ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友どっかーん 3
朝比奈さんが空に向かって手をかざす。其の眼に涙を溜めながらも、其れでも少女はしっかりと、竜と其れが吐く炎を正面から見据える。其の姿に、未来の朝比奈さんの片鱗を俺は見た。
女の子って、こうも強い生き物なんだな。
俺はそんな事を考えながらぼけっと朝比奈さんと竜を見つめていた。其の視界で、件の複層式防御結界とやらが高速で展開されていく。
其の様を分かり易く表現するとしたら、アレだ。警察の現場検証なんかで良く使われる「立ち入り禁止」もしくは「keep out」と書かれた黄色のテープ。テレビとかで見た事有るだろ?
アレが俺の視界を埋め尽くす様に、若しくは盾の様に中空に張り巡らされていったと考えてくれ。「立ち入り禁止」の代わりに「乙女の秘密☆」と書かれていて、黄色ではなく桃色なのが朝比奈さんらしい。
見かけはファンシーであれどしかし、少女の呪文は劇的に作用した。炎が俺達に届く前に、其の結界で完全にシャットアウトされちまったってんだから、俺には呆けるしかなくって。
「助かった……のか?」
「如何やら、其の様ですね……」
顔を見合わせる男二人。其の中心で一人の少女が戦っている。見れば、朝比奈さんは下唇を噛んで脂汗を流し、キッと空を見ていた。地に踏ん張った両足が、生まれ立ての小鹿の様に震えている。
「キョン君、古泉君、この結界は長くは保ちませんっ!早く皆さんを連れて安全な所に避難してくださぁいっっ!」
朝比奈さんの懸命の叫びで我に返る。成る程。展開もそうだが、この結界は維持に莫大なコストが掛かるらしい。いや、そうじゃなくって。
「逃げろって……でも、朝比奈さんは如何なるんですかっ!?」
俺の問い掛けに少女は此方を向いて、一度だけ微笑んだ。青空の様に清々しく。けれど墓石を背景にしている様な言葉に出来ない切なさを覚える微笑を、朝比奈さんは浮かべた。
彼女から俺達への言葉による明確な返答は、一つとして無く。

結界を解けば俺達が死ぬ。彼女が身動きすれば恐らく結界は解けるのだろう。

朝比奈さんが、俺達を逃がす為に自分が犠牲になる心算だと悟った瞬間、俺の脳は全速力で回転していた。
此処で奮わねば何処で奮えと言うのか。少女一人を犠牲にして生き長らえたとして何になろう?
残念ですが、朝比奈さん。貴女の其の提案は俺には飲めません。
意地が有るんですよ、男の子にはっ!

俺は叫んだ。
「長門っ!朝倉に掛かっている呪文の残り時間はっ!?」
「42秒」
簡潔にして明確な回答を即座に返すのは流石長門と言った所か。
42秒?十分だ。続けて俺は今、たった一人で戦っている少女に向かって叫ぶ。
「朝比奈さんっ!後二十秒、結界を維持出来ますかっ!?」
「え、でも、キョン君達は逃げてって……」
朝比奈さんが俺の方を向く。視線と視線が交錯して、少女は息を飲んだ。
俺は……いや、俺達は貴女一人をおいて逃げたりしませんよ。そうでしょう?
そう、俺が視線に込めた思いは、言葉よりも雄弁に彼女に届いた。
「……や、やってみますっ!」
力強いお言葉じゃないか。俺の我が侭に付き合ってくれて有難う、朝比奈さん。
「お願いします。其れと俺が合図したら結界を解いて下さい!」
朝比奈さんが視線を空に返すと、しっかりと頷いた。さて、後一人。俺が指示を出すべきは……、
「……おい、古泉っ!」
呼ばれて俺の方を見た古泉は、この流れから俺の意思を良く酌んだ。既に弓に矢を番えている。
「皆まで言わないでも結構です。分かっていますよ。このパーティで空に向かって攻撃出来るのは僕と貴方だけですから」
本当に忌々しい話だが、本当にこういう状況下でのこの超能力者は頼りになると言わざるを得まい。
「では、僕は左翼を担当しましょう。キョン君は右翼を」
そう言って古泉は弓を空に向かって引き絞る。当然だが俺達の視界上空は朝比奈さんの結界で覆われている。竜……攻撃対象なんか見えやしないから、狙いなんて付けられる訳も無い。
其れでも古泉は精神統一に入る。全く、打てば響くとは正にこの事で。
俺が何をしようとしているのか、この優男は完璧に理解しているらしい。

「長門、朝倉、鶴屋さんっ!直に竜が墜落してきますっ!迎撃して下さい!!」
其の台詞を最後に俺も詠唱に入った。

勝負は、一瞬。失敗は死を意味する。
でも、俺は其の時、失敗するなんて一つも考えてなかった。
背にこいつ等が居ると、感じている其れだけで、失敗するなんて少しも思わなかった。笑顔すら零れてくる。
SOS団は崖っぷちをこそ、其の住処とする、ってか。
如何やら俺も骨の髄からお前に毒されちまったようだよ、ハルヒ。

