ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友 8
「体調は如何だ、長門」
「平気」
そうか。まぁ、先刻に比べたら息は上がってないし、足元もしっかりしているな。
しかし、無理はいかんぞ、無理は。分かってるな?
「大丈夫」
そう言って俺の眼を長門がしっかりと見据えた、丁度其の時だった。
がさがさと木々が鳴った。鈍い足音共に饐えた獣臭が漂ってくる。如何やらおっとこぬしもお出ましの様だ。
やれやれ、ハーフタイムは終了らしい。短い休息だったな。さて長門、其れじゃ始めるか?
「背中は、任せる」
「おう」
長門が音も無く掌を高く掲げる。俺は其の意図を掴み取ると、其処に自分の掌を勢い良くぶつけた。
小気味の良い破裂音が森に響き渡る。
其れだけ。もう、俺達の間に言葉なんて要らなかった。

俺と長門の作戦を説明しよう。でもまぁ、作戦なんて言ってもてんで大したものではない。
一言で言うと「時間稼ぎ」だ。
今の俺達には圧倒的に火力が足りない。之が立案の大前提である。
長門の拳で傷を付けられないのは先刻御承知だし、俺の魔法もMPという縛りが有る以上与えられるダメージにも限界が存在するわけで。早い話、今の状況は「お手上げ」な訳だ。
「お前の宇宙人的能力で何とかならんのか?」
先刻の戦い振りから無駄だと分かっていつつも、其れでもちょびっとの期待を込めて聞いてみる。いや、ほら「ハルヒの創造物には干渉出来ない。しかし宇宙的能力は保持している」なんて可能性も無い訳じゃないだろ?
もしそうだったら、多少なりとも勝ち目も見えてくるかも知れず。
まぁ、長門による「無理」の一言であっさりそんな可能性は消えたんだが。
話を戻そう。
作戦の内容だが、お粗末と一言で言い表わせる杜撰な代物だった。
長門がフロントでデコイ。体力をなるべく保たせる為に、極力攻撃はせずに回避に努める。
でもって俺がアシスト。長門が回避に失敗した時のみ、魔法を使って敵の意識を逸らす役目だ。
無論、この作戦では奴が長門のみを律儀に狙ってくれる筈など無いので、俺も森の中を逃げ回る事は決定事項となる。
だがしかし、有効打が無い事も長門の体力に限りが有る事も、どうしようもない事実で。

さて、其れじゃ始めようか。長門立案、俺命名。「リアル鬼ごっこ」大作戦。
「貴方には名付けセンスが無い。……私達の子供は私が名前を決めようと思う。許可を」
ん、何か言ったか、長門?
「何も」
ほんのりだが頬が赤いのが気になるが、まぁ良い。本人が何でも無いって言ってるんだ。俺が気にする事じゃないさ。
「鈍感」
何故怒られねばならんのか、其の理由を知りたいと思った所で誰が俺を責められよう。
 
おっとこぬし様と俺達との命懸けもぐら叩き(俺達は常に叩かれる側)はそのタイトルのシュールさからは想像も付かないほど苛烈を極めた。
まぁ、実際の所は結構長い事戦っていた訳だが、其の辺は都合により端折らせて頂く。正直に全てを描写すると其れだけで二話分くらいになりかねず、そんなもんの何が面白かろうか、と作者が判断した為だ。
いや、俺もそろそろマジで「これ完結出来るのか?」と不安になってきていた頃合な訳で。だってもう、八章だぞ?普通のSSならそろそろオチに入ってる頃だろ!?
だがな、俺、未だLV1なんだよ。オチも明日も見えやしないんだよ。
如何かそんな此方側の事情もお察し頂きたい。そして出来る事なら貴方の暖かく、且つ広い心で全てを受け入れて前へ進んで行って欲しい。って何を言っているんだろうね、俺は。
……しかし流石に、全部をすっとばすのも些か緊張感に欠けるかも知れんので、此処では音声のみを所々抜粋して流させて頂く事にしよう。

「後ろから、お願い」
「無理無理無理無理ぃっ!」
「先刻一人でやってたのに比べたら、大分楽になった。感謝する」
「お前一人でやってるんじゃないんだから、そんな事言うなよ」
「貴方の相手は、こっち」
「至近距離は迫力有り過ぎるだろうがぁっ!!」
「速い……でも、平気」
「長門、辛くなったら言えよ。何時でも替わってやる」
「……未だ、いける」
「だーもう、洒落になってねぇぞ、この状況っ!」

