ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友 7
頭からだくだくと血が流れているが気にしてはいけない。気にしては負けだ。
「長門、現状を説明してくれ」
俺は努めて冷静に長門に問い掛けた。
「其の質問に対する回答は考えられるだけで四種に分類される。私にはどれから回答していけば良いのか、判断が付かない」
おお、何時もの長門節だ。この気の違ったような世界で「向こう側」の断片を見ると一寸嬉しくなるな。
「なら俺から先ずは質問だ。と言うか之を聞いておかないと話が先に進まない」
「何?」
「お前はこの世界の長門ではない『向こう側の世界』の長門なのか?」
ま、そうだろう。この質問に先を越すものなど有ろう筈も無い。
長門は俺の質問に数ミリではあるが首肯した。其れを見て俺は胸を撫で下ろす。
正直、コイツが「こちら側」の長門であったらと思うと恐怖だったからな。我等が切り札、万能選手長門有希が使えないとなると、ある意味「詰み」だ。
古泉や朝倉には悪いが、流石に奴等と一般人代表「俺」だけで対処できる状況とも思えん訳で。
素直に俺の心境を吐露すると「助かった」となる。
 
全く、何時もながら長門には依存と感謝のしっ放しだ。
 
「よし、なら後はお前が考える優先順位の高い順番で現状を説明してくれ」
長門が「良いの?」とでも聞くかのように首を傾げる。おう、構わんぞ。お前には責任を押し付けるようで申し訳無いが、俺はお前を信頼しているんだ。
「分かった。なら説明する。聞いて」
俺は手直に在った丁度良い大きさの岩に腰掛けて、長門の教授を受ける事にした。
「古泉一樹から聞いていると思う。この世界は涼宮ハルヒが創り出した閉鎖空間に極めて酷似したもの。実際には細かい部分で閉鎖空間とは異なる部分が存在するが、無視出来るレベル」
ああ、其の辺は古泉から聞いてるよ。そう言えば俺達の記憶をこの世界のものに書き換えられないように保護してくれたのはお前なんじゃないか、って古泉の奴は言ってたが、実際は如何なんだ?
「古泉一樹の認識で間違いは無い」
て、事は朝比奈さんも記憶を保護されているのか?つーか、朝比奈さんもこっちに来ているんだな?
「朝比奈みくるも例外ではなくこの世界に呼ばれている。涼宮ハルヒには仲間外れを嫌う傾向が有る為だと推測される」
だよなぁ。知ってはいたが、災害に巻き込まれる人が多いってのは嬉しくもなんとも無いぞ。せめてパンピーたる俺ぐらいは其処に含まないでくれ、ハルヒよ。
「無理。貴方は涼宮ハルヒに選ばれた」
ホント、何でだろうなぁ……。ああ、話が脱線しちまった。
 
悪いな、長門。続きを頼む。
「この世界が創造され、私達が其処に召喚される瞬間に私は涼宮ハルヒを除くSOS団の記憶に其々百二十八層のファイアウォール及び千二十四のデコイプログラムを展開した」
うーん、イマイチ其の数にぴんと来ん。しかしまぁ、意味する所は何と無く分かった。続けてくれ。
「デコイプログラムは全滅。ファイアウォールも九十四まで突破された。涼宮ハルヒの今回の改変能力は私の予想を上回り、もう少しで私達は記憶を改竄される所だった。今度はもっと上手くやる」
……そ、そうか。俺にはお前の懸念や苦労はこれっぽっちも分からんが、何にせよご苦労だったな、長門。
俺は長門の頭をぽんぽんと妹にやる様に叩いてやる。手の平に髪の毛とは違う、もっと硬質の、ざらざらした感触が有った。
猫耳。
そうだ、コイツについて聞くのを忘れていた。
其れと、頭を触られている間、ぶんぶんと振り回されていた尻尾について、な。
無表情を崩さないだけに、余計に性質が悪い。
 
「よし、長門。今、俺の知りたい事は朝比奈さんが健在か如何か、其の一点だ。だからこの手の話題は後で、古泉と朝比奈さんと合流して落ち着いてからにしよう」
「了承した」
まぁ実際、俺一人の問題じゃないしな。大体、長門の難解を極める説明は古泉に翻訳して貰わんと理解出来ん。
……翻訳して貰った所で理解出来ん場合も多いが。
 
「其れよりも火急を要する、聞きたい事が有ってだな」
「何?」
長門の耳がぴくりと動く。ああ、頭の上に有る方のな?
 
