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小説
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美味しい匂いで
目が覚める



寝起き特有のぼぅっとした頭で現状を理解しようとした。
寝ていた場所は柔らかいソファ。窓から差し込む日差しが優しいのはきっともうすぐ夕刻だから。

「…ここは?」

上体を支えていた腕の力がフッと抜けて再度ソファに沈む。

「おなかすいたぁ…」

何日、物を食べていないのだろう。あまりの空腹で空腹すら感じ無かったのに。腹が鳴らなくなってもうどの位だろう。

「せめてアイツから財布盗れてたら、ご飯食べれたのになぁ」

どこの国から来たか分からない観光客。幸せそうなんだから少しは恵んでくれたって…。

そんなことを思いながら仰向けになる。窓の外はオレンジ色で、良い匂いがあちらこちらで漂ってくる。
この時間帯は一番大ッ嫌いで…ほんの少し、好き。

「あー…そういえばアイツどうしたんだろう?」

声がかすれる。早く、何か、食べ物を…

「なんだよ、起きてんなら言えよ」

視界に乱入してきたのは先程財布を盗ってやろうと狙っていたアイツだった。

「…っなんで此処に!?」

起き上がろうとして力が入らないので仰向けのまま叫んだ…つもりが声が思ったよりも出なかった。

「覚えてないのか?いきなり突っ込んできていきなり倒れたんだぞ」

ソファの空いている部分に男が座ったので慌てて体を起こし出来る限りの距離を置いた。

「うわー…超傷付く。その反応」

此方の言葉を流暢に話しながら呆れたように溜息を吐いた。

「け、警察呼ぶ気?」

捕まりたくない。此処の警察は私達には優しくないから。それに呼ばれたら抵抗出来る体力があるかどうか…。
そう思ったら怖くて不安で、それでも何よりお腹が空いて、ツラくて涙が出そうだった。
男はハァと更に深い溜息を吐いて頭を掻いた。

「突き出す位なら気絶してる間にしてる」

チラっと此方を見たので体を竦ませた。

「怯えんな。何かをしようだなんてと思ってねぇよ」

では何故?

すると無言で居ると突然立ち上がって部屋から出ていってしまった。
とりあえず力を抜いてフゥっと息を吐いた。

(なんなんだろう?)

そこで考えが止まった。男が帰ってきたからだ。トレイを持って。

「ホラ、食え」

目前に突き出されたトレイには見た事無いものが乗っていた。

「トマトと茸のリゾット。肉料理も出してやりたいけど空腹だと胃がビックリするからなー」

とりあえずコレだけ食え。

そう言われて渡されたものに視線を落とす。なんだか判らないけど食べ物みたいだ。

そう思う前に体が動いた。

スプーンの握り方もままならないまま何も考えずに食べた。食べたなんてもんじゃない。貪った。この中に危険な何かを入ってるんじゃないか、なんて危惧が飛んでく位ただただ咀嚼した。
口を火傷させないよう適度に冷やされていたソレは冷めていても、とても美味しかった。

「そんな一気にかき込むなよ。誰も取りゃしねぇから」

男は苦笑しながらそれでも嬉しそうに食事風景を眺めていた。

「………ぅ」

「えっ?」

「ぉっ…ぉいしぃよぅ」

今ならどんな料理も美味しく感じるんだろうが、なんだかもうこの料理がこの世界で一番美味しいんじゃないかってぐらい美味しくて、安心して、不覚にも涙が出た。さっきの空腹時のときの涙とは違う涙がボロボロ出た。
そしたらもう涙もスプーンを握る手も止まらなくなった。


それから男は黙って配給をしたり珠に涙を拭ったりしてくれた。
三皿を胃に収めて漸く落ち着いた頃には涙はすっかり止まっていた。

「『ご馳走さま』は?」

「えっ?」

皿を片付けてお茶を持ってきてくれた男は不可解な言葉を投げ掛けた。

「ご馳走さま。此方ではそういうの無いのか?俺の国では飯食った後にそう言うんだよ」

「ぁっ…判んない」

作法なんて知らない。そんな事誰も教えてくれなかったから。

「どんな意味?」

「うーん、感謝の言葉かな?飯を食わせてくれてありがとう。飯の食材になってくれてありがとう…ってな」

あぁ…それなら…

「『ご馳走さま』」

男に向かって深く深く想いを込めて言った。

「…『お粗末さま』」

また不覚な言葉を返された。どういう意味か訊こうとしたが照れたように笑って頭を撫でてきたので訊けずに終わった。

「何か返せたらいいんだろうけど、ゴメン、何も持ってないんだ」

今着てる服と最小限の生活品しか持っていない。本当ならそれらを投げ打った方がいいのだろうけど…。

「あぁ、要らない。もう貰った」

「えっ?何も…」

見上げると不敵な笑みを見た。

「俺は一流のコックを目指してんの。一流のコックはなぁ、金銀を第一にしねぇのさ」

そう言って

「あんな美味そうに食ってくれてあんな最高の一言貰えたんだ。上出来さ」

笑った。

* * * * * *
夕刻の時間。
この時刻は色んな家から色んな良い匂いがする。
その、沢山ある匂いの中に自分のための匂いがなかったからこの時間帯は一番大ッ嫌いだった。
でもその匂いを嗅ぎながら街が綺麗に彩られるのを見るのがほんの少しだけ好きだった。

今は…私はこの時間帯が

「おかえり。飯の用意出来てるぞ」


一番大好きになった。

‡END‡



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