妄想圏外区域
A
「……帰るか」
誰に言うでもなく呟いて、若干凹んだ扉を開ける。
階段の下を見下ろして、少しだけ目を見開いた。
そこには仁王立ちしている青髪の奴がいた。ぎん、と鋭い目付きで此方を睨みつけている。
吹雪と同じサッカー部。
俺からボールを奪った奴。
「…吹雪はどこだ」
低い声が響く。
相当キレているようだ。…ま、当然のことか。
質問には答えずに、階段を降りていく。
少しずつ縮まる距離、比例して膨れ上がる怒気。
殺気と呼んでもおかしくないそれに、恐怖や畏怖といったものはこれっぽっちも沸かない。
あるとすれば、罪悪感……。
…罪悪感……?
この、俺が?
「答えろ南雲。吹雪をどこにやっ……」
そいつは言葉を途中で切って、何故か困惑した表情を浮かべた。一人で百面相か?何やってんだ……
「…何でお前、そんな泣きそうな顔してるんだ……?」
か……?
泣きそう…?それこそ有り得ない。不良のリーダーであるこの俺が。泣きそうだなんて。
「…………唯我独尊なお前の行動を許したわけじゃない。だが、そんな情けない顔した奴を追い詰めるほど俺も非道じゃない」
奴は足を止めた俺に少しずつ近付いてくる。
「…何があった?話せば少しは楽になるだろ」
……なんて甘い野郎だ。嫌うならとことん嫌えばいいものを。
…そんな甘い奴に縋ろうとしている自分は、もっと甘ちゃんだ。
「……言っておくが、これは独り言だからな」
「ああ」
話せば、楽になる。
昔同じことをあいつにも言われた。
…あいつは覚えてないみたいだが、いつか思い出してくれたら。
「…俺と吹雪は小さい頃、北海道に住んでたんだ」
長い独り言の冒頭は、そうやって始まった。
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