「其の耳と尻尾は何だ?」
 
猫耳猫尻尾に色々と際どい武道家服という、何処ぞの頭の悪い作者のツボを見事に心得た出で立ちの長門が「意味が分からない」といった眼で俺を見つめている。
頼むから、其の格好で俺を見つめないでくれ。
 
之もハルヒが望んだ事なのか?
いや、もしかして俺??
勘弁してくれよ、もう。
 
長門は自分の頭……否、耳を両手で触りながら小さく首を傾げる。
「猫?」
いやいや、猫の耳と尻尾なのは分かってるんだよ、長門さん?
俺が言いたいのは何でそんなオプションがお前に付いているのか、って事でだな……分かってるよな?
「この世界における私に宛がわれたキャラクターが原因」
意味が分からん。詳しく、且つ俺にも分かる様に説明してくれ。
「本来のゲームにおいて私の位置に在るキャラクターの属性が其の侭、私に転用されている。具体的に言うとバステト種」
バステト?
「この世界における猫と人の亜人種を指す言葉」
悪いがこの世界の元となったゲームを俺はやった事が無い。専門用語を出されてもさっぱりだ。
「今の私はバステト種『勇敢なるニャガト族』の戦士、ユキ。そういう設定」
あ、やっぱり『にゃがと』で正解なんだ。って、得心して如何する、俺。
「詰まり、此処での私の呼称は『長門』では無く『ユキ』が正しい」
其れは分かったがな。長門、其の眼は何だ?何時も通りの無表情を装ってはいるが確実に嫌な予感がするぞ、俺は。
「私達は今、この瞬間にも敵から襲われる危険性を抱えている。また、之からの事を考えると私が貴方のステータスを早急に把握しておくのは極めて重要だと考える」
ああ、言っている事は否の打ち所が無いのが憎らしいなぁ、オイ。
「貴方の現在のステータスを確認したい」
其の心は?
「ステータスウィンドウのリンクを推奨する」
いや、違うだろ。朝倉に続いてお前もか。お前も俺に言わせたいのか。
「其の様な意図は無い」
なら、何で眼を逸らす。
「貴方に自分の下の名前を呼んで貰いたいと、そう考える心境が私には理解出来ない」
長門、尻尾動いてるぞ。
「……うかつ」
 
うかつ、じゃねぇっ!
 
結局、長門の推奨はスルーする事にした。
「朝倉涼子は下の名前で呼んだ筈。……ずるい」
長門、少し見ない内に随分と人間臭くなったな。お父さんはお前が順調に成長しているようで嬉しいぞ。
何だ?何で、そんなにじーっと俺を見る?其の眼を俺は知っているぞ。何か企てている時の眼だ。長門表情学の権威である俺には分かる。
背中に嫌な汗が流れた。
「……前回、私の呼称に誤植が有った。作者は慌てて直したが私は知っている。この事実が周知となれば作者が叩かれる事は想像に難くない」
脅してるのか、脅してるのか長門?
「前回、私の名前を一箇所、『長t」
「ステータスウィンドウオープン!ウィンドウリンク、ユキ!!」
長門の言葉を遮って俺は叫んだ。
お父さんはお前が作者を脅す事を覚える程、順調に成長しているようで血の涙が流れるほど嬉しいぞ。チックショウ!
 