……って感じか。何、抜粋に作意を感じる?奇遇だな、俺もそう思っていた所だ。
だが、深くツッコんではいけない。ツッコんでは負けだ。
之はあくまで戦闘中の音声であり、其れ以外の何物でもない事を俺は此処に強く言い含めておく。
だから、余り俺を白い目で見ないでくれ。なぁ、頼む。
「情報操作は得意」
……お前の仕業か。
「捏造であっても既成事実。此処から先の展開は推して知るべし」
知りたくも無いわ、ソンナモン。
「……いけず」
如何でも良いが尻尾を振るな、尻尾を!

俺と長門は戦っていた。既に二人とも満身創痍だ。直撃こそ奇跡的に喰らってはいないものの、彼方此方擦り傷切り傷だらけだったりする。
HPが0になるまでは行動に支障が出ない、今だけはこの世界に感謝だな。
俺は長門の様子を覗いながら本日何度目かももう覚えていない呪文詠唱に取り掛かった。
「術式構成開始。構成内容『オチ=ロ=カトンボ』」
俺が呟いた、其の瞬間に頭の中でけたたましく鳴るビープ音。意味は否定。
「MP切れ……か?」
其の事実に考えが行き当たり、途端に頭の中が真っ白になる。
長門へのサポートが出来なくなる。其れはつまりこの膠着状態の終焉を意味する。
其れはつまり、長門有希の緩慢な死を意味する。
「悪ぃ、MP切れた!逃げろ、長門ぉっ!!」
俺は叫んだ。長門は此方を振り向く。其の顔は無表情。
「分かった。助かった。有難う」
長門有希の口が紡いだのは、たった其れだけ。
「逃げるぞっ!逃げるって言ってんだろうが!こっちに来い、長門!」
絶叫しているのは……ああ、俺の喉か。畜生、余裕無ぇなぁ。格好悪いなぁ。喉痛いなぁ。
畜生、何で出て行けないんだよ、俺の脚!こんな時に走るのもう無理とか、言ってる場合じゃないだろうがっ!!
「大丈夫。後は任せて」
長門有希は「微笑んだ」。少なくとも俺の眼にはそう映った。其の後ろから化け猪が突進する。長門は動かない。否、もしかして動けないのか!?
「終わった」
何の事だよ、お前の三年余りの人生の事か?短過ぎるだろ?もっと、皆で、作りたい思い出も沢山有るだろう?こんな所で終わらせて如何するんだよ?
俺はもっと、SOS団の皆と、お前と、一緒に居たい。
「長門っ、兎に角動けぇぇぇぇっっ!!」
俺の喉が二度と使い物にならなくなっても後悔なんかしやしない。腹の底から俺は叫んだ。
結果から言うと長門有希は、微動だにしなかった。
 
「いいえ、動いて貰っては寧ろ怪我をします。けっして動かないで下さいね、長門さん」
俺の後ろから降った優男の声を、この時程嬉しいと思った事は無かった。一生の恥辱だ。

俺の後ろから放たれた矢が狙い違わず猪の左足を穿つ。おっとこぬしの奴も予想外だったようで、避ける事も出来ずに無様に地面にすっ転ぶ。
「やれやれ。如何やら間に合ったようですね」
古泉が腰を抜かしてへたり込んだ俺に向かって声を掛ける。
「古泉……お前、酒場で潰れてたんじゃないのか?」
「忘れて下さい。アレは作者の陰謀です」
……そうか。まぁ、良い。深くはツッコむまい。
「で、何で此処に居るんだ?」
俺の問いに対して古泉は溜息一つ。何だ、何が有った?
「大変だったんですよ?顔を真っ青にした朝倉涼子が酒場にやってきて……と、この話はまた後でゆっくりとやりましょう。
其れよりも優先すべき事項が有るようですから」
そうか。……そうだな。
「古泉、悪いが俺はMP切れだ。長門のアシストを頼みたい」
古泉は何時も通りの笑顔で頷く。ああ、こいつの余裕が今ほど心強かった時は無いね。
「了承しました。ですが、アシストすべきは長門さん一人ではありませんね」
古泉の言葉は俺には意味が分からなかった訳だが、直ぐに耳で理解させられた。

