お花見・4



「そうだっ、花見っ……! 花見しなきゃなっ……! ビールがぬるくなっちまう……!」
 額に汗を滲ませながら、カイジはわざとらしくヘラヘラ笑う。
 そんなカイジを鼻白んだ顔で見遣って、少年はぱたりとひとつ、耳を動かした。
「……枕」
「は?」
 ぼそりと呟かれた言葉をカイジが聞き返すと、少年はひどくむくれたような顔で、こう告げた。
「いつも、あんたオレのこと枕にするだろ。たまには、逆のことさせな。そしたら、許してやる」
「ゆ、許すってなんだよっ……!?」
 カイジは辟易しながら問うたが、少年は答えず、日本酒の包まれていた青色の風呂敷を顎で示す。

「座れ」
 絶対零度の命令口調にたじたじになりながら、カイジはソロソロと風呂敷の上に胡座をかいて座る。
 すると、少年は服が汚れるのも構わず、カイジの太腿に頭を預け、地面の上に仰向けに寝転がった。

「お、おい……っ」
 焦ったようにかけられるカイジの声を無視して、少年は獣耳付きの頭をもぞもぞと動かしながらベストポジションを探っていたが、
「硬え……」
 しばらくののち、諦めたようにそう呟いて目を閉じた。

 カイジはなぜかかあっと顔を赤くして、少年に怒鳴り始める。
「うるせぇっ……!! 文句言うなら落とすぞっ……!!」
 少年は薄い瞼を閉じあわせたまま、煩わしげにため息をついた。
「……そんなことしたら、バチ当ててやるから」
「なっ……こういう時ばっか、神さまらしいこと言うのやめろっ……!」
「枕のくせに、ごちゃごちゃうるせえな……オレ、しばらく寝るから。おやすみ」
「ちょっ……! おまっ、ふざけんなっ……!!」
「……」
 カイジの剣幕なぞどこ吹く風、次の瞬間にはもう、少年はすやすやと軽い寝息をたて始めており、カイジは怒りと驚きと呆れの入り混じった複雑な表情で、その寝顔を見下ろす。

 そのとき、ふたりの間に吹き込んできたやわらかい風が、少年の細い髪に絡んだ桜の花びらを吹き散らし、ついでにさらりと白い前髪を流して、額を露わにする。
 幼くすら見えるその寝顔に、一瞬で邪気を抜かれ、カイジは思わず、ぷっと吹き出した。

 起こさぬようそうっと頭を撫でると、白い耳がぴくぴくと動き、少年の眉間に皺が寄る。
 よく見ると、少年の大きな三角の耳の中も、桜とよく似た、かわいらしいピンク色だ。
 なんだか無性にそれが可笑しくて、カイジは肩を揺らして笑った。

(まぁ……こういうのも悪くねえかな、たまには)

 体の中まで春の色に染まりそうな香りを、カイジは胸いっぱいに吸い込む。
 それから、傍に広げてあった赤い風呂敷の方へそっと手を伸ばし、ビールを取ってプルトップを上げる。

 頭上を埋め尽くす淡い色の花々の隙間から覗く、澄み切った空を見上げながら、カイジは上機嫌で、ふたりきりの花見を始めた。

 兄弟のようでもあり、恋人同士のようでもあるふたりの姿を、風に吹かれる桜の樹はざわざわと笑い、いつまでもいつまでも、ふたりの上に薄桃色の花びらを降らせ続けるのだった。





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