あんまり、話を脱線させ過ぎると何時まで経っても「終わりが見えないw」と言われかねない。さて、この辺で話を戻すとしよう。
戻すような明確な筋道が有ったのか、ってのは聞くな。俺にも分からん。
皆様は俺の初戦闘の相手が猪だったのを如何お考えだろうか。
スライムでもなく盗賊でもない、選りに選って豚の親戚である。
まぁ、考えようによっては俺に似合いの相手ではあるのだが、今回は様式美を大切にしていくんじゃなかったのか、ハルヒよ?
ん?作者がテ○ルズシリーズを好きなんじゃないか、って?いやいや、悪いがアイツはそんな素直な奴ではないよ。
ならば如何いう事なのか?
理由はすぐに分かった。
 
「長門、お前は『寧ろ此処からが本番』と言ったな」
長門は俺のステータス画面の、矢張りと言うべきか二枚目をじっくりと見ながら俺の質問に答える。
確認しているのは「習得呪文一覧」……だよな?
「言った。294秒前」
「其の発言の意味を教えろ」
長門は俺に促されて説明をする。……此方をちらりとも振り返らねぇのが忌々しい。
お前と言い朝倉と言い、何で俺なんかの好感度がそんなに気になるのかね?
 
「貴方が先刻狩った其の猪はこの森における動物社会の、謂わば『舎弟』に当たる存在。『舎弟』が狩られれば『親玉』が出て来るのは必定。
更に言えばこの猪から溢れる血の臭いは風に乗って既に森の隅々にまで行き渡っている。此の侭此処に居ては其れと接触する可能性は回避出来ない。
早急にこの場から移動する事を推奨する」
お前と言い、古泉と言い、そういう事は早く言ってくれぇっ!
「私は初め、現状説明を求める貴方の問い掛けに対して四種の回答を有していると言った。そして貴方に話す順番を任せる、とそう言った筈。
今現在、私が説明している事実は優先順位で言えば二番目に当たる」
そういや、そんな事言ってたような気もするな。
「私はすぐに話す心算でいた。しかし、一つ目の説明が終わった時点で貴方は『其れよりも火急を要する聞きたい事が有る』と言って、私に二つ目を話す機会を中々与えてくれなかった」
長門がじっと俺を見つめる。ああ、猫耳程度に動揺しちまった俺が悪かったよ、くそっ。
「分かった。長門、お前は悪くない」
「私は悪くない」
「ああ、この場合悪いのは俺だ」
だから、この危険地帯からさっさと逃げるぞ。LV1でボス戦なんかに巻き込まれたら洒落にならん。
「……もう遅い」
「あ、何だって?」
「志村、後ろ後ろ」
長門は俺の背後を見つめて無表情にそう言った。
背中に本日二度目の嫌な汗が流れる。如何でも良いが、そんな芸を何処で覚えたんだ、長門よ。
背後から猛烈な勢いの鼻息が聞こえてくる。ヤバい、先刻の猪の十倍は鼻息が荒い。あー、振り向きたくねぇ。
しかしまぁ、そんな悠長な事を言っていられる様な余裕は、背中にズキズキと突き刺さる殺意の篭った視線が許してはくれない訳で。
俺は嫌々と振り向かざるを得ず、そして、眼の前に現れた生き物に驚愕と溜息を嫌と言う程プレゼントして頂いた。
 
ハルヒよ、お前「版権」って言葉知ってるか?
 
