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小説
青空教室
夕暮れに染まる公園の一角。テーブルが設置してあるそこに柄の悪い人物が一人。
その隣には小生意気そうなショートカットの少女が赤いランドセルからドリルを取り出している。

「今日は算数ね」

目の前に並べられたノートやドリルに「ハイハイ」と苦笑を漏らしていた。

* * * * * *

今日日のヤクザは大人しいものでドラマのような派手な事は中々しない。表に出ない場ではヤクザの力は偉大だが表ではヤクザよりは下手なチンピラの方が余程危ないような、そんなご時世である。

「暇だなぁ」

ぼんやり公園のベンチに腰掛け煙草を吹かして別世界のような真っ青の空に紫煙を飛ばす。実に平和な日常である。自分が身を置く社会など無いかのような―…
と浸っていると背後から喧騒が聞こえた。

(なんだ?)

振り返るのも面倒で背持たれに頭を垂らして逆さに後ろを見ると数人の少年達が一人に群がっているのが見えた。

「喧嘩…か?」

元気だねぇ。と呟くと少年達の中心に赤色が見えた。
サングラス越しによく見るとそれは赤いランドセルで。

「何やってやがる!!」

気が付いたら叫んでいた。


サングラス掛けた少し(?)ヤバそうな奴に怒鳴られて少年達はクモの子を散らしたように逃げていく。
あとに残ったのは埃まみれの尻餅をついている少女だけだった。

「おいっ!!大丈夫か!?嬢ちゃん」

立たせようと腕を掴むと直ぐ様振り払われた。
余りのことで反応出来ないでいると少女は足や腰の砂を払ってスタスタと歩いていってしまった。

(…礼もなしかよ)

まぁ勝手に出てきて助けたのは此方だから礼はいいとして。

(挨拶位しろよなぁ)

これだから今時の餓鬼は…。と年寄りじみた事を思いつつ足元を見ると紙屑が転がっていた。何も考えずにそれを拾って広げてみる。

「おーい、嬢ちゃーん」

数メートル先の少女を呼び止めるがやはり無視をされた。

「おーい、このテスト要らねぇのかぁ。邑上 葵(むらかみ あおい)ちゃーん」

直後、物凄い勢いで戻ってきた。足早ぇなぁ。などと呟きながら伸ばしてくる手をヒラリとかわす。

「返せ!!」

少女が叫んだ瞬間頭を鷲掴みにした。

「返して下さい、だろ?目上の人に対する言葉遣いじゃねぇなぁ」

「…返して下さい」

悔しそうに睨みながらも言い直したので苦笑しながら返してやった。

「しかしその点数は…あんまり良ろしくねぇなぁ」

「煩いな!!算数と理科以外は得意だよ」

グシャグシャの算数のテストを握り締めながら訴える。

「そうか、そうか。で?さっきの奴らはなんだ?」

「典型的イジメっ子連中。女の子をからかうからこらしめてやったら狙ってきた」

「ハッ。多勢に無勢か、野郎がすることじゃねぇな」

「一対一なら勝てたのに」

悔しそうな少女に小さいながらも勇ましさを感じた。

「格好良いな。でもあんまり無茶しちゃ駄目だぜ。女の子なんだから」

刹那、脛に激痛が走る。声にならない呻きと共に脛を押さえてしゃがみ込む。

「――っ」

「女だからって弱いわけじゃない」

文句を言ってやろうかと見上げた瞬間そう言った葵の顔が切実さを持っていたので何も言えなくなった。

「…それよりこれどうしよう」

手中のテストを眺めて落胆する。先程の表情がナリを潜めたので内心安堵しながら立ち上がり葵の肩越しにテストを覗く。

「なんだ。根本的には合ってるじゃねぇか。此処と此処が計算間違い。コレは考え方は合ってるが引っかけだな」

指で差しながら説明すると驚いた顔をした。

「解るの!?」


「あのな…いくらなんでも小学生の算数位、解るぞ」

答案用紙を引ったくり公園に設置してある木製のテーブルに腰かけた。

「いいか?まずはコレを…おいペン貸せ」



それから延々と葵の間違いを指摘しては正しい答えへと、時にふざけながら時に乱暴な口調で導いていった。

「これで解ったか?」

葵を見ると感激していた。

「凄い…」

「お前とは逆に理数だけは昔から得意だったんでね」

ペンを指で弄びながら言う。

「納得して良かったな。じゃあ俺はこれで」

立ち去ろうとしたが前に進まない。後ろを振り向くと葵が裾を掴んでいた。

「お願い!!勉強教えて」

* * * * * *

「だから!!道のり求めるには速さ×時間だろうが!!何で割るんだよ」

「あぁっややこしい!!別に掛けようが割ろうが一緒じゃん!!」

「一緒じゃねぇよ!!」

あの後で家庭教師まがいな事を頼まれ、キッパリと断った結果、葵と壮絶なバトルを繰り広げ、結局妥協に妥協を重ね、週に一度の約束を強制的に取り付けられた。
こちらの都合上、急な用が入った場合は来なくても良いとかコチラのプライベートな事には一切詮索しない等の決まりは決めた。

葵の家は両親が共働きというありがちな環境で育ち、それで時々「構ってもらえない…」と寂しい気に愚痴ることもある。
その環境のせいかあまり甘えだとか弱い部分を見せない節がある。勉強を教えてほしいとも言えないのだろう。
子どもの癖に甘えては迷惑だと、弱い自分は嫌われると、考えている。
嫌気がする。そんな事を考える葵が、ではなく葵がそんな事を考えなくてはいけない環境に。

(かと言って俺みたいなのと絡むのも考えもんだけどな)

本来なら関わることすらない筈だ。小学生と暴力団なんて被害者と加害者にもならないような二人である。

(まぁ俺が来なきゃいいだけの話なんだがな)

チラリと隣を盗み見ると難しい顔をしてドリルに向かう少女。どうやら壁にブチ当たってしまったようだ。
思わず笑いが込みあげてきてバレないように吹き出す。

(分かってる。でももう少しだけ。自分の立場はちゃんとわきまえているから、だからもう少しだけ)

この、平和過ぎる日常に埋没してもいいだろうか。




「全く…次は何が解んねぇんだよ」

‡END‡


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あきゅろす。
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