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帰還
帰還、恋は殺せ。

「……おわ、った」

 椅子さんがゆっくりと下降し、私を降ろす。
かく、と身体から力が抜ける。


短い時間だったかもしれないが、途方もない時間に感じられた。
まだドキドキしている。

これが、告白。
これが恋というものなのだ。

 アスファルトに座り込みながら、スライムを見る。スライムの身体はほとんどスキダと同化していたらしい。
スライムはもう居ない。
 ほとんど溶けていった身体。
しかしわずかに残った肉片が、小さな塊になって残っていた。

「スライム…………なんで、恋なんかしたの? しなきゃ良かったのに」

恋は戦争。そして治療薬の無い病。
病院でもどうにも出来ない。

「バカな、スライム……」

両手でわずかに残った肉片をかき集めると、その場に埋葬する。
手が砂でざらつくのが不快だ。
土のにおいがする。
イライラしている。
「本当に、バカだなあ。そんなになるまで感情を持たなきゃ、良かったんだよ。自制心がないなぁ」

汗でシャツが背中に張り付き、ちょっと寒い。頬に熱気が集まって顔が熱かった。これが、恋の照れ、だ。

「あは、初めて、殺しちゃった。
悪魔らしいかな?」

ふと、振り向くと観察さんがいなかった。さすがに逃げただろう。軽く掘った穴を改めて塞ぎ、手から砂を叩く。
冷たい風が吹きつけて汗ばんだ肌を冷やした。
 気づけば遠くに見える町は青みがかった暗い色の空に染まっていて、電灯のオレンジの光がほのかに照らす。
どこかから、電車の音がする。

「ふー…………うん、早く帰りますか」

───私は、悪魔。
確かめたことはないけれど物心ついたときから悪魔として扱われている。
 そしてビルの影になる小さな家で、誰とも話さないように念を押されて暮らしている。
 スライムがなんであの場に居たのかは知らないけど、所詮外からきたやつだったんだ。恋だなんだってまるで上級国民みたいなことを言って。がっかりした。

「コップを殺した、仇、とったよ」

 天国にいるはずのコップを思い浮かべ──るところで、そういえばと空を見る。
飛んでいた観察さんのヘリが見当たらない。
「こんなところを見つかったら、もっと悪魔の悪評が広まってしまうわ」

物に心は無いと言っているやつらだからスライムが可哀想だ、とか言うんだろう。悪魔の異常性とかってコップが槍玉にあげられるのは嫌だ。
観察さんは、どこだろう。
でもどうせ、すぐにこっちに戻ってくる。
悪魔を観察しない日はないんだから。
ネタにされる前に帰らなきゃ。

「椅子さん…………」

 すぐそばにたたずむ椅子さんに手を伸ばす。

「椅子さん…………」
抱き抱えて身体を寄せる。
落ち着く。

──帰ろう

「うん……」

私は悪魔。
悪魔だから、いつか町から駆除されるんだ、って、そう思ってきた。
そう思っていたんだ。
気にすることなんてない。
悪魔がなにかが証明されないところで、私はこうやって周りから遠ざけられて、話したくもない気持ち悪い顔にだけ対峙させられて…………
せめて、椅子さんくらい好みのタイプなら良かったのに。




 ずきっ、と頭痛がして頭を抑える。

──なのに今は、気になっていることがある。
悪魔に息子を紹介して恋人届けを出そうとしたおばさんのこと。
ううん、周りの彼女らもそうだ。
他人を遠ざけられて、悪魔として排除されるのを待っているだけになってるような私。
何をしても話し掛けては貰えなくて、
代わりに人間が「代理の私」を作り、
私役に話しかけることで、間接的に関わったことにするまでになっている。
 人間には奇妙な習慣があって、それがこの、間接的な代理の私を作ることだった。

何かの用事でホテルとかお店とかの受付に行くと、電話しますね、と言って近くにいる「代理の私」に電話する。そのあとは代理の私の、意見を聞くのだ。
私は結局『決められた場所』に向かわされていた。
悪魔の自由意思を持たせないためだろう。

なのに。


なぜ、恋人届けだけは熱狂して阻止する

代理の私、が出てこなかった。

恋愛だけは。





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投稿日2020/9/26 1:54 文字数948文字



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あきゅろす。
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