「お待たせ」
戦慄する森に響き渡るのは涼やかな声。
「ごめんね、キョン君、長門さん。遅くなっちゃった」
夜の闇に流れて溶けるのは漆黒の髪。
「でも、もう大丈夫。安心して良いよ」
手にするは友を守る祈りを込めた、鈍色の剣。

「私が来たからには、もう私の大切な人達には指一本触れさせないわ」
朝倉はまるで死神のように、冷酷無慈悲にそう宣告した。

「では、皆さん、ご唱和下さい」
古泉が高らかと、芝居掛かった口調で言う。いや、こいつの嘘臭い話し方は何時もだが、今回は其れに輪を掛けている。
だが、言わんとしている事は俺にも分かった訳で。之は所謂お約束って奴だろう。やれやれ、今回だけは助けられた借りも有る。
其れに気分も悪くないんだ。お前のお遊びにも乗ってやるさ。
「せーの!」

「反撃開始よ!」
「反撃開始です!」
「……反撃開始」
「反撃開始だ!」

之以上無く勇ましく、狼煙は上がった。

おっとこぬし<古泉と朝倉が戻ってきたことで2人に力が戻った。
いや……前以上の力が。ハルヒ……いい奴等を見つけたな。決心が鈍りそうだよ。
キョン<誰だ、オマエ?

形勢は瞬く間に逆転した。
長門一人相手でも梃子摺っていたと言うのに、其処に朝倉と古泉が加わってしまえばもう、敵に為す術など無い訳で。
俺には其れを横目に眺めながら之から如何すっかな、と考える余裕まで産まれていたってんだから、先刻までの緊迫した空気は何だったんだろうね。
之、もう俺の出番無いなぁ。
「敵が体勢を崩しました!」
楽しそうだな、古泉よ。悪いが今考え事してるんだ。話しかけないでくれるか?
「今がチャンスよ。一斉に仕掛けるわ!」
一旦敵と認識した相手には血も涙も無いな、朝倉。
「許可を」
……勝手にしてくれ。
フルボッコにも程が有る。朝倉も古泉も、こんだけ引っ張った相手に対して遠慮とかそういうものを知るべきだと思う。
如何にもな強敵がページ開いたら見開き一枚で吹っ飛ばされてるって、俺だったら軽く引くんだがな。現実なんてしかし、そんなもんか。

