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季節の変わり目というものは、様々な顔を見せてくれる。
食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋…彩鮮やかであり、どんな色合いに染まるかはその人次第だ。
個別に見ていくと、食欲はそこまで求めているものじゃあない。
読書はじっとしていることは割りに合わないだろうし、出来ることならば身体を動かしていたいくらいだ。
そうなると、残りの最後は…。



「やっぱり、スポーツの秋…だよなぁ」

夢中で趣味である音機関を相手にメンテナンスをしていた筈が、ポロリと口から零れ落ちた言葉。
同時に胡坐をかき、手にしていた工具がベッドにぽすん、と音を吸収しつつ手放された。
いつもの音機関に対する集中力はどこへ消えたのか、不意に熱い視線に気付き覚醒を果たす。

「…く、っふふ…」
「あ、何だよ旦那!目を逸らすな…と言うか、笑うなよ!」

呆けたまま独り言を漏らしたことは認める。
…認めるが、何もそこまで笑いを堪えつつ反対方向へ顔を背けることはないだろう。
普段余程のことで笑いもしない、ポーカーフェイスのジェイドはそのことが笑いのツボに入ってしまったようだ。

「あー、いや、すみません。…つい」

腑に落ちないような返答に機嫌を悪くする。
何だよ、つい…って。

「あまりにも貴方が真剣そうな表情で音機関と向かい合っていたので、暫く見つめていたら第一声が…、ふ、くくく…し、失礼…」
「だぁー!もう笑うなって!」

頭には、羞恥しか見当たらない。
残る術は無視しかない、と腹を括り音機関を手に取りだすとジェイドが近寄ってきた。
一人用の標準ベッドに大人二人分の体重が乗った為、スプリングが高い音を放つ。

「本当にすみません。予想外な展開だったもので…」
「…本当に謝る気があるんなら、その緩みきった顔をどうにかしたらどうなんだ」

手作業を繰り返しつつ、ジェイドの顔なんて目にしなくても分かり切ったことだ。
今も言葉では謝罪をしながら頬は緩んだままに違いない。

「全てお見通し…って訳ですか。参りましたねぇ」

本当に心の底からそう思っていると言うのなら、その心意気でも見せてみろってんだ。
感情が行動に移ってしまったのか少し乱暴にボルトとナットを嵌めた。
いつもなら愛すべき音機関に八つ当たりを向けることなどあり得ないのだが、今日はその感情を抑えきれそうにない。
ジェイドもそんな行動に違和感を覚えたのか、少しの間考え込んでいた。

「謝りますから、機嫌直して下さいよ〜」
「じゃあもう笑わないか」
「それは勿論…ガイの為、な…ら」

口を塞いだままのくぐもった笑いが耳に残ったが、今度こそ本気で無視してやった。
何なんだよ、このおっさん。
いい年して人の独り言を聞いた途端に吹いて笑い出すし、謝る気は無いし相手にしていられない。
そうだ、音機関のことだけ考えよう。
集中してしまえばジェイドも構って貰えずに飽きて本でも読み始めて、つまらなくなったら寝てしまうだろう。
何せ中身は35のおっさんだ。
年が年だし、明日に備えて何だかんだどうにかなるかも。
…と、ぶつぶつと音機関のことを考えようと走らせた思考はいつも間にかジェイドのことに切り替わっていた。

「…かぷっ」
「――…ひっ!!」

まるで全身に悪寒が走り、肩が一気に竦む。
次にはぬるり、とした感覚が伝い、鳥肌が立ち始める。
背後からこの身を襲った人物は言わずも分かることだが、何かが首を…いや、うなじを噛んだことに気付くのはもう少し時間が経ってからのことだった。

「アンタッ!一体何して――…!」

怒りを露わにしながら身体を引き離し本人に問いただすと、いつもの陽気な表情でさらりと答えが返ってくる。
あっさりする程、さらっと。

「ガイが構ってくれないと私も寂しいんですよ」

いい年したおっさんが、寂しい…だ、と!?
ふつふつと沸き上がる熱を多少抑えつつ、下唇を食い縛る。

「だからって、何だよ今のは!?」
「ああでもしないとガイは私に顔を向けてくれないでしょう」

フ―ッと、まるで威嚇する野良猫のような気分とはこのことなのだろう。
正面きって向き合ってはいるが、これでは埒が明かないことを悟ったジェイドは話題を振りかけてくる。

「…話題を変えましょうか。私は貴方の先程の独り言について聞きたいのですが」
「また笑い飛ばすんじゃないいだろうな」
「まさか。今度は保障しますよ。この死霊使いの名の元に」

通り名を出してまで公言することではないと思ったが、どうやらそこそこ本気らしい。
先程までふざけて緩んでいた顔が、今は同一人物とは思えない程の顔つきだ。
詐欺だろう、と心の中でジェイドに訴えた。

「もう夏も終わって、秋…だろ」
「はい」
「だから秋と言えばスポーツの秋かな、と思ってさっき口にしたんだが…」

食欲もダメ、読書もダメ…残ったものはスポーツの秋。
らしいといったら自分らしいのだが、正直いまいちピンと来ない。

「ああ、だからスポーツの秋、だと」
「まぁな…」

頬をポリポリと掻きつつ壁に視線を逸らす。


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