さぁ、勝負だ。

どっかーん 第三章 『Counter Attack !!』

俺の詠唱が終わった。ちらりと古泉の方を見やる。奴は俺の準備が終わるのを待っていた様で、俺の視線を受けると微笑を浮かべて頷いた。
準備万端。後はGOを待つばかり、ってか。
よし。なら迷ってる暇は無いし、さっさとやっちまうとしようじゃないか。
俺は杖を空に振りかざす。竜は未だ上空からの攻撃を続けているらしい。奴が攻撃を仕掛ける度に結界が音を立てて軋む。其の度に少女の顔が痛苦に歪んだ。
朝比奈さんの唇から血が流れている。見ると下唇は強く噛み続けた所為だろう、鬱血して青くなっていた。其の様から、どれだけの負荷が朝比奈さんを苛み続けていたのかを知る。
彼女は俺達を守る為に、たった一人で竜と戦って時間を稼いでくれていた訳で。今回の戦闘が終わったら功労賞は朝比奈さんで決まりだな。之には誰もが納得する所であろう。
ま、そんな未来を現実にする為にも俺達は此処で勝たなければいけないのだが。
視界の隅で古泉の弓がゆっくりと上を向く。矢の先には之までで一番大きく強い光を携えて。やる気十分だな、超能力者!
「朝比奈さん、結界を解いて下さい!」
俺は少女に負けない様に足で地を踏みつけて、はっきりとそう言った。

「結界、解除しまぁすっ!!」
朝比奈さんが叫んだ。視界を覆う桃色の帯が解かれていく。少しづつ、其の体躯を俺達の前に再び見せつける竜。
両雄相見える?違うね。三度目は無い。之が最後だ。だから、どっちかっつーと今生の別れって奴だな。
勿論、死ぬのは俺達じゃない。そんなシナリオは何処を如何探しても、もう出て来ない。
朝比奈さんがこんだけ頑張ってくれたんだ。
少女が命を賭して戦えば、天使は必ず舞い降りる。そう、相場は決まっている。

俺が天使だ。

竜の右翼を俺の両目が捕らえる。この辺りかな、と見積もって杖を構えていた訳なのだが、狙いはドンピシャだった。修正の必要すら、其処には無い。俺の視線の丁度其の先。竜の右翼の中心が当然の様に其処に有った。
之も日頃の行いって奴か?
そして如何やら其れは古泉も同じだった様で、微笑みと驚愕を同時に表情に浮かべるという器用な事をやっている。そして、其れは程無く苦笑へと変貌した。
神様はちゃんと見てくれているらしい。いや、盛り上げ所を分かっていると言うべきか。ハルヒのくせに、やるじゃないか。

全ては神様のお導き。ならば用意された舞台で踊ってみせようじゃないか。
見てろよ、ハルヒ。

「キョン君、行きますよっ!」
「了解っ!」
古泉の叫びに応えて俺も杖を握る指先に力を込める。

「3」
弓を構えた古泉が微笑む。
「2」
杖を構えた俺が不敵に笑う。
「「1」」
俺達の生み出す赤い閃光が一際強く輝く。

「「イグニッション!!」」
刹那、俺と古泉の獲物が天空の覇者に向かって文字通り火を噴いた。

空に二本の赤光が平行な線となって閃き、残滓を残して宙に消える。レーザービーム。そう形容するのが一番しっくり来るだろう。俺と古泉が放ったそいつは寸分違わず竜の両翼を打ち抜いた。
思わず出るガッツポーズを誰が責められよう。ってこの言い回しは何時かやったな。
「よっしゃぁっ!!」
「ミッションコンプリート、ですね!」
俺と古泉の右腕ががしっと言う音を立ててぶつかり合った。

まるでスローモーションの様に支えを失った竜が落下を開始する。ソイツは明らかに慌てていた。
こんな筈では無い。自分が負ける筈は無い。そう思っている顔。種族が違っても、固体判別なんて出来なくても、竜の狼狽は隠し様が無く読み取れた。
どうせ自分達以外の種族を虫けらぐらいにしか思っていなかったんだろ。ざまぁみろ。一寸の虫にも五分の魂って素晴らしき日本語を身に刻んでくたばっちまえ。
受身を取ろうともがきながら墜落する竜。そんな好機をアイツが逃す筈も無く。
アイツ……もうお分かりだろう。動いたのは誰あろう対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、長門有希其の人だった。
竜を真っ黒な瞳で見つめていた少女が唐突に地を蹴って跳ねた。恐らくは距離を計算していたのだろう。絶妙の飛距離で長門は低速で落下している竜の巨躯に着地すると、音も無く其の体を駆け上る。
そして竜の肩甲骨(?)辺りでもう一度跳んだ。其の様はまるで背中に羽根が生えている様にしか見えず。竜が失った翼は少女がもぎ取ったのではないかと、俺に錯覚させるには十分だった。
天使。そう言っても決して間違いではあるまい。宇宙人少女は竜の顔辺りまで重力を全く感じさせない動きで飛翔すると、其の顔面目掛けて全身を鞭の様にしならせて鋭い蹴りを放った。
あの蹴りを俺は知っている。アレは痛い。思わず左頬を押さえてしまう。アレ?これなんてデジャヴ?
……と、兎に角、竜は顔面を蹴られて受身を取る余裕を失い、更には蹴りの衝撃でもって急速に落下していった。
「……終了」
長門がひらりと竜の身体から離れていく。
落ちていく竜を待ち構えていたのは大斧を構えた少女と、剣を携えた少女だった。