そんなこんなで戦闘終了だ。巨体が地響きを立てて崩れ落ちるがそんな事にはもう興味は無い。どうせ時間の問題だったからな。
俺としては強敵と書いて友に対して、ささやかなご冥福をお祈りするだけだ。
……三人共、戦いは終わったから其の相手のMPを減らす効果が有りそうな踊りはもう必要無いぞ。
「違う。之は勝利の舞」
長門よ、そういう阿呆な事はもう少し表情を作って言うもんだ。
「お約束ですよ、キョン君?一緒に踊ってくれないのは、いっちゃん一寸悲しいです」
馬鹿の住む星へ帰れ。
「えっと……如何してもやらなきゃいけないらしいの。規定事項、って言うの?そんな感じで……」
顔を真っ赤にして……恥ずかしいなら最初から踊らなきゃ良いだろうが、朝倉よ。
揃いも揃って馬鹿ばかりだ。俺の口から溜息が漏れた。はぁ。
で、之から如何するんだ、古泉。視界の隅で長門が未だ踊っているが、気にはしない。多分、其の内朝倉が気付いて止めてくれるだろう。
「そうですね。今日はもう遅いですし次のフラグを攻略するのは明日に回しましょう」
賛成だ。って事は今日はさっさと街に帰って解散で良いな。集合は……明日の朝に鶴屋亭で如何だ?
「解散、ですか?」
如何した、古泉。悪いが俺は疲れた。家に帰って寝たいんで、未だ連絡事項が有るんなら手短に頼む。
「え……ええ、分かりました。結論から言いましょう。僕と長門さん、其れに朝倉さんの三人には貴方の様な『生家』が設定されていません」
あ?其れって……。
「詰まり、必然的に僕達三人は野宿という事になります。勿論、貴方と、貴方のご家族さえ宜しければお家にお邪魔する事も吝かでは有りませんが……キョン君、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
何だよ。顔、近いぞ。
「貴方は僕と同じ布団で寝る事になっても構いませんか?」
全力で構うっつーの!
「ですよね。アハハ……ふぅ」
何だ、其の溜息は。安堵だよな。安堵の溜息もしくは会話に一拍置く為のもので解釈は間違ってないよな?
「涼宮さんが来客用の布団にまで留意してくれているか、というのは甚だ疑問です。恐らく、此方側の貴方の家にそんなものは無いと考えて良いでしょう」
同感だ。あいつにそんな繊細な物の考え方なんか出来るとは、俺も思ってはいない。
「僕は兎も角として、女性陣……取り分け満身創痍の長門さんに野宿をさせる、というのは気が引ける話ではありますね」
成る程。お前としては宿を取りたい訳だな。だが生憎、俺はそんな金持ってないぞ。其れとも喜緑さんが持たせてくれた之は、実は結構な大金だったりするのか?
皮袋を開けて中を古泉に見せる。表情の微細な変化から言わんとする事は容易く知れる訳で。
「残念ながら端金です。正直に言いましょう、宿代の足しにもなりません」
ほうらな。
王国の財政が本当にピンチなのか、俺に対する国の期待度を金に換算するとこの程度なのか。どちらにしても全く、気の滅入る話だ。
「……もしかして、キョン君は金銭的な理由で宿を取るのを躊躇っているのですか?」
「もしかしても何も其の通りだ」
慣れ親しんだ実家に帰って母親の飯が食いたいとか、そんな理由だとでも思っていたのだろうか、コイツは。
「其れとも何か?お前に宿の当てが有るのか?」
熟練冒険者御用達の馬小屋を只で貸してくれる宿でも知ってるってのか?
「はい。まぁ、僕も現在お金を持っている訳では有りませんが」
鶴屋亭で飲み過ぎてすっからかんです、と古泉は空の皮袋を振る。お前、宵越しの金は持たないタイプだったのか、実は?
笑って誤魔化す所を見ると図星だな。
「で、当てって?馬小屋は勘弁してくれよ」
「真逆。そんな所に女性を寝かせられませんよ」
作者は全女性パーティ組んでて、常在馬小屋だったりしたが。年取るとステータスの下がり方が半端無くなるからなぁ。と、まぁいい。真実蛇足だな、こりゃ。
「此処に来る前に其の辺は頼んでおきましたので、もうそろそろ来る頃かと。抜かりは有りませんよ」
相変わらず、要領を得ない喋りをするのは止めろと、何回言ったら分かるんだ、古泉。
「まぁまぁ。取り敢えずは待ちましょう。大丈夫です、あの人があの程度の頼みでそう時間が掛かるとは思えませんから」

俺は古泉に促されて其の辺の木に寄りかかって駄弁る事にした。
長門、そろそろ踊るの止めたら如何だ?気に入ったのか?でもな、どんだけ楽しくても傷に障る様な事は止めておくべきだと俺は思う。
朝倉も黙って見てないで止めてやれ!

まぁ、時間にして5分くらいだったと思う。俺が長門をエンドレスワルツから解放して、其れを不審に思った朝倉に問い詰められている所を古泉が見て笑う。
其れは少しだけ、ほんの少しだけだけど悪くない時間だった。朝倉がもし生きていたら、こんな時間が本当に有ったのかもしれないと、そんな心の痛みを残して。

静まり返る森に古泉が作った焚き火の、ぱちぱちという音とは違う物音が流れた。何かを引き摺る様な其の音は少しづつ此方に近づいて来る。
「おっと、来たようですよ」
古泉が立ち上がり、音の下方向に向けて火の点いた枝を振る。おお、人間灯台古泉と、今度からは呼んでやろう。
「やっほー、古泉君、待ったかーい!」
向こうからやって来たのは大八車、っつーのか?アレを引く喜色満面な鶴屋さんと……
「みなさーん、ご無事ですかー?怪我とか、してませんかー?」
其の大八車の上にちょこんと座る我等がエンジェル、朝比奈さんであった。
ああ、頭の上で揺れるナースキャップが素晴らしい。

と、言う訳でこの度、目出度くSOS団(世界の行く末に大いに気を使う、涼宮ハルヒに振り回される団)全員集合と相成った!
……この話、此処で終わっても良いんじゃないだろうか?


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