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VG前提JG前編



私の故郷がいつも白く覆われている事はご存知ですね。
鈍色の雲から白い結晶が絶え間なく、静かに落ちている。それは子供の頃から見慣れた光景でした。
ですが、深夜まで研究をしていると外が妙に明るいのですよ。
窓に近づくと、重い雲がきれて、その隙間から月光が差しているのです。
勿論、雪は降り続いています。落ちてくる白は、青白き光に受けて仄かに煌きながら大地に積もっていくのです。そして、眼下に広がる白い大地は誰にも踏み荒らされた形跡もない。
真っさらな白は、月光色に染まりながらそこにあるのです。


「へえ、神秘的だな」
珍しく過去に饒舌なジェイドに、少し驚きながらも、彼の語る故郷の情景にガイは素直に気持ちを述べる。
故郷のホドでは雪が降っても積もることはなく、人生の大半を過ごしたバチカルも同様だった。
月光が音も立てずに降る雪を照らす光景はさぞかし幻想的で美しいだろう、と思いを馳せた。
ガイの言葉をうけて、ジェイドはにこりと微笑む。
その笑いの性質はあまりよいものではない事を、旅の経験でガイは学んでいた。
グラスを傾けながら、その質の悪い笑みを浮かべて話を続ける。
「でしょう。ですから、私は」


厚手の外套を羽織って外に出たのです。
深夜ですから人の気配はありません。
眼前に広がる景色は、その瞬間は私のものでした。ですが、時を止める術は持ち合わせていません。
もう少し時が経てば、月はまたあつい雲に覆い隠されるでしょう、その前に誰かが私の傍を通りすぎるかもしれません。
ですから、わざと泥水に靴を浸してから、そこら中を踏み荒らしたのです。
気高き純白がみるみる無残な姿に変えられていきます。初めはサクサクと軽い音をたてていたのに、次第に水気を含んだ音を立てるのです。
それが嬉しくて、飽きることなく月光が再び姿を消すまで、大地を汚したのです。


「旦那は子供の頃から変わらないんだな」
話をふむふむと真面目に耳を傾けていたが、途中から眉をしかめ、最後は、はあ、と額に手をあてて深くため息をガイはついた。
「そうですかね。子どもらしい可愛げのあるエピソードだと思ったのですが」
「あんたの可愛げの基準はいろいろおかしい!」
「おやおや。では、ガイ。あなたならどうします?」
「へ、俺?俺なら何もせずに眺めて心に刻むな」
ジェイドの言うように、新雪を踏み荒らすのは子供の特権だ。だが、ガイは昔も今も、何かを汚して踏み荒らすことを殊更厭うた。
綺麗な場所ならば、そこをいつまでも綺麗に保っていたい、と考え、それを忠実に実行する人間であった。
その応えを受けて、ジェイドは形の良い唇を弧に緩める。それは、それは綺麗に。
「貴方ならそう言うと思ってましたよ」
「なんだ、ヘタレだって言いたいのか」
「いえいえ、実に貴方らしい」
満足気な表情で、ガイに杯を勧める。それを受けてガイはグラスを傾ける。


それはいつもの酒宴であった。
ガイは祖国マルクトへ戻ってきたが、グランコクマに知人など片手で数える程であり、気兼ねすることなく酒を酌み交わす相手はジェイドだけであった。
その事を察したのか、休暇がとれるとジェイドは自分の屋敷にガイを招き入れ、二人で誰の目を気にすることなく、旅の思い出や、仲間たちのこと。
何よりも二人に諦観のため息を毎日数度はつかせる困った皇帝の話を肴にしてグラスをかたむける。
ガイがジェイドを自分の屋敷に誘うことも度々あった。今日はジェイドから「連休がとれましたので、泊まっていきませんか」と誘いを受けた。
頻繁に行き来しているうちに、宿泊する事は珍しくなかったので、ガイはそれに素直に頷いた。
酒が深くなるにつれ、急にジェイドが昔話を語り始めた。
ジェイドは滅多な事では、子供時代の事を口にはしない。そのわりには、ガイによく子供時代の瑣末な出来事さえも聞きたがった。
「尋問受けている気分なんだが」とガイが苦笑いすると、相変わらずの喰えない笑顔で「あなたの過去に興味があるんですよ」と更に質問を畳み掛けてきた。
最初こそはうまく話を逸らしてしたが、あまりに毎回聴きたがるので、とうとうガイは根負けして請われるままに過ぎ去った情景とそこに取り巻く人々との話をした。
だが今日のジェイドは、あれ程に露骨に避けていた昔話を訥々と話し出している。ガイは内心で「珍しいこともあるもんだ。明日は大雨だな」と考えていた。