「漸く出番っさぁ!さぁ、あたしの友達を手に掛けようとした罪は重いよっ!」
「魔法効果の残りは八秒くらいかな?間に合ったよ、キョン君!」
鶴屋さんと朝倉が落ちてくる竜の軌道に立っていた。いや、危ないだろ、其処っ。潰されるぞっ!
「心配御無用、って奴っさ!」
「長門さんが軌道を修正してくれたわ」
へ?
何時の間に着地したのか、俺の隣には宇宙人が居た。やっぱり音も無く。うん、一寸怖いから傍に来る時は一声掛けてくれると有り難い。
「そうなのか、長門?」
「……計画通り」
無表情の侭、右手でVサインを作られても反応に困るんだが。
「……私は良くやったとそう思うなら……撫でて」
長門が半歩俺に近付く。心なしか頭が若干此方に傾いている気がするが、慎んでスルーさせて頂く事にします。俺は何も聞いてない。聞いてないぞっ!俺は今、鶴屋さんと朝倉の実況中継で忙しいんだ!
「……いけず」
こんな長門は正直如何かと思うんだ。

さて、朝倉と鶴屋さんについて話さねばなるまい。と言っても起こった事自体は一瞬だった。
簡潔に述べよう。二人プラス長門が考えた作戦とは単純明快だった。曰く、落ちてくる竜の自重を利用して脚を切断する。
まぁ、其の為には落下に巻き込まれないギリギリの場所で待機しておく事と、竜が落下してくる場所を正確に予測しておく必要があった訳で。身が軽く、且つスパコンも吃驚の演算能力を持つ長門が居たからこそ実行に移せた作戦と言えるだろう。
無論、この作戦が朝倉と鶴屋さんの切断能力を最大限利用したものだという事実にも疑い様は無く。全く、見事なコンビネーションじゃないか。
「作戦立案は私。……褒めて?」
……あー、エライエライ。
「今日の貴方は私に優しくない。何故?」
「其れは全て作者の所為だ」
そういう事に、しておこう。

竜が墜落する。其の軌道上にすっくと立つ戦士が二人。コロニー落しもかくやと言わんばかりの光景が目前に展開される其の瞬間、少女達の叫び声が山頂に響いた。
「めがっさぁぁぁぁっっっっ!!!」
「てぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!」
鶴屋さんと朝倉は其々に叫びながら、其の両手に持った獲物を振るう。
二人の叫びを掻き消す様に、砂煙が辺り一面を覆い隠したのは其の直後だった。

砂を吸わないように口をローブの端で覆う。其れでも脇から脇から砂が入り込んでくる様な凄まじい状況だった。眼も開けていられない。立っているのもやっとの突風。
もう殆ど、砂嵐だった。そんな中でもやっぱり規格外。長門は眼を細める程度で立っていたりするもんだから、つくづくコイツは俺達とは違うのだな、と思う。
今回ばかりは其れが有り難いのだが。
「長門、二人は無事なのか?」
ローブで口を覆いながら喋っている為俺の言葉は常人には理解出来ないだろう。加えてこの突風の中だ。俺の耳にすら何を言っているのか分からない。
其れでも、俺の期待通りに長門は返答した。
「無事」
其の一言に俺は正直胸を撫で下ろしたね。之でぷちっと潰れてました、とか言うオチだったりしたら敵わん上に、戦友なら有り得そうな所がまた嫌だ。
「でも」
長門が言葉を続ける。この砂嵐の中で全く器用な奴だと思う。ってそうじゃなくって。でも、って何だ?続きが有るのか!?

「朝倉涼子に掛けられていた呪文の補助効果時間が終了。ステータスが一気に落ち込んだ」

砂煙が落ち着いた頃、俺が眼にしたものは六本有った脚の内左右の中脚を切断されて失った竜の血に塗れた姿と……、
地に両膝を着いて荒い息を吐く、朝倉の姿だった。

竜は怒り狂っていた。無理も無い。取るに足らない存在だと思っていた者達に脚を二本も切り落とされるという苦汁を舐めさせられたのだから。怒らない方が如何かしてる、って話で。
俺としては戦意を喪失してくれたら、とか淡い期待を持っていた訳だが、竜のプライドはそんなもんじゃ折れてはくれないらしい。
眼を真っ赤に血走らせて、二本失って四本となった脚で、其れでも竜は幻想生物の王たる尊厳を持って立ち上がる。
そして、其の姿を呆気に取られながら見つめる俺達の前で、大きく吼えた。

其の姿は、朽ちても尚、竜。いや、傷付いても尚立ち上がるからこそ俺達の永遠の憧れにして畏怖の対象なのかも分からない。
其のプライドはきっとダイヤモンドよりも硬いのだろう。

竜が旋回する。其の動きから来る攻撃は、尾撃か!?
慌てて前線を確認する。軌道上に居るのは鶴屋さんと……、
そして膝を着き、剣を地に刺して漸く上半身を支えている朝倉。言うまでも無い。朝倉に回避する術など、無かった。
トラックが時速80kmで突っ込んで来たとして、其れの直撃を受けて無事で済むのはサイヤ人とかターミネーターなんて架空の存在ぐらいのもので。
朝倉は鎧を着けているとは言え、現実の存在で。宇宙人的能力なんてものは今は全く所持していなかったりする。
朝倉の窮地を察して俺の隣に居る長門が駆け出す。古泉も慌てて弓を番え、隣に倣う様に青ざめた顔で朝比奈さんが呪文詠唱を開始する。しかし、如何考えても誰も間に合わない。
俺が今から呪文詠唱を始めたとしても。
其れは朝倉には届かない。

