ひと夏のおもいで・1(※18禁) アホエロ 屋外 本番なし アカギが酔っています
脱け殻のようだ。
「ありがとうございましたー!」
店員の威勢のいい声を背中に浴びながら、重い足取りでコンビニを後にする自分のことを、カイジはそう思った。
先日、コンビニのアルバイトをクビになった。
カイジ自ら辞めたのだから、クビという言い方は正確ではない。だが、『業績悪化による人件費カット』という理由で、シフトを極端に減らされて辞めざるを得なくなったのだから、実質クビといっていいだろう。
腹は立ったが、まあ仕方がない。
それより、半月分の給料が早く手に入ったので、少し気持ちが大きくなった。
普通の人間なら、なんとか次の職にありつくまでその金は大切に使うはずだが、カイジは違った。
飲む、打つ、負ける。
そういうことを繰り返して、いよいよ本気でヤバくなったのが一週間前。青ざめてバイト情報誌のページを繰り始めたのが四日前。クズの本領発揮である。
そしてついさっき。
コンビニのバイトの面接に行ったら、その場で落とされた。
これで三日連続。
バイトだし、まあ受かるだろう、と甘く見ていたのが先方に見抜かれているのか、あるいは頬や指の傷のせいか、ことごとく落とされる。
こういう経験には慣れてはいるが、三度も落とされると流石のカイジも呆然とするしかなく、こうして消沈しているのである。
日雇いでもいい、とにかくなにか見つけないと。明日の食い扶持さえ危うい。
焦った気持ちだけ抱えたまま、行くあてもなく街中をさまよう。そんなカイジのうつろな目に、ド派手な色彩とともにこんな文字列が飛び込んできた。
『ひと夏のおもいで、つくりませんか?』
青い海をバックに、眩しいほどの笑顔を向けるビキニ姿の女性。
格安グアム旅行のポスターだ。噴飯もののチープなコピーだったが、底抜けに陽気なそれはカイジの深いため息を誘った。
今年の夏も、なにもなかった。
楽しいこと嬉しいことなど、なにひとつないまま、眩しい季節が終わろうとしている。
イベント事にはもともと関心の薄いカイジだが、うすら寒い状況の自分を差し置いて、短い夏を謳歌する世間を見るのはさすがに堪えた。
そんな些細なことで、根っからのニート気質であるカイジのやる気は完全に削がれる。
ふらふらと近くの公園に入り、青いペンキの剥げかかったベンチに座る。そうしてひたすら、虚空を見つめてぼんやりしていた。
軽く開いた口から、魂が抜け出ていくのが見えないのが、不思議なくらいだ。
ベンチの青よりなおくっきりと濃い青空と、分厚い入道雲。
晩夏の午後の日差しは強いが、空気はすでに秋を感じさせるほど涼しい。清々しいという形容がこれほど似合う日はない。
それなのに、カイジはこうして猫背でひとり、途方に暮れている。
小さな公園にはほとんど人気がない。カイジ以外には、砂場に若い母子が一組、ブランコに男がひとり。それだけしかいない。
ブランコに腰かけている男はグレーのスーツに身を包んでいる。パン屑かなにか撒いているのか、男の周りには鳩がたくさん集まっていた。
いかにもサラリーマン然とした男が平日の昼間っからこんな場所にいるのは、どうも意味深である。勝手にいろいろ邪推して、おっさん、あんたも大変だな、と心の中で声をかけた。
ときどき、子どもが甲高い笑い声をあげ、つられた母親が控えめに笑う。なんとも長閑な昼下がりの光景だ。
ふやけた脳みそでひたすらぼうっとしていたカイジの隣に、どかりと誰かが腰かけた。
入れ替わるように、カイジは被っているキャップのつばをぐるりと前へ向け、深く深く被り直すと、すっくと立ち上がる。
そそくさと出口へと向かおうとするカイジに、ベンチに座った人物が声をかけた。
「逃げるなよ、カイジさん」
静かだが凄みのある声に、カイジの足がピタリと止まる。人違いです、と言ってこの場から走り去りたかったが、とてもとても、恐ろしくてそんなことはできない。
油の切れたロボットのようなぎこちなさで振り返り、ひきつった笑顔で「よぉ」と手を上げるカイジに、ベンチに座った男ーー赤木しげるが口角を上げた。
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