飼い主の責任 痒い話



「……この間、野良犬を見た。結構大きい犬で、薄汚れてた。怪我してるみたいで、後ろ肢を引き摺りながら、路地裏をうろうろしてゴミをあさってた」

「ぼんやり眺めてたら、一緒にいたヤーさんが『あいつきっと、もうすぐ保健所送りだろ』って言ったんだ」

「飼い主のいない野良犬って、見つかって通報されたら保健所ってとこで殺されちまうんだってね。知らなかったよ」




 涼しい顔でそこまで喋り、話は終わったとばかりに口を閉ざすしげるに、カイジは眉を寄せた。

「……で?」
「え? 『……で?』って、なに?」

 同じように眉を寄せるしげるに、軽い頭痛を感じつつ、カイジはしげるの手中にあるものを指さす。

「オレは、なんで『それ』をオレに渡すのかって訊いてんだよ……!! 今の話、まったく関係ねぇじゃねぇか……!!」
「……関係あるよ」

『それ』と指し示されたものを掌の上から指で摘まみ上げ、しげるはニヤリと笑う。

「ちゃんと、飼い主がいるってわかるようにしとかないと、カイジさん保健所に連れてかれちまうかも、って思ったから」
「はぁ!? どういう意味だよっ……」

 激昂しかけたカイジだったが、しげるがそっと左手を掴んできたので、息をのむようにして言葉を切った。

「首輪は嫌でしょ? だから代わりに、これ」

 囁くようにそう言って、銀色のちいさな輪っかを丁寧な手つきで無骨な薬指に通していく、しげるの伏し目がちな瞼を、カイジは固まったまま見守っていた。

 リングのサイズは驚くほどぴったりで、薬指の根元にある傷を隠すように鈍く光るそれを、しげるは満足そうに眺めていた。
 
「あんたはオレのものだよ、カイジさん」

 いつもの悪漢めいた笑い方より、ほんのすこしだけやわらかい微笑にとことん調子を狂わされ、カイジは赤い顔のままぼそぼそと言った。

「ガキが、気障なことしやがって……だいたい、お前のがよっぽど、野良っぽい生き方してるだろうが……」

 カイジの言葉に、しげるは首を傾げる。

「そうかな? ……じゃあオレも、飼い主に『首輪』もらわないと」

 そう言って、意味深に自らの左手を翳すしげるに、カイジはバリバリと頭を掻き、ぶっきらぼうに吐き捨てた。

「……ちょっと待ってろ。今、金ねぇから」

 どうしようもなく照れてしまい、しげるの顔から目を逸らしていたカイジだったが、待てど暮らせどしげるからのリアクションがないことを不審に思って顔を上げると、しげるは鋭い目をまるく見開いてカイジを見つめていた。

「なんだよ、お前……自分からねだっといて、意外そうな顔すんなよ」

 ため息混じりにカイジが言うと、しげるはぽつりと呟く。

「……本当に、くれるの?」
「だから、そう言ってんだろうが……」

 何遍も言わすな、と苦虫を噛みつぶしたような顔で言うカイジに、しげるは心の底から嬉しそうに笑う。

「できるだけ急いでね。オレが、保健所送りになっちまう前に」

 初めて見る年相応の、普通の子供らしいその笑みに、カイジは思わず見とれ、文句を言うのを忘れた。






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