「朝倉、立つんだ!攻撃が来るっ!逃げろっ!逃げろぉっ!!」
朝倉はふるふると首を振った。竜の尾が刻一刻と少女に迫り来る。其の動きがまるで見えていない様に、冷静な顔をしていた。
「如何やら私は此処までみたい……キョン君、ごめんね」
おい、朝倉。何言ってんだよ!這ってでも逃げろよ!!何でも良い!!兎に角早く其の場から動けよォッ!!
「うん、其れ無理」
朝倉が俺を見据えて微笑む。強いデジャヴに頭が揺れる。嘘だろ?お前は俺がこんな思いをした、其の時の後悔から産まれたんだろ?
なら、なんで俺に同じ思いを繰り返させるんだよ!?ああ、もう何でも良い。誰でも良い。神様でもハルヒでも何にでも頼む。俺で良いなら何だってくれてやる。
朝倉を、助けてやってくれ。

頼む。
頼むよ。

「じゃあね」
朝倉の言葉が空に響いた。そんな少女の別れの言葉も、竜の尾が巻き起こす疾風に浚われて消える。
この世界に慈悲は無く。有るのは現実ばかり。

「ちょぉっと待つっさ、キョン君!涼子タン!誰か忘れちゃ、いないかい?かい??」
そう叫んだのは八重歯も愛らしい美少女だった。って、何で動いてないんですか、鶴屋さん?朝倉よりも先に奴の尾の餌食ですよ!?
「未だ、諦めるのは早いっさ。此処で、お姉さんが一発あの尻尾をめがっさ受け止めたら、涼子タンは助かるっしょ?」
そう言って鶴屋さんは斧の柄を地面と水平に構えた。
「アタシはアタシの友達を守り切ってみせる!じゃないと、おやっさんに会わせる顔が無いっさぁっ!」

竜人の少女は叫んだ。世界に向かって、朗々と。見ていて胸が空く絶対無敵の明るさを持って。
「さぁ、来るっさぁっっっ!!」
友人を守る盾となる、少女の覚悟はどんな宝石よりも俺の眼に眩しかった。

俺の視界で竜の意地と少女の覚悟が真っ向から衝突した。


猛き蟲竜と麗しき竜姫の咆哮が辺りに轟いた。特に鶴屋さんは、あの小さな体の何処からこんな大声が出るのかと、俺の中の常識を疑うばかりの声で。
しかし、確かに目を瞑って音だけを拾ってみれば、二匹の竜が激突している様にしか聞こえない。鶴屋さんに竜らしさを八重歯と腕力以外で初めて見た(聞いた)気がするな。
一人と一匹は腹の底から吼えて、そして激突した。

鶴屋さんの大斧と竜尾の鱗が真っ向からぶつかり合って、尋常じゃない音量の破裂音が俺の鼓膜を直撃する。思わず耳を押さえてしまうが、眼は背けない。朝倉の命を守ろうと孤軍奮闘する少女から眼を離す事など誰に出来よう。
鶴屋さんは口を大きく開いて言語変換出来ない竜特有の雄叫びを上げながら必死に自分の獲物を握り締める。
嗚呼。少女の腕力は、竜の力に勝るとも劣らない代物だったとも。しかし、其の持ち物は違った。
二匹の竜の正面衝突に耐えられる、強度では其の斧槍は無かった。そも、人間が造る代物に許容出来る衝撃では無くて。
其れは一秒と其の姿を保てずに、鶴屋さんの手元でポッキリと折れて吹き飛んだ。
全てが終わった。そう、思った。俺は其れでも眼は逸らさなかった。逸らせなかった。
例え少女が物言わぬ屍と変わる、其の瞬間が其処に展開されたとしても。

正直に言う。鶴屋さんが竜の尾によって一蹴されるヴィジョンを頭の中で描いていなかったと言ったら嘘になる。
鶴屋さんと朝倉が吹き飛ばされて山肌に叩き付けられ、倒れ朽ちる。そんな最悪の状況を覚悟していた。
其れ程までに竜と少女の体格差は圧倒的だったから。
だからこそ、俺は目前に展開されている光景に驚きを隠せなかった。
「嘘だろ……オイ?」
簡単に言う。たとえ武器を失っても、守るべき物を背にしていた少女は、決して諦めず、また信頼を裏切らなかった。

少しだけ時間を戻して話をさせて貰う。
鶴屋さんの斧と竜尾がぶつかった。其の瞬間、破裂音と共に斧の柄が砕けた。折れる直前に武器が保たないと気付いた鶴屋さんの決断は、雷光に例えてもなんら遜色が無かった。
彼女は何の躊躇も無く手に有った愛槍の成れの果てを捨てると、これまた何の戸惑いも無く竜の尾を受け止めた。

素手で。
其れは身震いがする様な胆力だった。

「めがっさぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!」
少女の叫びが空に木霊する。斧が破壊されたのは結果的には良かったと言えるだろう。其れがクッションとなって幾分竜の尾の衝撃を緩和してくれたからだ。鶴屋さんは尾に押されながらも懸命に其れに食いついていた。
まるで赤子がトラックに轢かれそうになるのをスーパーマンか何かが助けようとしている、そんな映画のワンシーンを見ているようだった。
とか、悠長な事を言っている場合ではない。鶴屋さんは巨大なる其の尾を止め切れてはいない。地面に鶴屋さんの足が溝を作り続ける。だが、止まらない。
其の進行方向には、朝倉。
鶴屋さんの奮戦に応えようと、立ち上がろうと必死にもがく少女。しかし、見ていて痛いほど分かる。朝倉にそんな力はもう残っていない。
巨竜の自重を利用して脚を切る。言うのは簡単だが、実際はそんな容易い事じゃない。剣を通して巨躯の重量が圧し掛かるのだ。竜の骨格でも持っていない限り、つまり、鶴屋さんでも無い限り無事で済む訳が無い。
よく見れば朝倉の右腕は、左足は、決して曲がってはいけない方向に曲がっていた。
立ち上がれない朝倉。尾の勢いを止め切れない鶴屋さん。

