小説
とある花屋の店先で
私は貴方が嫌いです。
投げ掛けた言葉に男はただ目を丸くしただけだった。
クラスには必ず「係」というものが存在して例外なくその一任に就いた。別にそれには文句はない。仕事をするのはクラス運営には仕方ないと思うし。ただ、なんで最上級生になっても尚、「お花係り」というものが存在するのだろうか?
「だってクラスが華やかになるじゃない」
脳裏に担任の女教師の、ポヤッとした顔が浮かび、急いで頭から追い出した。
いや、まぁ確かにクラスが華やかになるのはいいけれど。
更に言うなら何故毎月私が花を買う羽目になるのだろうか?
「だってナオちゃんの家が1番花屋さんに近いんだもん」
同じクラスの同じ係の子達が脳内で答えてくれた。それも即座に消すことにする。
うん、そうだね。私の家から花屋は歩いて5分もかからないからね。役に立てるなら嬉しいよ。
でも、毎月花を買うということは
毎月花屋に行くということで
毎月花屋に行くということは
毎月あの男に会わなければならないということである。
憂鬱な気分で花屋に向かう。毎月、月の始めの日に買って一ヶ月間クラスに飾るのがサイクルになっている。
今日がその月の始めの一日である。
重い足をなんとか進める。するとすぐに店から溢れんばかりの花々が見える。
「此処のお花評判がいいのよ。長持ちするって」
「それはお客さんの手入れがいいからですよ」
店先では若い男女が笑みを浮かべて談笑している。
あぁ…行きたくない。
「おっ!!来た来た!!待ってたぞ」
男の方が此方に気付いて声をあげた。それから女の人に頭を下げると女の人は笑って手を振った。男もそれに応える。
「よぅ毎度どうも」
「…お花下さい」
「まーたそういう曖昧な注文しやがって」と文句を言う割に顔が笑っている。そのまま奥に引っ込んでいった。
手持無沙汰だったので店外の花に目をやる。ついこの間までコスモスやスイートピーに混じって小さな楓やホオズキといった秋色満載だったのが今ではすっかりモミの木やポインセチアといったクリスマス色に染まっている。
花をあしらったリースに手を伸ばせば、その可愛らしさに自然と笑みが漏れる。
「…なんですか?」
店奥で此方を見ながら立っている男に目を向ける。先程の笑みはもう無い。
「あっ…いや…別に。リースのが良かったかなぁ〜と思って」
「リースにしたら花瓶に飾れないじゃないですか」
「別に花瓶に飾らなくてもいいと思うけど」
苦笑と共に花の束を差し出された。
クリスマスローズや水仙にシンロウバイと色とりどりの冬の花々を腕に抱える。
「こんなに沢山…しかも結構高くないですか?予算内じゃないと買えませんよ!?」
「あぁ、いいよ。オマケ。常連さんだし」
それでも、と言い募ろうとするとクロッカスの花を頭に差された。
「いいから、持ってけ。な?」
優しい、強制力のある一言で黙って頷く自分が少し悔しい。
せめて素直に礼を言おうと口を開く「そうそう」と口を挟まれた。
「ウチの花って長持ちするんだってさっき綺麗なお姉さんに誉められたんだわ」
その一言が開きかけた口を閉ざした。
「教室でもちゃんと長咲きしてる?」先程と何ら変わりがない笑顔なのに、その笑顔が嬉しかったのに、今は不快でならない。
「はい、ちゃんと咲いてます。では」
と踵を返した。
「おいおい、なんだよ急にムクれて」
ランドセルを捕まれた。痛い。
「…別にムクれてません」
とりあえずランドセルから手を離してもらうため振り返る。視界に男が映った。
「私は貴方が嫌いです」
気が付いたらそう言い放っていた。
投げ掛けた言葉に男はただ目を丸くしただけだった。
「見掛けたら不安になって、でも見掛けないともっと不安になって。知らない人と笑って話したりするの見ると凄く嫌な気分になるし、でも笑い掛けられるとどうしていいか分かんなくなるし…だから、お店とか来たくないけど来ちゃうし、だから…だから、私は貴方が嫌いなんです」
長く話したのでゼェゼェと息を切らした。
勢いで、とは言え流石に言い過ぎたかな?と男を見上げると、口許に手を添え「笑い出したいがどうしたもんか」というような困った顔をして
「そんな熱烈な告白されたのは生まれて初めてだわ。ありがとう」
と言った。
「えっ…違っ!!告白じゃないです。ちゃんと聞いてましたか!?私、嫌いって言ったんですよ!!」
「あー…うん。判った。とりあえず学校行け」
「本当に…判りましたか?」
判ったから。と呟いて手を振ったので花束を持って学校へと向かうことにした。
「いやー…参ったわぁ」
少女が去った後で赤いであろう顔の、目元を押さえた花屋の若き店員は口許を緩めてそう呟いた。
‡END‡
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