愛は惜しみなく 短文


 窓から入る夕風が裸足の爪先をそっと撫でていく、その心地よさにうたた寝をしていたアカギは、肩を揺さぶられてふっと目を覚ました。
「起きろ。もうメシだぞ」
 聞き慣れた低い声がする。ぼんやり霞む視界の中、自分の顔を覗き込んでいるカイジの顔。涼しい風にあたりながらうたた寝をしていたため、すっかり冷たくなってしまった肩に、充てられたカイジの湿った掌が熱い。
 その熱が存外心地良かったから、アカギは無意識にカイジの手に触れた。寝汗をかいたせいか、体温が下がって全身がひんやりしている。特に体の末端は冷たくなっていて、アカギの指先の冷たさに、カイジの膚がぴくりと引き攣れる。

 欲しいな、とアカギは思った。子供のように高い体温は、冷たくなった体を、とろかすようにあたためてくれるだろう。寝起きであるということも手伝って、アカギは目の前の男に対して強い欲望を感じた。
(欲しいな)
 そう思ったとき、アカギは長い黒髪を手に巻き付けるようにして手繰り寄せる。すると、カイジは決まってほんの形だけ抵抗を見せるけど、最後には必ずアカギに身を委ねてくるのだ。
「メシは? もう出来てるんだけど」
 不満そうな素振りを見せるカイジだが、
「あとで……今は、あんたが欲しい」
 そう言って強引に抱き寄せれば、ため息をつきつつ腕の中に収まる。

『求めよ、さらば与えられん』

 その言葉を、いつどこで、なにがきっかけで知ることになったのかは覚えていないが、アカギはカイジと出会ってから、ときどきその言葉がふっと頭を過ぎるようになった。

 貪欲になにかを欲しがったことなど今までなかったアカギだが、カイジのことは初めて自分から欲しい、と思った。
 カイジはアカギの求めに応じ、欲しがったものをなんでも与えてくれる。体でも、心でも、言葉でも。
 本人に自覚はないだろうが、カイジはアカギに対して従順だった。しかしそのくせ、アカギがもっとも興味を持つ場所、体より心よりずっとずっと深層に隠されている、魂とでも呼ぶべき根幹の部分には、他者が触れることを許さず、アカギにも決して明け渡そうとしないのである。
 だからアカギは、常に餓えているようだった。体を繋げても心を交えても、まだまだ足りないのだ。奪い尽くしてやりたい、とさえ思う。カイジのすべてを。

 それはとても本能に忠実で、獰猛な欲望だった。そういうときアカギがカイジの顔を見ると、相手も決まって同じような目をしている。欲しがっている。だから、アカギも曝け出して与える。与えられるものはすべて。そうでないものは、自分の奥底に秘めたまま。
 カイジもそれに触れたくて、やきもきしているのがわかる。うっすらと涙ぐんだ目は肉体の快楽に溺れながらも、強く凶暴だった。受け入れる側はいつもカイジなのだが、それは行為の役割がそうであるだけの話で、その実体は紛うことなく、アカギと同じ餓えた雄なのだった。

 浅く荒い互いの呼吸を、舌を絡めて我先にと奪い合う。奪った分を埋めるように、溢れるくらいの唾液を与え合う。肉食獣のように喉を鳴らし、相手を貪ろうとする。

 与えることも奪うことも、同じくらい野蛮なのだ。少なくともアカギとカイジの間ではそうだった。
 与えられた分だけ与え、奪われたら奪い返す。
 こうして先を急ぐようにして互いを奪い尽くし、または与え尽くしたら、最後、ふたりの間にはいったいなにが残るのだろう?
 それを考えると、ゾクゾクと膚が粟立つ。

 このままオレたちはどうなっちまうんだろう。
 ねぇ、どうなると思う?

 愉悦に震える心の中で、アカギはカイジに呼び掛ける。
 どうなったっていい、どうにでもされたいと叫ぶようなカイジの表情や息遣いに、アカギの口端が吊り上がる。
 愛されていることと、愛していること。
 互いを惜しみなく奪い、与え、生命を貪るような行為だけが、ふたりにはっきりとしたその実感を与える。

 冷たかったアカギの体は、いつの間にか火傷しそうな熱を帯び、先を急くような行為をさらに加速させるのだった。





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