だけどピンチにこそ、微笑むのが勝利の女神ってもので。

「鶴屋さん、頑張ってぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!」
朝比奈さんの祈るような叫びは、戦友の耳に確かに届いた。

鶴屋さんは笑った。最初、俺の見間違いかと思った。けれど違った。少女は死の淵で、確かに微笑んだのだ。
祈りは奇跡を生む。祈り無い所に決して奇跡は生まれない。だけど心の底から祈れば、必ず奇跡は生まれるんだ。
そして俺は見る。朝比奈さんの強い祈りは、親友に送った渾身のエールは、確かにこの世界に奇跡を呼んだ。

鶴屋さんが両腕で押さえ込んでていた竜尾から右腕を離した。左手で竜を受け止めた侭、ざりざりと後方に押し込まれた侭、其の可憐にして頑丈なる右腕を振り上げる。
「あたしのこの手が真っ赤に燃えるっ!友を救えと輝き叫ぶっ!!」
え?何ですか、其の武技言語?何で貴女の右手は赤く輝いていらっしゃるのですか??
ちょ、版権とか色々マズいって!!ねぇ、聞いてるっ!?
「ひぃぃっさつっっ!しゃぁぁぃにんぐっ、ふぃん(自重)!!!」
少女の気合が大気を振るわせた其の瞬間、山頂に爆発音が轟いて、竜の尾が止まった。
……有り得ねぇ。
絶対に止まらないと思われた、其れの勢いを止めたのは乾坤一擲。
少女が繰り出した全力の右ストレートだった。

ちなみに俺の目は点になっている。色んな意味で。

嗚呼、地に伏して動けなくなった朝倉は長門が無事回収した。うん。
……なんかドッと疲れた。

「キョン君、ぼけっとしている場合では有りませんよ?」
古泉に肩を叩かれて我に返った。済まん。余りの作者のやりたい放題っぷりに我を失っていたようだ。……もう、お家帰りたい。
「同感です。では、此処らでそろそろ締めるとしましょう。キョン君、詠唱をお願いします」
あー……そうだな。そろそろ締めないと何時までも出番が回ってこないハルヒがキレるな。うん。俺もいい加減この馬鹿げた戦いに飽き飽きしていた頃だ。
で、古泉。俺は何を詠唱すれば良いんだ?
「ポニ=テ=エルモエ……例の禁呪です。アレを唱えて下さい」
さて、戦友一部を読んでいない人、及び古泉に言われるまでさらっとそんなものの存在を忘れていた俺みたいな人の為に一応説明すると、だ。
ポニ=テ=エルモエってのはLV1の頃から俺が覚えていた二つの呪文の内の一つで単体攻撃呪文。効果は説明書きによると「対象一体を時間断層によって現在、過去、未来から同時に消滅させる禁呪」だそうで。
正しく最終手段って言葉に之程相応しいシロモノも無いだろう。成る程。トリを飾るにはもってこいだな。
だがな、古泉。
「アレ、物凄ぇMP食うから一発しか撃てんぞ?其れに詠唱も長い。一分は楽に掛かる」
「フォローしますよ」
何食わぬ顔で言う超能力者。いやいや、問題は其れだけではなくてだな。
「後、この呪文、命中させられる自信が……残念ながら俺には無い」
問題はむしろこっちだったりするんだ。そして、俺がこの呪文を使う踏ん切りがつかなかった理由でも有る。

大概の呪文は詠唱終了後に目標を指定する。だから、普通に当たる。だが、この「ポニ=テ=エルモエ」ってのは其の辺が一寸違う。詠唱中に効果範囲を指定する語句が混じっているのだ。
其れだけでも厄介だってのに目標ではなく、空間座標で効果範囲を指定する呪文だったりする。つまり分かりやすく言い直すと、一寸でも竜が回避動作をしてしまえば避けられちまうって困った呪文な訳で。
「ならば、身動き取れない状況にアレを追い込んでしまえば良いのでしょう?」
簡単に言ってくれるな、馬鹿野郎。其れが出来たら始めから苦労はしてないんだ、馬鹿野郎。
「いえ、出来ますよ。ねぇ、長門さん?」
古泉が俺の背後に問い掛ける。って、うぇ!?
「可能」
頼むから無音で背後を取らないでくれないか、長門よ……。
「では、キョン君。覚悟を決めて下さい。乗るか反るか。一発限りの大勝負。賭けるのは僕達の未来。賞品も僕達の未来です」
笑えない話だな。
「全く、本当に」
俺と古泉はやれやれと肩を竦めた。

ちらりと岩陰を見やる。其処では横になって荒い息を吐く朝倉を、朝比奈さんが懸命に看護していた。重傷を負った朝倉も、其れを癒す為に回復魔法を連続する朝比奈さんも、相当辛いのだろう。どちらも脂汗を浮かべている。
俺達の為に命を張ってくれた少女達の為に、今俺が出来る事は何だろう。

