ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友 間奏
「ふぅっ」
俺は椅子に掛けた侭で背筋を伸ばして、大きく息を吐いた。
ずっとモニターを見つめていた眼が痛い。目頭をぐりぐりと押さえて軽くストレッチをしてやる。ストレッチのやり方は我流で、実際効果が有るのかは知らん。
だが、眼が疲れた位で休む訳にもいかなかった。何せ俺には時間が無い。
手元に置いておいた室温のコーヒーを喉に流し込んで、眠気でオカしくなりそうな頭を今一度起こしてやる。
そうして俺は再度PCに向かった。

今、俺がするべき事はたった一つであり、やれる事もたった一つしかなかった。

「あの」事件から、気が付けば今日で三日が過ぎていた。
古泉と長門、其れに朝比奈さんは三者三様に事件の結末を変えようと必死になっているらしい。古泉から定期的に来るメールが其れを教えてくれた。
しかし結果は芳しくない、との事。
まぁ、当然だ。
あの事件に関して言えば閉鎖空間限定エスパーに何が出来る訳も無い。非超能力的な事件に対しての古泉は俺と同じ一般人だからな。
今の奴に出来る事と言ったら対抗策を考える頭の役割しか無いのだが、対抗策など有ろう筈も無い事を俺は誰よりよく知っていた。
アイツの存在が結末を如何足掻いても回避できなかった根拠。アイツ自身も言っていた。「皆が結果を変えようと奔走してくれたが、俺が此処に居る事が全ての答えだ」と。
古泉達が俺の為に動いてくれている事も、既定事項なら。
嗚呼。思い起こせば、之までに「既定事項」が覆った試しなど無い。

朝比奈さんは「あの」世界から帰ってきて直ぐに、TPDDを凍結されたそうだ。必死に上司とやらに許可を求めているが一向に返答が無く、又、TPDDが再度使えるようになるのが何時になるかは分からないとの事。
今や時を駆ける迷子となった彼女がどんな顔をしているかは想像に難くないが、実際には如何かなんて俺は知らない。
朝比奈さんとも古泉とも、此処三日程まともに顔を合わせていないからだ。
唯、ケータイの画面越しに状況を推察するだけ。

そう。俺はあの事件の後、文芸部室に一度も入っていない。
如何しても外せない用が有るからと、ハルヒに頼み込んで一週間分の休暇を貰った。俺の鬼気迫る様子から何事かを悟ったハルヒは、やけにあっさりと俺の頼みを聞いてくれた。

長門が異時間同位体との同期とやらを再開させたと、古泉からのメールで知った。なんでも、未来の自分に対して今回の事件の結末回避を促す為だそうだ。実際、長門ならば今回の事件も無かった事に出来そうではあった。
古泉と朝比奈さんも其処に賭けていたようだ。SOS団の万能選手の名に恥じぬ信頼の厚さだと思う。之まで幾つもの危機を乗り越えさせてくれた、長門に対する当然の期待だった。
しかし、結果は前述の通り。
「今日より九日以降後の私と、同期が出来ない」
長門は、文芸部室での長い沈黙の後、そう朝比奈さんと古泉に対して呟いたそうだ。

何でも同期を許可していない期間が有ると其の時間が壁となるらしく、其の期間を越えては同期が出来ないとの事だそうで。過去の自分に注意を促す事を、長門は最初から諦めていたらしい。
其処で長門は未来の自分に同期して、事件の回避を試みたって訳だ。
「今日以降、私が『其の日』まで同期を許可している可能性は極めて高い。私も、彼にはいなくなって欲しくは無いと考えている。
そして、其の考えがどれだけ時が過ぎても変わる事は無いと推測する。結論として未来の私は『其の日』まで異時間同位体との同期を許可している筈」
なんとまぁ、父親冥利に尽きる発言である。之が古泉から聞かされた内容で無く、俺自身に向けられた台詞だったら尚嬉しかったね。
話を戻す。長門の推測はあっさりと裏切られた。

「九日後の十六時二十三分を境に同期が出来なくなっている。又、其れ以前の三十分間の私にアクセスを拒む防壁が展開されている。何が起こったかは不明。
対私用に特化された防壁であることから解凍は困難。誰が仕掛けたものかも判らない」

