春まだき 芽生えの話 痒い
真っ白いタオルを広げ、真っ白い頭をつつむ。
カイジの粗野な手付きにも、しげるは文句ひとつ言うことなく、黙って頭を拭われるままになっていた。
外は針のように細い雨が降っている。
それに降られたらしいしげるは、学ランの色が一段濃くなるほど濡れてカイジの部屋へやってきたのだ。
玄関先では寒いからと、とりあえず部屋の中に移動したけれど、それでも、互いの吐く息は白んでいた。
細く短い髪のはりつく、まるい頭を柔らかい布越しにさわりながら、頭の形がきれいだな、とカイジはぼんやり思う。
伏し目がちな目をよく見ると、睫毛も濡れていた。
もちろん、それは細かい雨粒なのだったが、カイジにはまるでそれが泣いているみたいに見えた。
こいつって、泣くことあんのかな。
そんなことを考えながら手を動かしていると、ふいにしげるが視線を上げてカイジを見た。
「カイジさん、……、」
掠れた音で自分の名を紡ぐ薄い唇に、なんとなく見とれながらカイジは聞く。
「どうした?」
「……、」
しげるはそれきり黙ってしまい、また視線をそらす。
やはり、睫毛は濡れている。
外の空気に晒されていた頬は陶器のように白く、冷たそうで、カイジはなんだか、急にそわそわと落ち着かない気分になってきた。
「……終わったぞ」
急いでそう言い、手を離す。
しげるはちいさく、ありがとう、と呟いて、タオルを首にかけたまま、ベッドに背中を預けてカイジの隣に座った。
互いの肩が、ほんのすこしだけ触れる。
しかし、どちらも体を動かさず、肩は触れたままになった。
タイトルも知らない古い洋画。
陽気すぎる海外の通販番組。
ひたすら垂れ流されるミュージックビデオ。
カラーバー。
テレビのリモコンを手に取り、せわしなくそれらの番組をザッピングしながら、カイジは隣のしげるへと向かってしまう意識を紛らわそうとしていた。
居心地が悪い。ぎこちない空気。
いや、勝手にそう感じて、ぎくしゃくしているのは、自分だけだ。
カイジは目を瞑った。
気でもふれたのだろうか。
もっと触れてみたいだなんて。
しげるに触れている肩。
そこだけに意識がやけに集中して、熱をもったような感じがする。
でもきっと、そう感じてしまうのは、寒いからで、だから、もっと触れてみたいなんて思ってしまうのも、たぶん、気の迷いなのだ。
人肌、というものを、柄になく恋しがっているだけなのだ。
早くあたたかくなればいいのに。そうすれば、こんな戸惑いなど霧消してしまうはずだ。きっと、そうなるはず。
それは確信というよりも、自分に言い聞かせているような気持ちだった。
カイジは祈るように思う。
ああ。早く、
「早く、春になればいいのに」
滑らかなテノールが、自分の思っていたことを、そっくりそのまま告げたので、カイジは驚いてしげるを見た。
降る雨を眺めてでもいるように、しげるの顔は窓の方へ向けられていて、その表情はわからない。
しげるはいつもと変わらず、凛と静かで、とても戸惑ったりしているようには見えないけれど。
けれども、もしかして、しげるも自分と同じ気持ちを抱いているのだろうか。
触れている体温を、意識してしまったりしているのだろうかと、カイジは思って、また、そわそわする。
まるで新芽のように膨らんでゆく、もっと触れてみたい、という気持ち。
それを、苦労して抑え込みながら、カイジはただひたすら、あたたかい春を希った。
終
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