小説
本の虫
この紙と文字の束には
世界があって
その世界は
沢山のものが詰まっている
ペラリと紙が捲られる音だけがする。途切れ途切れではあるがそれは確実に一枚分の世界が流れ過ぎ去った音。
「ふぅ」
漸く話が一段落したので文字の海から目を外した。
(よかった。このまま行けば目的地に辿り着きそう)
でもそう簡単にいかないのが本の中の世界だ。きっとあと一歩というところで邪魔が入るのだろう。それでも主人公達はどうにかして目的を果たすのだ。
再度魅力的な海の中へ潜り込もうと本に目を向けたとき、頭の上に何かが乗った。
「…なんですか?」
折角読み始めようとした矢先に出鼻を挫かれて不機嫌な声を出す。見なくても分かる。頭に乗せられたものも、その乗せた人物も。
「3時間ぶっ通しで読んでるでしょ?目、疲れない?」
頭上でにこやかに笑っているのが想像できたが一応チラリと振り返ればやはりにこやかに笑っていた。
癪に障るので頭に乗っている大きな手を退けた。
「利用者が本を読んでいるのに邪魔してもいいんですか?司書さん」
「本に夢中な利用者に閉館時間が迫っているのを伝えるのも司書さんの勤めなのですよ」
「えっ!?」
時計を見れば閉館10分前である。
「なんで!?閉館のあい…」
人指し指を口に当てられた。静かにしろ、ということらしい。見れば周りがチラリとあまり優しくない目で此方を見ていた。
「…閉館の合図はどうしたんですか?」
小声で遮られた続きを訴えれば困ったような笑みを浮かべられた。
「ちょっと故障中でね。カウンターに注意書きあったでしょ?見なかった?」
出入り口のすぐ側にある貸し出しカウンターは割と大きいのでよく注意書きが張り付けられている。でも…
「見ませんでした。すみません」
素直に謝ると柔かい笑みに変わった。
「そんなに本が読みたかった?本当に本が好きなんだねぇ」
そんな風な顔でそんな風にしみじみと言われて恥ずかしいやら擽ったいやら複雑な心境である。
「あぁ。早くしないと貸し出しで混むよ。借りて来ちゃいな」
「あっ、はい。じゃぁ本、片付けてきますね」
読み終った3冊を抱える。厚さがあるので3冊で十分な重量である。それが一気に軽くなった。
「他の本片付けるついでに片付けてきてあげるよ」
「えっ、でも…」
「ほら、コレとコレ借りるんでしょ?早く行きな」
渡された本は確かに借りようと思っていた本だけれど
「なんで分かったんですか?」
驚いた顔で見上げれば変わらぬ笑みで
「まぁ見てたからね」
サラリと言ってのけた。
「えっ?」
「ほら、早く行ってきな」
そう促されて人が徐々に集まってきたカウンターへ向かった。
さっきの言葉はどういう意味だったのだろうか…?
これから読む本の中に答えがあればいいのだけど。
それから、出来ればこの顔の熱さの答えも…
‡END‡
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