初夜・2(※18禁)
しげるの体温で温もる布団に、カイジは満足したように息を吐き、目を閉じた。
「じゃ、おやすみ……」
そのまま寝る体制に入ろうとするカイジに体を寄せ、しげるは囁くように言った。
「カイジさん……」
「んー?」
「眠れない……」
「羊でも数えれば……」
眠そうに間延びした声はそこで途切れ、カイジはぎくりと体を強張らせた。
腰の辺りに、なにか当たっている。
寝間着の柔らかな布越しからでもはっきり主張する、熱くて固い塊。
思わずしげるの顔を見れば、熱っぽく潤んだ視線に貫かれる。一瞬で眠気が吹き飛んだ様子のカイジに、しげるは言い募る。
「カイジさん、苦しい……」
いつもの生意気な様子からは想像もつかない頼りなげな表情に、カイジは息をのんだ。
「お、お前……なに、勃たせてんだよっ……!」
「好きな人と一緒の布団で寝れば、普通の男ならみんなこうなるよ」
どこか責めるようなしげるの物言いに、カイジは言葉を詰まらせる。
しげるも男なのだというあたりまえの事実を、カイジはここにきてようやく思い出した。
しげるはまだ子どもだし、自分は男だが、曲りなりにも恋人同士なのだ。
自分はなにも考えずに同じ褥にしげるを誘っていたが、それは若いしげるにとってあまりに酷だったのではないか。
罪悪感に流されかけるカイジの思考に、追い討ちをかけるようにしげるが言う。
「あんたのせいでこうなったんだ。責任とってよ」
拗ねたような顔つきのしげるに、カイジはおっかなびっくり問う。
「せ、責任って……どういう……」
するとしげるは顔をカイジに近づけ、間近でカイジの瞳を見詰めながら声を潜めて言った。
「カイジさん、オレ、カイジさんとしたい……」
なにを、とは恐ろしくて聞けない。カイジは言葉がでないまま固まってしまう。
無言の時間がしばらく続き、時計の秒針のカチ、コチ、という規則正しい音だけが二人の耳に届く。
やがて、しげるが深くため息をついてカイジから離れた。
「やっぱり、気持ち悪いよね。ごめん、忘れて」
しげるは自嘲気味に微笑み、傷付いたような表情にカイジの罪悪感がさらに煽られる。
おやすみ、と言ってカイジに背を向け、体を丸めるようにして眠ろうとするしげるが、いじらしくてかわいそうに思えてきて、カイジのぐらぐらと揺れっぱなしだった心はついにしげるへの同情へと流されてしまった。
「なぁ、し、しげる……」
カイジがおずおずと声をかけると、しげるは背を向けたまま
「なに?」
と答える。
カイジは緊張に唾を飲み込むと、しげるの背中、その華奢な肩甲骨の間に額を押し当て、絞り出すように言った。
「い……いい。オレだって、お前のこと好きだし、いずれは……って、思ってたから……お前がそんなにオレとしたいなら、いい」
その瞬間。
しげるの顔に浮かんだ笑み。
『してやったり』という言葉を顔に書いたような悪魔の笑みを、カイジは知る由もなかった。
しげるは素早く体を反転させ、カイジの唇にちゅっと音をたててキスをする。
「……本当に、いいの?」
あくまでもしおらしく問うしげるに、カイジはぎこちなく頷く。
するとしげるはぱっと明るい笑顔になり、
「ありがとう」
と囁いた。
しげるのそんな笑顔を初めて見たカイジは、こんなことでそんなに喜ぶのかと、くすぐったくも嬉しいような気持ちになる。
だが、カイジのあたたかい気持ちはすぐに消し飛んだ。
しげるがカイジの肩を押さえながら、体の上に覆い被さってきたからだ。
「うわ、ちょっ、しげる……!」
カイジは流石に焦って、しげるの手から逃れようと試みる。
だが、力づくで押さえつけられたりはしていないのに、どういう力の入れ方をしているのか、不思議なことにカイジは身じろぎひとつできない。
「まっ待て!」
「……なに?」
「っ、その……、お、オレが突っ込まれるほうかよ!?」
「嫌?」
「嫌? って……」
自分をあっさりと組み敷いておきながら、機嫌を伺うように問われ、カイジは返答に困った。
しげると性交渉をもつとしたら、当然自分が『上』をやるものだと思っていた。
年上の自分がリードすべきだと。
だけど逆に、下になるのが嫌なのかと問われたら、それはそれでよくわからないというのが実情だ。
痛い思いは嫌だけれど、受け入れる側にいったいどのくらいの苦痛があるのか、カイジはよく知らない。
そういった知識を意識的に仕入れようともしてこなかった。
カイジはぽりぽりと頬を掻きながら答える。
「嫌……じゃ、ねえけど……」
「……だったら、オレに抱かれてくれない?」
すぐさま返されたしげるの言葉に、カイジは目を剥いた。
こんな言い回し、いったいどこで覚えてくるのだろう。
「絶対、悪いようにはしないから。もしどうしても嫌だったら、オレのこと、殴って逃げていいからさ」
ね、お願い。
しげるらしからぬ必死な物言いに、カイジは思わず吹き出した。
しげるだって、慣れない性行為にいっぱいいっぱいなのかもしれない。
カイジは思う。
慣れないのはお互い様なのだ。それならば、年上のオレが、苦しい役を引き受けてやるべきなのかもしれない。
体だって、オレの方が大きいわけだし、まだ体もできていないような子どものしげるに下をやらせるのは酷だ。
そんな甘っちょろい考えに浸っていたカイジは、
「わかったよ、お前の好きにしろ」
と言って、体の力を抜いた。
目の前にいるのが猫を被った狼だと、ついぞ気づかぬまま。
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