「「許可を」」
古泉と長門が俺を見つめる。何時の間に前線から帰還したのか、其の輪に鶴屋さんも加わって三人で俺を見つめる。
背中に視線を感じて振り返れば、朝比奈さんと朝倉が此方を……否、ぼかすはよそう。俺を見つめていた。全く、皆して何だよ。何で俺なんかに全てを任そうとするんだよ?
ったく。……分かった分かった。GOサインを出すのは一般人代表の仕事なんだよな?
宇宙人に未来人に超能力者に竜人。皆、其々に命を賭けてくれたんだ。俺だって其れ位、背負わせて貰うさ。
こんな冴えない男でも、一応SOS団の一員だからな。
「よし、やっちまおう!」
俺の言葉にSOS団全員がハルヒみたいに眼を輝かせた。

だって仕方が無いじゃないか。
やるべき事とやりたい事が一致した人間はしあわせだって、ペンギンだってそう言ってる。

「詠唱呪文選択画面展開!術式構成開始!『ポニ=テ=エルモエ』!!」
俺の叫びがこの戦いの最後の一幕を切って落とした。自分で言うのもなんだが、其れはもう、研き抜かれた業物の刀みたいに鮮やかな切り口だった。

先ず動いたのは古泉だった。
「さて、行きますよ。此処からは……エラく、マジです。其の心算で、お願いします」
古泉が真剣な目付きで弓を引き絞る。其の矢の先には例の赤い光を灯して。
竜が其れを見て大きく吼える。びりびりと大気が震える。けれど、もう其れで震える様な奴は俺達の中には一人としていなかった。
腹を括ったSOS団に越えられない壁なんて一つとして無いんだよ。過去の事実が其れを証明してる。
さぁ、やっちまえ、古泉一樹!!あ、ちなみに俺は詠唱中だからこの辺は全部
心の声な?
「了解です」
心の声だって言ってるだろうが。返事をするんじゃない。
「失礼しました。ですが、今の貴方が考えている事なら、たとえ言葉にしなくとも分かろうと言うものです」
其れくらい、俺達の心は一つだった。

「ふんもっふっっ!!」
古泉が絞りに絞った矢を拘束から解き放つ。大気を切り裂く赤い閃光は一直線に竜に向かって疾り抜けて……外れた。って、オイ!?
「あはは……アレは、あちらさんのファインプレイと言いますか。あの傷ついた翼で良くもああ、回避出来ると言いますか」
……神は死んだ。死にまくった。
あー、戦友を終わらせるのはやっぱりと言うか結局と言うか、古泉らしい。
ハルヒ、コイツには天罰を与えるべきじゃないか?

「冗談ですよ」
見れば古泉は既に二射目の準備を終えている。其れも、避けられた一射目とは矢の光り方が明らかに違う。アレは先端に赤雷を蓄えた物だったが、今、古泉が番えている矢は其の全体を赤光に包まれていた。
「一射目は態と相手に回避を促して、体勢を崩させるための物。言わば虚実の虚。そしてコレが虚実の実。本命は最初から此方です」
其れなんて「かすみ二段」?
「いえ、ロマ○ガでは有りません。元ネタは『怪奇警察サイポ○ス』です。昔コロコロコミックに連載していた。大好きだったんですよ。キョン君、ご存知ですか?」
……幾つの設定だ、超能力者?っつか、心の声に返事するな、って言ってるだろうが。
「僕とキョン君は以心伝心です」
うわっ、本気で気持ち悪い。にやにやと笑むな、ニキビ治療薬の分際で!
「今のは本気で傷付きました……」
ウザいぞ、古泉。傷付くのは後にして、さっさとやってしまえ。
「了解です」
古泉はきっ、と竜を睨み付けた。そして大きく息を吸うと裂帛の気合と共に其れを吐き出した。

「セカンドレイドッッ!!」
俺達の希望を乗せた矢が赤く力強い線を描いて竜へと迫る!

……竜、回避。


もう、こうなったら笑うしかない。色んな意味で終わったな。
「いいえ、未だです。お忘れですか?僕の現実での設定を」
何が言いたい?
「超能力者なら其の証拠を見せろ。貴方は以前そう言いましたね。では、参りましょう。嗚呼、画面の前の皆さんもご一緒にどうぞ」
画面の前って何だよ。……嗚呼、こういう時ばっかり心の声なんて聞こえない、って振りすんのな!?

「まっがーれ↓」

竜の頭の上を過ぎ行こうとした赤き稲妻は古泉の言葉に答えるように、空中で大きく弧を描き、竜の後頭部を直撃した。
「僕の事はいっちゃんと呼んでくれて良いですよ、キョン君」
古泉は忌々しい事この上無い何時もの微笑みを浮かべて、そう言った。
何でこんな奴に見せ場を作ってやる必要が有るのか。忌々しい。嗚呼忌々しい。忌々しい。

「今です、長門さん」
色んな意味でダメな超能力者が振り向いて呟いた。釣られて俺も長門が居た方向を向く。そして、絶句した。
其処では長門が鶴屋さんに高速でジャイアントスイングをされていた。うん。意味が分からないし、笑えない。何、やってんだ、二人とも?
「今のあたしは発射台さっ!」
鶴屋さんが目をぐるぐると回しながら叫ぶ。え?コレ、笑うトコ?
まぁしかし、お陰で何となくでは有るが何をしようとしているのかは想像が付いたさ。ものすごーく外れて欲しい気持ちで一杯だが。
「有希っこ、準備は良いかいっ!?」
「……何時でも行ける」
コーヒーカップなんて目じゃない勢いで回されながらも何時も通りの口調で喋る長門。ほとほと思う。宇宙人と人類の間には、崩し難い堅固な壁が有る、と。
「よっしゃ、なら……」
鶴屋さんが回転速度を上げた。って、未だスピードアップするんですかっ!?