「それで、ガイの初恋は誰ですか」
唐突な問いかけとその内容に、ガイは思わず酒を噴きそうになる。
ジェイドをみると、表情こそいつものように読めないものであるが、目は大層真剣である。
グラスを一度卓に置いて、ガイは己の額に手をやり、ジェイドの額に手をあてる。
「……なんですか、熱はありませんよ」
「じゃ、酔っ払ったのか」
「これくらいの酒量で酔うとでも?」
「あー、どうしたんだ、ジェイド。あんたらしくないぞ。自分の子供時代の話したり、俺の初恋相手を聞きたがったり」
「わたしらしくない、と貴方は言いますが、貴方はわたしをどこまで判っているというのですかね」
「普段の旦那ならこんな話を聞きたがらないって事くらいにはあんたをわかっているつもりだけどね」
「ガイも言うようになりましたね」
あんたらに鍛えられてな、と笑ってみせる。
場は和み、これで話は終わったと思うガイの耳を、ジェイドの静かな声が震わせる。
「私は知ってますよ、あなたの初恋の人」
その声の主は、立ち入ろうとする。ズカズカと無遠慮に。ガイが心の奥底にしまいこみ、大切に守っている場所に。
「ヴァン、でしょう」
それ以上何も言わせぬように音を立てて、ガイはグラスを卓に叩きつける。
「ジェイド」
その声はぞっとする程に冷たく、踏み入ることを拒絶するものであった。
「かなり酔っているようだな。そろそろお開きにするとしよう」
冷ややかにそう告げると、椅子から立ち上がる。グラリと傾く視界に、どうやら俺の方がかなり酔っているらしいな、と胸のうちで小さく苦笑いを零す。
背を向けて拒絶の意思を強くすると、ガイはそのまま客室へを向かおうとする。だが、踏み出した一歩が床に埋まる。いや、埋まるような錯覚に陥る。
「獣と対峙した時は、背を向けない方がいい。聡い貴方らしくありませんね」
背後から腕を強く掴まれて、緩慢な動作で振り返る。
「いつから獣になった。死霊使いの名は改めるつもりかい」
その言葉に僅かに眉を寄せながら、ジェイドは微笑む。
だが、次の瞬間には顔から感情をすべて削ぎ落とす。腰を落として手馴れた動作で、ガイを肩に担ぎ上げる。
「ジェイド、あんた、何かんが…え…て」
「おや、舌も痺れてきましたか。あまり好ましくない薬ですね」
「もっ…た、の、か」
「ええ。弛緩剤の一種ですよ」
続き間の寝室へと繋がる扉を開く。
カーテンは引かれておらず、月光が部屋を青白く染めている。
広いベッドの中央に、ガイを下ろす。
ジェイドを見上げるガイの瞳は怒りと戸惑いが混ざり合っている。
人を実験台にするな、と普段ならば怒鳴っているところだが、ジェイドから醸しだされている雰囲気は明らかにソレとは違っている。
身体が妙に重く、ずぶずぶとベッドに体半分沈み込んでいるような錯覚にガイは陥っている。
ギシリとベッドを軋ませてジェイドは乗りあげてくる。
ガイの左腕を持ち上げると、その腕の主にみせつけるように、肘から手首までその瞳と同じ赤い舌で舐め上げる。
ゾクリと冷たい戦慄がガイの背を走った。
自らを獣と称したこの男は喰らうつもりなのだ、自分を。


後編



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