結論から言うと、俺達に打つ手は無かった。
そんな事は最初から分かっていたけどな。

古泉、朝比奈さんに続き長門の線も消えた。
最終的にそんな古泉達が考え出した案は、奇しくも俺があの世界で佐々木から最後に聞いた言葉と同じものだった。
「僕は決めたよ。僕は君を救う為に涼宮さんから力を奪って神になる。
其れで僕は幸せにはなれなくなるかも知れない。願望を全て実現させる事が出来る力なんて、自覚してしまえば途端に世界が色褪せる事など分かっている。
だけど、君が生きているなら其れだけで幸せだと思い込める自信が有るんだ、キョン。
馬鹿な女だと、そう蔑んでくれないか?」
佐々木はそう言って笑った。親友の為に自らの幸せを投げ出せる女。そんな女の親友で居る事を其の時ほど悲しく、そして又、誇らしく思った事は無かった。
今現在、ハルヒと俺を除くSOS団と佐々木団(仮)は一致団結して、ハルヒから佐々木に願望を実現させる力を移し替える為の準備をしている。
詳しくは知らないが、其れなりの時間が必要になるらしい。一週間か、一月か。場合によっては数年がかりになるとの話で。だけど、佐々木達は断固として其れを実行に移そうとしているようだ。

言ってやりたかった。其の目論見は決して実現しないと。
俺の為に無意味な事をするのは止めてくれと。そう、言ってやりたかった。

朝比奈さんに、古泉に、長門に。
佐々木に、橘に、藤原に、周防に。

其れは全て無駄な事だと、俺は言えない。
別に此処まで来て自分の身が可愛い訳じゃない。そうじゃないんだ。
自分の為に必死になってくれている奴等を、命張ってくれている親友を眼の前にして、そんな事が言える程俺は大人じゃなかったってだけで。
「お前の仲間達は必死になってお前を助けようとするさ。其れにお前は何も言えない筈だ。感情すら、既定事項なんだよ」
そう言って、アイツは自嘲した。
其の顔を、俺はきっと忘れない。

「結構上手く書けているんじゃないか?」
キーボードをタイプする手を一旦止めて、之までに書いた文章を読み直してみる。そこそこ笑い所も有り、まぁ、上出来とはお世辞にも言えないが、自分が書いた物という色眼鏡を外してみても一応読める物にはなっていた。
之なら、ハルヒも及第点をくれるだろう。そう、この自伝小説の唯一の読者となるであろうはハルヒだ。
しかし、ペースが遅い。三日掛けて之では、俺は小説家には如何足掻いてもなれんな。別になりたい訳じゃないが。

長門との会話を思い出す。
「通常の人間である貴方にとって記憶の凍結は非常に危険。本来インプットされるべき情報が、固定化された記憶により阻まれるといった事が起こり得る。
恐らく、日常生活においても支障を来たす」
「構わん。やってくれ」
「私が貴方の記憶情報を覗き見る事になる。其れでも?」
「……嗚呼、頼む」
「……記憶の保持は一週間が限度。其れ以上は貴方の精神に負荷が掛かり過ぎる為に推奨出来ない」
「一週間か……もう少し長くはならないのか?」
「私が貴方の記憶情報を微細に分析すれば可能。しかし、私は其れをしたくない」
「したくない?何故だ?」
「分からない。回避出来ないエラー。私という個体は貴方の脳内を見たくないと願っている。
……今回は『事件』の有った二週間分の貴方の記憶を凍結する。時間指定で行う為に私は貴方の記憶を閲覧しないで済む」
「そうか。スマンな、長門」
「気にしないで」

締め切りはあの世界から帰ってきた日から数えて一週間後。つまり、後三日少々しか残っていない計算になる。
古泉から借りたノートパソコンの小さなキーボードにも漸く慣れてきた所で、此処からは少しばかりスピードアップ出来そうだが、其れにしても時間が無い。
なるべく克明に何が有ったのかを描写しなければならない。
そして、ハルヒにも読んで貰えるクオリティを維持するとなると、之は中々難しい。
けれど、やらないなんて選択肢は最初から無かった。
幸いにも此処まで書いた文に関しては、あの鬼編集長でも最後まで読んで貰えるレベルには仕上がっていると思う訳で。
後はこの勢いを維持した侭、間に合うか如何かが勝負だ。俺の記憶が途切れてしまえば、こんな物に何の意味も無い事は誰よりも俺が理解している。

出来る限り克明に。ハルヒに罪が無い事を分かって貰う為に。
出来る限り克明に。何故こんな事になったのかを誰よりもハルヒに理解して貰う為に。

三島由紀夫を気取る気は無い。俺は凡才で、取り柄も何も無い一般人だ。
だけど、之だけはきちんと言っておかなきゃならないだろう。

今、俺が書いている、之は、
誰 で も 無 い 俺 の
紛 れ も 無 い 遺 書 だ 。

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