「征くっさ、有希っこ!!」
「……了解」

ハンマー投げの要領で鶴屋さんは長門を投げた。古泉の矢に匹敵する速度で飛ぶ少女を見ながら、俺はこのSSの先行きを案じていた。
思えば遠くへ来たもんだ。……嗚呼、誰か助けてくれ。

長門は高速で文字通り「飛び」ながらも、全く其れを苦にしてはいない様だった。否、元々表情の無い奴なのだから実際の所は分からないが。
空を疾りながら少女の口が動いている、様に見えた。動体視力に自信は無いので見間違えかも知れない。
「何ですって!?」
俺の隣で古泉が驚愕する。突然なんだよ、お前。吃驚するだろうが。
「いえ、実は僕、機関で読唇術を少々教えられまして。長門さんが口に出した台詞が、余りに予想外だったものですから……。驚かせてしまったのなら、申し訳有りません」
頭を下げるのはいいから、長門が何を口走ったのか教えてくれるか、馬鹿野郎。
「良いんですか?」
何だよ、其の前置き。
「彼女はこう言ったんです。『○津飯、技を借りるぜ』と」

……よーし、漸く戦友らしくなってきたぞぉっ!
嗚呼、もう色々諦めたよ。いっそ清々しい、晴れやかな気持ちで一杯だ。多分、悟りを開いたブッダってのは、こんな心境だったんだろうね。
思えば遠くへ来たもんだ。全くもってな!

長門が竜に向かって飛び掛る。一直線に。しかし、軌道が直線過ぎた。古泉の攻撃で体勢を崩している竜に回避は出来んだろうが、其の侭行けば竜に激突するだけで終了しちまうぞ。如何する気だよ、長門?
そんな疑問を持った俺の見守る其の先で、少女が二人に増えた。左右に分かれて正面衝突を回避する宇宙人。
……増えた、だと?
古泉、説明!
「恐らく高速移動による分身とか、そんな類では無いかと推測します。自信は有りませんが、其れ以外に説明が付きません」
俺の見守る其の先で、左右に別れた長門が更に二人づつ、計四人に分裂した。
古泉、説明!
古泉は首を横に振ると顔を上げた。
「無理です!」
コイツも漸く俺と同じ悟りの境地に達したのだろう。SOS団の説明役は其の仕事を放棄して、清々しい笑みを浮かべていた。

カオス此処に極まれり、である。

四人に増えた長門は其々前後左右の竜の脚に飛ばされた勢い其の侭に突っ込んでいく。見れば少女の足に、きらきらと光り輝く物が纏わり付いている。アレは……雪、か?
彗星は自身に付着した氷片を散らしながら飛び、其れが尾となって見える。そんな話を思い出した。今の長門は、まるでほうき星。
嗚呼、分かったよ。もう、難しい事は考えん。カオスも何も如何でも良いさ。そんな事よりも大切なのは、其の傲慢な虫野郎を黙らせるって事だ。そうだ。そうに決まっている。そう思い込むぞ、俺は。
だから……、

だから、やっちまえ、長門有希!
俺達SOS団を敵に回した事を、其の鋭い蹴りで後悔させてやれっ!

俺の思いを知ってか知らずか、四人の長門は空中でくるりと器用に一回転すると、二本欠けて四本となった竜の足の其々に対して、見ているこっちが惚れ惚れする程綺麗で強烈な蹴りを叩き込んだ。
其の破壊音が、俺には勝利を告げるファンファーレに聞こえた、って言ったら笑われるだろうか?
構いやしないさ。

古泉<大変です、キョン君。涼宮さんが余りに長く出番を待たされた所為で、失踪しました!!
キョン<ん……書置きが置いてあるぞ?何?「アタシ、戦友には出ないから」だと?
古泉<如何しましょう、キョン君……この戦闘の直ぐ後で涼宮さんの出番なんですが……
キョン<……ふぅ。仕方が無いな。おーい、ハルヒー!何時ぞや見たお前のポニーテールは、強烈なまでに似合ってたぞー?
ハルヒ<ふんっ!な、何、言ってんのよ!当然じゃない!!
キョン<はい、確保
ハルヒ<放せっ、この馬鹿キョンーっ!!
古泉<餅は餅屋、涼宮さんはキョン君、ですか。やれやれお熱い事です。

(……本スレにて感想を頂きました……)

ハルヒ<ほら、アタシの活躍を待ち望んでいる人だって居るのよ!だから早くアタシに出番をよこしなさい!!
キョン<分かったよ。じゃ、続きだ。
ハルヒ<え……マジ?
キョン<3レス程だし、お前の登場シーンまでしかないが、其れでも良いか?

