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小説
小さな光
光を知らない子は
いつも光を与えてくれる。




冷蔵庫からよく冷えた金属の器を取り出して出来映えを確認するため蓋を開ける。

「よし」

開けた途端甘い匂いが広がった。これでは呼ぶよりも来るのを待った方が早いか、と思案した矢先に階段を降りてくる足音が聞こえた。

「わぁーいい匂い」

足音の他にカツカツと細い棒がぶつかる音が混じる。
急いでその音の元に向かえば白い杖を突いてゆっくりと少女が降りてきた。

「家に居るときはソレ要らないんじゃないのか?」

階下で少女が降りて来るのを腕組みしながら待つ。

「うん、でもそろそろ練習しとこうと思って…っ!!」

あと一段という所で足を踏み外した小さな体を掬うように受け止める。

「杖が無い方が降りるのが早い上に踏み外すことが無いってのは考えもんだな」

「…ありがとう」

気まずそうに、照れたように笑いながら腕の中から出る。
その瞳の瞳孔は白く濁っていて盲目であることが一目見て取れる。

「まだ杖に慣れてないからね。早く慣れなくちゃ」

「…まぁ無理はするなよ」

そう言って寄り添うように歩き出す。

「それより今日のおやつ何?バナナ?」

「流石に鼻が効くな。バナナプリンだよ」

「うわぁ!!早く食べたい」

壁に手を這わせながら台所へ急ぐ。杖も使うが最早無くても支障はない。
椅子に座るのも容易ではないが手を貸す程の事でもない。
座るのを見届けてから温めたキャラメルを冷たいプリンにかけて前に出してやる。

「キャラメルが熱いからな」

と言いながらスプーンで掬って少し冷ましてから少女の口まで持っていく。

「ホラ」

「…一人で食べるよ」

「それが“食べれる”になったら止めてやるよ」

以前一人で食べさせたらテーブルの上が大惨事になった。それ以来ちゃんと汚れてもいいような用意をしてからでないと一人で食事はさせないと宣言したのだ。
不服そうだが折角のプリンを無駄にしたくはないのだろう。大人しく口元のプリンを食べた。

「美味しい!!」

「当たり前だ」

掬っては口に入れ、掬っては口に入れるを繰り返す。

「勿体ないなぁ。お店出せるよ」

「仕事にするよりお前に食わせてる方が作り甲斐あるし楽しいんだよ」

そう言って最後の一掬いを口に放り込む。

「もうないの?」

「あと一つある。病院に行ってから食いな」

少女は生まれついての弱視だった。微量の光でさえ彼女にとって毒でしかなかった。
それでも彼女は太陽を好み、昼を欲し、光を愛した。その代償に彼女は光を完全に喪った。
それを間近で見ているしか出来なかった。彼女はそれほどまでに光に焦がれていたから。


視力が完全に消えるとき少女は言った。


これでよかったんだよ。光に怯えるより記憶の中の光を懐かしむことができるんだから。
だから、この事で貴方が悲しんだり悔やんだりしないで。この幸せに一辺の悲しみも要らないんだから。


でも、もうお前の目には俺が映ることはない。もうお前は世界を見れない。そう思っても口にしなかったのはお前の幸せに一辺の悲しみも含ませたくなかったから。
その時だけお前に俺が見えなくてよかったと思う。でなければきっと心中がバレていたから。


光を喪ったけれどお前からは相変わらず光の匂いがするからやっぱりこの結果は誇るべきものなのだろう。

たとえ一人で出来る事が減ってしまっても、その事で心の傷が疹いても。

お前は絶えず光の中で笑うんだろう。
瞳に何も映らなくても。
お前は匂いで、肌で、空気の暖かさで、光を感じているから。

「別にもう医者に行かなくてもいい気がするんだけどな」

眉間に皺を作りながら少女は訴える。これは自分の望んだ事だから、と。

「そう言うな。帰ってきたら食べたいものもう1品作ってやるぞ」

「本当に!?じゃぁブラウニーチョコが食べたい」

パッと表情を明るくさせる少女に苦笑する。

「はいはい。ほら行くぞ」

そして少女の手には盲目の白い証が。
どうか俺の手には少女を支える力を。

それでも尚、光は陰りながらもここにある。

‡END‡



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あきゅろす。
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