かすみ目 甘々



「目、どうかしたんですか?」
 やや俯いて眉を寄せ、指で目頭を揉む赤木を見てカイジが訊くと、
「いや、なに……ちょっと霞んだだけさ」
 そう答えながら目をしきりに瞬かせ、赤木はカイジに苦笑してみせた。

 普段、目を酷使するようなことはあまりしていないし、麻雀を打つ頻度も若い頃と比べればぐんと低くなっているのに、年齢を重ねるにつれ、こういう症状がときどき、現れるようになってきた。
 いかな『神域』でも、人間である限り、寄る年波には勝てなかったりするらしい。

「年かね。俺も」
「疲れてるんですよ」
 常より細く開かれているその目を、カイジは心配そうな顔つきで覗き込む。
 無防備に縮められた距離に、赤木がつい、いじらしくて笑うと、カイジはムッとしたような顔で赤木から離れ、点けっぱなしになっていたテレビを消してしまった。
「あ……観てたのに……」
 明らかに惰性で流し見していたくせに、消したとたんガッカリした顔でぼやく赤木に、カイジはきっぱりと言った。
「夜更かしは目に悪いですよ。寝て下さい」
 赤木は目を丸くする。
「珍しく大胆だな、カイジ」
「……なんか誤解されてるっぽいんで一応言っときますけど。オレと、って意味じゃねえから。どうぞひとりで、ただ穏やかに、『眠って』下さい」
 軽口にも動じない淡々としたカイジの口調に、赤木は、ふふ、と笑ってカイジをじっと見つめる。

「ただ穏やかに眠るなんて、できるわけないだろう? お前が、傍にいるのに……」

 カイジは肩をピクリと動かしたが、表情はどうにか動かさずに耐えた。
 動揺を隠すのが上手くなったことは褒めてやってもいいが、こうして俺に付け入らせる隙を作っちまってる内は、お前さんもまだまだだな、とほくそ笑みながら、赤木はカイジにそっと近づく。

 緊張した面持ちで身を固くするカイジは、テレビを消してしまったことを後悔しているに違いない。
 ほぼ無音の部屋では他のことに気を逸らすこともできず、赤木の眼差しや行為を、真正面から受け止める他なくなってしまう。

 赤木が軽く腕に触れると、カイジはすこし項垂れる。
「お前はいつも、俺が穏やかでいるのを許してくれないんだよ」
「……そういうの、責任転嫁っていうんですよ」
 肩に垂れる黒髪を、指先に巻き付けて弄びながら赤木が言うと、カイジは呆れたような、嫌そうな顔をしてみせる。
 しかし、そんな作り物の表情なんかで、耳まで紅潮してしまっていることを誤魔化すことなどできるはずもなく、赤木に笑われたカイジは、軽く唇を噛んだ。
「責任とって、ぐっすり眠れるようにしてくれよ」
 深い言葉の意味など感じさせないくらいに、さらりと赤木が言えば、カイジはため息をつきながら赤木の顔を睨む。
「……オレに、どうしろって?」
「心が満足して、体が疲れれば、おそらく眠れると思う」
「……本当かよ?」
 しれっと答える赤木に、カイジは眉を顰める。
「ああ。そりゃあもう、朝までぐっすりと」
 戯けたように笑ってみせる赤木を、カイジは胡乱げな顔で見ていたが、やがて渋々ながらも「……わかりました」と頷いた。
 それを聞いた赤木は大きく破顔し、素早くカイジの肩を押さえて口を吸う。
 目を白黒させているカイジのシャツを脱がせにかかると、性急すぎる行動に抗議の声が上がった。
「ぁ、かぎ、さん……ッ」
「ん? どうした……?」
 さきほどまでとは別人のような、湿り気を帯びた赤木の声に激しく惑わされつつ、カイジは揺れる声で言う。
「灯りを……、」
 部屋の灯りを落としてほしい、と言いたいのだろう。
 涙目でちいさく身を捩るカイジの腰を抱き寄せつつ、赤木は傷のある耳に囁く。
「こんなに目が霞んでる上に、灯りまで落とされちゃ、なんにも出来やしねえよ」
 カイジはあからさまに言葉に詰まり、それでもなにか言い返そうと苦心する。
「だ……だからって、っ」
「いいから……気にすんなって。この明るさでも、ずいぶんぼやけてるんだから、恥ずかしがる必要なんざねえよ」
「勝手なこと、……あ、ッ」
 実のところ、赤木の霞み目は大したことなく、煌々と点った灯りの下では、カイジの痴態も、余すところなく良く見えていて、それは赤木の目を非常に喜ばせた。
 なるほど、これを口実にすれば次からも……、と、悪い知恵を働かせながら、
「年食うのも、悪いことばっかりじゃねえな」
 赤木はカイジに聞こえぬよう、ぼそりと呟いた。


 結局、『朝までぐっすり』どころか、日が高く昇るまで離してもらえなかったカイジは、赤木の腕にぐったりとその身を預けながら、掠れた声で「……嘘つき」と恨み言を言う羽目になったのだった。






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