蓼食う虫・3



「ほら……これでいいのかよ?」

 不服そうに眉を寄せたカイジが差し出した皿を見て、アカギは雑誌を床に置く。
 白い皿に映えすぎるほどよく映える、焦げた塊。
 突拍子もないアカギの注文に、渋々ながらもカイジが焼き直したのだ。
 火を入れすぎて、カイジのハンバーグより一回りも小さく縮んでしまっている真っ黒なそれに、アカギはケチャップをたっぷり絞ると、
「いただきます」
 と呟いて、すぐさま箸を突き立てた。

 ざり、という音をたててハンバーグを一口ぶん切り分け、口に入れる。
 瞬間、口に広がるのは、ケチャップの甘味と酸味。
 だが、噛めばすぐにそれは焦げた苦味に制圧される。
 お世辞にもうまいとはいえない。しかし、どこかクセになる味だった。
 少なくとも、アカギにとっては。
 もちろんこんな炭みたいなハンバーグよりも、うまいものをアカギはたくさん知っている。
 が、どうしてか今日はこれが、とても食べたかったのだ。

 ハンバーグにおよそ必要とはいえないであろう『歯応え』という要素を多分に含み、ぼそぼそとしまらない食感のそれを、アカギは前回同様、黙々と噛み締め、飲み下し、平らげていく。
 その途中途中で、茶碗に盛られた白米に箸を伸ばせば、澱粉の甘みが苦味を中和させて、さらに箸が進む。

 その様子を、手に持ったビールを飲むのも忘れ、カイジはひきつった顔で傍観していた。
「お前……んなもんよく好んで食うな……」
 ありえない、と言いたげなカイジの口調に、アカギはやっと皿から目線を上げ、諭すように箸を揺らしながら言う。
「わかってねえな……この絶妙な不味さがいいんじゃない」
 アカギには料理をけなすつもりはこれっぽっちもなかったが、いくら要望に応えた結果だとはいえ、自分の作ったものをはっきり不味いと言われたカイジは、むっとする。
 自棄のようにビールを一気飲みし、空き缶を机に叩きつけて据わった目でアカギを睨みつけた。
「お前なんかもうな、虫だ虫っ……!」
「むし?」
「お前みたいなゲテモノ食いのことをな、蓼食う虫って言うんだよっ……!」
 アカギはその言葉を知らなかったが、カイジの言い方でニュアンスは大体理解できた。
 カイジはすっかり臍を曲げてしまったようで、虫なんざ無視だ無視っ……! などと、酔っぱらいのつまらない戯れ言めいたことをいい、そっぽを向いてしまった。

(蓼食う虫、ね)
 心の中でその言葉を反芻し、アカギはすでに半分ほど崩された黒い塊に目を落とす。
 それから視線を上げて、机を挟んだ向こうでいい歳してふてくされている年上のニートを見た。

 確かに自分は、ゲテモノ食いだ。
 料理のことに限らず。

 自分の考えに静かに笑い、
「そんなに自分を卑下するなよ、カイジさん」
 と意味深に言ってやると、
「……あ?」
 もう無視を保てなくなったカイジが、ガラの悪い目線を送ってくる。

 その単純さにまた笑みを漏らし、
「そんな遠くで拗ねてないで、こっちへ来なよ」
 蓼食う虫は、自分の隣の床をぽんぽんと叩いて餌を呼び寄せるのだった。






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