小説
サイレント
今は君の声が聞こえない
珈琲を煎れてソファに腰掛け、ノートパソコンを開いて早2時間。キーボードを叩いているが実際、内容なんて書いていないようなものだ。
だって1m先の隣に座る、だんまりなお姫さまが気になって気になって仕方ないから。
「なぁ、もぅいい加減いいだろ。学校で何があった?」
返ってきたのは数時間前から変わらずの沈黙だった。
答えを期待していた訳ではない。この状態に入ったこの子は何がなんでも口を開かないことを知ってるから。だが放っておくことも出来る筈もない。
「なぁ。どうしたんだよ、ちぃ」
少女――千尋は首を振ってなんでもない、と告げるがそんな訳ないだろ、と弘明は溜息を漏らす。
(全く、いつもは要らん位煩く話すんだからこういう時も黙るなよ)
もっと小さい頃は苛立ちすら拙い言葉で伝えようとしていたのに。
今みたいに黙られるならあの頃みたい騒がしくされた方がずっとマシである。
(こっちの仕事だって捗るしな)
ほら見ろ。またタイピングミスしたじゃねぇか。
千尋のせいではないのが心中で悪態を吐いた。
このままでは拉致が飽かない。そろそろちゃんと仕事をしないとマズイ。
「今日の飯はチーズハンバーグにでもするかなぁ」
そこで少女が小さな反応を見せる。僅かに緩む口元を引き締める。
「ちぃ、チーズハンバーグ好きだっけ?」
訊かなくても知っている。何年コイツの衣食住を管理してると思っているんだ。
だがそれにもまだ応えない。幼い頃はここらで返事をしたが流石に成長しているようだ。更に押してみる。
「なんだ嫌いなのか?」
少ししてから首を振って無言の否定をしたがに画面に視線を固定して見ていないふりをする。
「なんだ。嫌いだったのか…。仕方ねぇ、別の献立考えるか…」
少し哀愁を漂わせてみる。さぁ、そろそろ…
「た…食べる!!好きです!!チーズハンバーグ食べたいです!!」
慌てて返事をする様が予想通りで思わず笑いが込み上げてくる。
「そうか。俺はてっきりちぃは嫌々食ってんのかと思って寂しくなっちゃったよ」
白々しく言えば少女は悔しそうな、観念したような、そんな複雑そうな顔を見せた。
さぁて、仕事を一旦切り上げて飯の支度でもしようか。
だんまりの理由は食事の時にゆっくり聞くとしよう。
全く、これで漸く安心して仕事が出来るってもんだ。
‡end‡
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