長門による痛烈な蹴りが加えられた竜の四足は、しかし崩れる事は無かった。何せ、長門の蹴りは軽い。
幾ら鶴屋さんによって加速されているとは言え、其の威力は高が知れているし、逆に竜の脚を破壊する様な蹴りをぶち込めば長門の脚の方が只では済まなかっただろう。
なら、この蹴りに何の意味が有ったのか。
「終わった」
そう、一人に戻った長門が呟いた。竜に背中を向けて、すたすたと俺達の方に歩いてくる。オイ、危ないだろ。戦闘中に敵から眼を離すな、って某富樫の漫画で言ってたぞ!
「問題無い。この生物は後42.32秒行動出来ない」
そう言った長門の後ろに俺は見た。竜の四本の脚にちらちらと、先程まで少女の足に纏わり付いていた雪が付着しているのを。
「……凍結」
長門の音声に応える様に、竜の足の雪が一斉に氷塊へと化した。
「後は、貴方の出番」
長門は俺を其の真っ黒な瞳で見つめた。其処に紛う事無き期待の色を滲ませて。

かくて舞台は整った。動けない敵と、其れを一撃の下に屠り去る魔法。其の二つが、がっぷりと噛み合う。
「後20.80秒であの生き物は行動終了から回復する」
「間に合うかい、キョン君!?」
愚問ですよ、鶴屋さん。間に合う間に合わないでは最早無いんです。
この世界は劇場で俺達は役者。ならば役者は間に合わせるのが仕事でしょう?
間に合わせて見せますよ、意地でも。
俺の詠唱を固唾を呑んで見守る三人。きっと朝比奈さんと朝倉も背後で俺を見ているに違いない。既に座標指定詠唱が済んでしまっているので振り返る事は出来ないが、この背中の温かさが其れを証明してる。

「残り十秒」
「ふぅっ!」
長門のカウントに対して俺は溜息を吐いた。鉤括弧付きで。
俺は声を出したのだ。其れは詰まる所詠唱が終了した事を意味していた。
「術式構成終了。レディ?」
今回程俺の口から勝手に出る「レディ?」が嬉しかった事も無いね。
「さて、やるか」
俺の言葉に全員の顔が明るくなる。其れがとても嬉しくて、少し気恥ずかしい。
けれど、コイツが劇場なら。役者が恥ずかしがるのは反則ってもんだろう。
だから、出来る限り、格好付けて言わせて貰うさ。笑わないでくれよ、皆。
「じゃぁな、虫けら」

俺は叫んだ。
「ポニ=テ=エルモエ!!」

刹那、二十は下らないだろう数の黒い魔方陣が竜の体中に楔の様に打ち込まれた。

『ポニ=テ=エルモエ』
使うのは初めてだったからどんな魔法なのかは俺も知らなかった。
俺達の目の前で展開されている光景を何て表現すれば果たして正しいのだろうか。
「コレは一寸したスペクタクルですね」
古泉が言う。弓を肩に掛けているのは勝利を確信しているからか。
「すっごいっさ!めがっさ格好良いっさ、キョン君っ!!」
そう言って飛び跳ねているのは鶴屋さん。いえいえ、貴女が見せてくれた覚悟には到底及びませんよ。
「時間断層は通常目には見えない。物理的なものでは無いから。けれど、コレは間違い無く時間断層其の物。……理解出来ない」
長門、理解しなくて良いんだ。目に見えるままを捕らえるのが、俺達が肉体を伴って生まれた訳なんだから。


何時しか竜はもがくのを止めていた。己の死を悟ったのか。其の姿は迎えを待つ老人の様だった。

巨躯の各所に打ち込まれた魔方陣がどんどん其の数を増していく。薄っぺらなソイツは際限無く増え続け、終には竜の体を跡形も無く黒く覆い尽くした。
其れが徐々に竜の体を、更に大きくした様な途方も無い体積の黒い球形に変形していく。表面には矢張り、無数の魔方陣がぐるぐると回っていて。
俺達は巻き込まれないように朝比奈さんと朝倉の近くへと避難した。
息を呑んで事の顛末を見届ける二人。合流した俺達も無言の侭、竜の最期を見つめていた。

黒い球形魔方陣は少しづつ少しづつ大きくなっていったかと思うとある一点で、急速に其の縮み始めた。そして、卵大の大きさになったか次の瞬間、パッと弾けた。
辺りに黒い雪が降る。
其れがまるで竜の涙の様に俺には思えた。
幻想的な、光景だったとそう言わなければ嘘になるだろう。


戦闘は終わった。かに見えた。


安堵して、よし之から勝利を喜ぼうという俺達に、背後から声が掛かったのは唐突にして必然。

「ふーん、この山に竜が居るって聞いたから飼い慣らして乗り物にしてやろうと来てみれば……外出はしてみるもんね。中々、面白いモンが見れたわ」

嗚呼、漸く出番かよ。お前にしちゃ出番をエラく引っ張ったじゃないか。
思わず笑みが零れる。まるであの時みたいに、俺は其の声の主に会えた事を……正直に言おう。嬉しかった。
さぁ、ぶちかましてくれ。例の奴だよ。お前の代名詞とも言えるあの言葉。俺達が初めて出会った時のファーストサプライズ。
分かってるんだろ?
アレがなくっちゃ、始まらない。始まれない。

さぁ、出番だぜ、団長様。
朝比奈さんも、長門も、古泉も、鶴屋さんも、朝倉も、皆こんだけ頑張ったんだ。
お前がドジる事は許されないぜ。精々派手に打ち上げてくれ!

やっちまえ、涼宮ハルヒ!!

「魔界第一王位継承者、涼宮ハルヒ。
只の冒険者には興味無いわ。
この中に勇者、英雄、救世主、主人公が居たら、私と戦って殺されなさいっ!
以上!」
物語の主人公は、黒い雪をバックに、之でもかと満面の笑みを浮かべて叫んだ。
そして、俺も。自分でも気持ち悪いくらい笑っていたんだ。

涼宮ハルヒの戦友、はじまりはじまり。


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