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小説
キラキラ
どうせこの先
嫌でも汚いものを見なきゃいけないのなら
せめて今だけは…



「珍しいね。耕さんが出掛けようだなんて」

しかも海なんて遠い所選ぶなんて。
そう言いつつも片手に靴を引っ掛けて足で波を蹴る姿は素直に嬉しそうで楽しそうだった。

「んー、まぁな」

生返事を返しながらカメラのレンズ越しに見れば慌ててレンズに写る範囲から水飛沫を上げて逃げ出した。

「バカ!!撮らないでよ!!びっくりしたぁ」

「いいだろ別に。たまには被写体になれよ」

尚、カメラを構えていると逃げるのを諦めたのか後ろ姿がレンズに映った。

「ヤだよ恥ずかしい。それに写真映り悪いんだもん」

「プロの腕を信じろよ」

まぁこんなことを言った所でハイそうですかと撮らせてくれる相手ではないが。

(バックの日没がいい感じに引き立っていい絵なんだけどなぁ)

このまま撮ってやろうかとも思ったが後が煩いだろうから止めておく。うーん、惜しいな。

「綺麗だねー。海がキラキラしてるよ」

海の方を向いているのでどんな顔をしているか判らないが、多分この水面と同じくらいキラキラした表情でもしているのだろう。見えないのが残念だ。

「もう少し早い時間に来れば泳げたのにな。悪かったな」

「いいよ。海は足浸して遊ぶくらいが丁度良い」

声が弾んでいるので本心だろう。この位の年頃はまだ海で泳ぐのが楽しい時期だと思ったがそうでもないだろうか。

「でも本当に何で急に海?」

「いや別に意味は」

「何もなかったら急に海に行こうだなんて、耕さんは言わないよ」

そう言ってこちらを振り向いた顔は何も映していなかったけど、曖昧なものを受け付けない強さを持っていた。その顔と同じ強さを持つ声にはっきりと断言されてしまっては。
誤魔化しが出来ないじゃないか。

「綺麗なものをね、見せたかったんだよ」

水面は、あと僅かな太陽の光を反射して目が痛いほど煌めいて。
その中に居る少女に驚くほどピッタリな情景で。
直視ができない。

「どうせこの先嫌なものを見なければならないなら、せめて今だけでも綺麗なものを、少しでも沢山見せたいと思っただけだよ」

カメラに視線を落としてそう言った。
砂浜に居る俺の声は、果たして海に包まれている彼女に聞こえただろうか。

「そっか」




「ありがとう」


それは静かな海に染み込むように響いた。


あぁ
この声を形にすれば
色に変えれば

この世で綺麗だと言われているものになるんじゃないかと思えるほどに静かに海に落ちて、光の一部になった。

「でもそんなものを見ても私は大丈夫だよ」

妙に自信に満ちた声に顔を上げると目を合わせた少女は言った。

「だって喩え嫌なものを見たとしてもそのあとに綺麗なものを見せてくれる人がいるからね」


あぁ、くそ。シャッターを切りたい。

そう思わせるくらい美しい笑顔で。


(どうかそのキラキラの欠片をいつまでも…)
‡END‡


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