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小説
やさしいライオン


そいつには大方似合わない形容詞だと思っていたのに






ドアをノックすれば仏頂面がすぐに顔を出した。

「……よぉ」

寝起きの顔を見れば子供どころかどんな強靭な肝っ玉持っている大人だって裸足で泣きながら逃げ出すよ。そう言いたいのをグッと堪えた。もう何年も同じことを言い続けているので言い飽きただけっていうのもある。

「ご飯作ってきたけど…こよみ、起きてる?」

「あー…寝てる。昨日遅くまでゲーム付き合ってたんだよ」

「ちょっ…アンタ馬鹿じゃないの!?小さい子くらい寝せなさいよ!!いい大人なんだから!!」

「うっせ。人ん家の玄関で騒ぐな。…大体アイツなんであんなにゲーム強ぇんだよ」

後半は小さな呟きを漏らした。こちらに向かって、というよりは文句に近い。

「どうせ、ムキになってやってたんでしょ」

眉間の皺が増えた。うん、これは中々の気迫である。
だが、コイツが無言で睨むのは図星の証拠。

「まぁ、いいや。とにかく入れてよ。どうせご飯まだでしょ」

「あぁ」

これでひとまず馴染みの挨拶は済んだ。部屋に足を踏み入れるとベッドとテレビと僅かな収納家具という殺風景な空間が広がる。

その中、テレビの前だけゲームが乱雑しているのが妙に不自然で、しかし、この部屋の中での唯一の生活感だった。
そのゲームと一緒に床に転がっている毛布がモソモソと動いた。

「…あれぇ…聡美さん?」

「おはよう。って床で寝てたの!?」

「おはよう、ござい、ます?…もう朝ですか?」

「獅子堂、アンタ、こよみを床で寝せたの!?」

声を荒げると獅子堂の肩が小さく跳ねた。流石に反省しているのだろう。なら良しとするか。
色々と言いたいことがあるが今はとりあえず、こよみに朝食を用意することにした。
といってもタッパーに詰めてきた物を皿に取り分けるだけであるが。

「あぁ、良かった。綺麗な皿がある」

「こよみがよく洗ってるからな」

我ながら良く出来た黒胡麻入りの手作りパンのホットドッグとサーモンマリネのサラダを皿に盛って獅子堂とこよみの前に出す。

「感謝しなさいよ。こよみが来なかったら部屋はともかく台所は大惨事よ」

「いえ、置いてもらってるし、これぐらいしか出来ないですから!!」

顔を真っ赤にして手を振る。そんなこよみを座らせて獅子堂は無言でこよみの頭を撫でるとこよみは更に顔を真っ赤にした。

「そういやお前、今日非番だったのか?樋口」

ホットドッグをかじりながら訊いてくる獅子堂に呆れながらコーヒーを、こよみにはココアを淹れてやる。

「何言ってんの。アンタが非番で私も非番じゃ刑事課が人手不足で泣くわよ」

「じゃぁなんで?」

「朝一で現場に直行」

そこで大人しくパンを食べていたこよみが僅かな反応を見せる。それはほんの些細な反応で、本当に注意して見ないと分からないほどの、そんな小さな反応だった。

「わっ」

(あぁ…こんな時ふと思うのよね)

こよみの小さな体が獅子堂の腕一本で軽々と持ち上げ、自分の片足を跨がせるようにこよみを座らせる。
落ちないように細腰に腕を回して話を続ける。

「コイツの家か」

「私らの担当はそれしかないでしょ」






こよみは獅子堂の子供ではない。では何故住居を共にするのか。
なんてことはない。ベタな話だ。陳腐でドラマにもなりゃしない。

担当している事件の唯一の目撃者であり、被害者の生残であり、その瞬間に引き取り手のない孤児になったこよみを獅子堂が引き取ったのだ。

この突拍子もない獅子堂の行動は捜査本部とえらい揉めたものである。

当たり前だ。こんなことは滅多にない事例である。滅多どころか現在でそんなことがあり得るなんて、現場にいた私さえ思いもしなかった。

捜査に向かった先は押し入り殺人の現場だった。突然侵入され、突然刃物で刺され、逃亡する…何とも最っ低最悪な胸くそ悪いクソ大大馬鹿野郎がやらかした事件の被害者は若い夫婦だった。
その子供は現場に座り込んで動かない母親と父親の側を離れなかった。

「ゴメンね、ちょっとこっち来てくれる?」

言葉が見当たらなくてそれしか言えなかった。
少女は暫く2つの死体を眺めてから漸く立ち上がった。

「…ごめん…なさい」

少女が呟いた瞬間、獅子堂が少女の頭を平手で叩いた。
大した威力ではないがその場に不適切な行動に周りの警察が驚いた。

「アンタ、何するのよ!!」

「謝るな」

少女が驚いて獅子堂を見上げ、怯えた。その反応を気にするでもなく続ける。

「俺はお前さんが生きててくれて嬉しい。お前の親御さんだって、きっと嬉しいだろうよ。だから生きてることを謝ってくれるな」

すると少女は獅子堂の足の縋り付いて声を殺して泣いた。
獅子堂はただ頭に手を置いてされるがままの状態だった。

それが契機か、施設に入れるという全ての意見を振り払って、振り切って獅子堂はこよみを引き取ったのだ。
施設に聞き込みにいく手間を省く為という下らない理由をゴリ押しして。






「さて、そろそろ出ようかな」

「あぁ。手掛かりになりそうなもん絶対見付けてこい」

「あったり前よ!!」

犯人は未だ逃亡中。そんな中で獅子堂が非番を勝ち取ったのはこよみのメンタル面を慮ってのことだ。
引き取っても一緒に居れないなら意味がないのだと柄にもなく漏らしたのを聞いた時がある。だから獅子堂の非番の代行をコッソリ申し出てやったのだ。
秘密だけれど。

「じゃぁこよみ、絶対に解決してみせるからね」

「ありがとう…ございます…」

最近よく喋るようになった。表情も事件後より豊かになった。これも一重に獅子堂のお陰なのだろう。
あの仏頂面で威圧に満ちて子供に好かれたことがない男が、小さな少女を救っているのだ。笑ってしまう。

「…なんだよ」

どうやら顔に出ていたらしい。可愛い女の子を抱えて凶悪な顔を向けてくる(見た目はどう見ても完璧に誘拐犯な)同僚に「いや別に」と手を振ってタッパーを抱えて玄関に向かった。

ドアに手を掛けて振り替えると獅子堂がこよみの口に付いた食べ滓を拭ってこよみをからかっている。その獅子堂の顔を見て心に浮かぶのは驚愕と少しの苦笑。
それから「またね」と声を掛けて玄関を後にした。




長い付き合いでアイツが割とイイヤツなのは知っているけれど。
それでもアイツの見た目は「やさしい」とはほど遠いと思っていた。


でも、あの小さなお嬢さんの前では
アイツはその形容詞を付けてやってもいいかもしれない。

獅子堂
お前がこよみを助けているように

こよみはお前を変えているみたいだよ

良かったね。


「さぁて、サッサとこんな事件終わらせて私も旦那と子供とイチャイチャしてやるさぁーっ!!」

‡END‡


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あきゅろす。
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