小学生っすか!!」
目端に滲んだ涙を指で拭いながらそう言われ、カイジは口をへの字に曲げた。
確かに、咄嗟に口をついて出たとはいえ、我ながら『絶交』はないだろうと、カイジ自身も思った。しかも、かなりの大声で叫んでしまった。
ぶり返す恥ずかしさに唇を噛み締めるカイジに、佐原は苦笑する。
バイトの間中なんだか不機嫌そうで、いつもよりミスも目立って、ついにはクレーム一歩手前にまでなってしまったカイジに、『なにかあったんなら、愚痴くらい聞きますよ』と声をかけ、チェーン店の居酒屋に連れだって入った。
本音は、単に誰かと酒を飲みたい気分だっただけで、シフト上がりが一緒なのはカイジしかいなかったし、『愚痴を聞く』なんてのは誘う口実に過ぎなかった。
しかし、ほどよく酔っ払って気持ちがほどけたカイジが、ぽつりぽつりと話しだした不機嫌の理由が、思ったよりもずっと面白くて、佐原にとっては思わぬ収穫となったのだった。
今回、絶交した『友人』は、前々からカイジとの会話にちょくちょく出てくる人物だ。
話を聞く限りではかなりの曲者らしく、カイジもかなり手を焼かされているーーというか、その人物の掌で踊らされているという印象が佐原にはある。
おまけに、ギャンブルや喧嘩にものすごく長けているらしく、文句ばっかり言いながら、カイジはときどきその人物から金の無心をしているらしい。
カイジはあくまでも『友人』と言っているが、佐原はその人物とカイジがただならぬ関係であると踏んでいる。
その人物の話をするときのカイジの表情や、声のトーンでピンとくるのだ。
そんな乱暴な女など、自分ならごめん被るが、カイジはこう見えてどことなくマゾっぽい雰囲気がないこともないから、案外うまいことやっているのかもしれない、などと佐原は勝手に思っている。
つまりカイジは、取りも直さず痴話喧嘩の真っ最中で、いつもの佐原ならそんなもんは犬にでも食わせとけと突っぱねてやるところだが、その喧嘩の内容があまりにも子どもじみていて下らなく、どちらかといえば無口で無愛想な部類に入る普段のカイジとのギャップが凄すぎて、つい最後まで話に聞き入ってしまったのだった。
むっつりした顔のカイジがグラスを干すのを待って、空いたグラスにビール瓶を傾けてやりながら、佐原は苦笑混じりに言う。
「あのね……そりゃ確かに相手も悪いと思いますけど、カイジさんのが年上なんでしょ? もっと広い心で接してやればいいんじゃないっすか?」
佐原の言葉に、グラスを口元に運ぼうとしたままカイジは動きを止めた。
ふたりとも黙ると、ガヤガヤとうるさい周りの音がやたら、耳につく。
「……カイジさん?」
訝しげな顔をする佐原をよそに、カイジはぶつぶつと独りごちる。
「そっか……あいつ、オレより年下なんだよな……」
まだ小学生のころ、姉と喧嘩したときのことを、カイジは思い出していた。
仲裁に入った母親に、『おねえちゃんなんだから』と言われて押し黙った姉の、今にも泣き出しそうに下唇を噛み締めた横顔がフラッシュバックする。
今、佐原が言っていることは、あの時、母親が姉に言っていた事と同じだ。
考えてみれば『年上なんだから』あなたが折れなさい、というのはずいぶん理不尽な言いぐさのような気がするけれども、そこで姉が我慢してくれたお陰で姉弟の喧嘩は丸く収まってきたわけだし、どこかで折り合いをつけるためにはどちらかが折れるしかないのだから、今この状況では、やはり自分が大人になってアカギの悪戯を許容してやるべきだったのだろうか?
考え込むカイジを、佐原はじっと観察する。
カイジは定職にもついていないクズニートだが、これで案外、真面目なところがある。
今だって、深い考えもなく口に出しただけの佐原のアドバイスを、本気で考え、自省しているらしい。
佐原はもちろん、女性が好きだし、仮にもし自分が女だったとしても、カイジのような男とは絶対につき合いたくないと常日頃から思っている。
だけど、カイジとつき合うような人間は、カイジのどんなところを好きになるのかってことは、大体、予想がつく。
『絶交』にも見られるような、絶妙すぎる言葉のチョイスだとか、今みたいな意外に単純で素直なところだとかが、ただならぬ仲である『友人』はじめ、ある種の人間にはたまらないんだろうな、って思っている。
そんなことがわかってしまう自分に、佐原はかなりげんなりして、
「なんでもいいけど、早く仲直りして下さいよ。怒った客にフォローいれるの、オレもう勘弁っすから」
嫌味ったらしくそう言って、枝豆を大きく掴み取り、自分の皿に山盛りにした。
[*前へ][次へ#]
[戻る]