今回の話を読んだスタジオジブ○の関係者の皆様には、如何か怒らないで頂きたい。之はアレだ。所詮、厨房の書いた二次創作だ。
目くじらを立てる様な価値の有る代物では絶対に無い。
 
さて、では俺達の前に出現したボスモンスターについて説明をしよう。
先ずは敬愛なる読者諸君、おっ○とぬし様って聞いた事有るだろうか?
賢明なる方々には上の一文で俺の言いたい事は伝わったと思う。判らんかったっていう少数派は、「乙事主」で検索するか、「ものの○姫」でも見てくれ。口で説明するよりも絶対早い事は俺が保障する。
百聞は一見の何とやら、だ。
まぁ、舎弟が猪なら、親分も猪なのは何と無く想像は付く訳で。
現在、俺の前には猪を二階建て一軒屋位に巨大化させた化け物が臨戦態勢でいる訳だ。
「違う。之は『おっとこぬし』。『乙事主』では無い」
うん、何のフォローだい、長門さんや?
「見た目は某映画に出てきた猪の長に酷似しており、生態等も粗完全なコピーと言える。しかし、之の名称は『おっとこぬし』。某映画とは関係の無い完全なオリキャラ」
無理が有るだろ。
「無理を通せば道理は引っ込む。道理はこのSSでは既に存在していないので、後は無理を通すだけ」
 
無表情に、しかし怖い事を言う長門。お前は何処のアニキだ。
確かに俺だって「戦友」の破茶目茶は知っているさ。しかし、其れにしたって目前に現れた獣はやり過ぎだと思う。
ポケモ○に続いて○ブリまで敵に回す心算か、ハルヒよ。
「多分、貴方の最初の相手が猪だったのは、之がやりたかっただけ」
長門が抑揚の無い口調で俺に説明する。だが、俺だってそんな事は分かっているんだ。
ハルヒの、いや、作者のやりたい放題っぷりは誰よりも俺がよく知っている。
あれよあれよと言う間に七章だからな。……もう、慣れたよ。
 
やれやれ、と言う間すら今回は与えて貰えないらしいが。
 
「下がって」
言いながら長門は俺の前に立って、猪を見据えた。其の小さな背中がやけに大きく見える。実に頼り甲斐の有るSOS団の小さな巨人だ。
俺って奴は本当に肝心な所で役に立たないな。何時もスマン。
「大丈夫。貴方は何もしなくて良い」
……この状況、何処かで経験した気がする。何て言うデジャヴ?
「私が、守る」
長門は静かに、しかし確かな決意を込めてそう言うと、自分の体の軽く見積もっても二十倍は有りそうな巨躯に向かって躊躇う事無く駆け出した。
「長門っ!」
少女の背中に掛けた俺の叫びを皮切りに、戦闘は始まった。
小柄な体に百万馬力、長門はたった一人で化け猪と戦っていた。
突進をひらりひらりとかわしながら隙を見て蹴りを、素早く動いて死角に回り込んで突きを、少女は的確に当てていく。
まるで弁慶と義経の戦いを見ている様だ。見た事無いけど、多分こんな感じで間違いないと思う。巨大なる猪は其の巨体が逆に災いし、身軽な長門の動きにまるで付いて行けていない。
一見すると、長門の優勢は間違い無いように思えた。否、少なくとも俺はそう思っていた。
ぼうっと木の陰に隠れて戦況を見ていた俺が、自分の浅慮さに嫌気が差したのは戦闘が始まってから暫くしてからの事だった。
 
何かがオカしい。そう気付いた時には戦況は既に逆転していた訳で。
確かに長門は速い。良く動く。目にも留まらないとまではいかないが、少なくともあの化け猪からしてみたら、厄介な相手なのであろう。
其れは判る。
今も馬鹿の一つ覚えで突進してくるおっとこぬしを上空に飛び上がって避け、また、避けながらも一撃を加えるのは忘れない。長門には全く敗北の要素は見えない訳で。
だが、敵側の余裕は何だ?
蝿に集られて鬱陶しそうに尻尾を振る牛にも似た、あの余裕は一体何処から来る?
其処まで考えて俺は漸く思い至った。
長門の攻撃では軽過ぎる。其の事実に。
思えば直ぐに気付くべきだったのだ。幾ら武道家とは言え、冒険の序盤。
長門のLVは一桁だと考えて恐らく間違い無い。
武器も持たない素手で分厚い皮膚を通してダメージを与えられる程の力は、常識的に考えて持っている訳が無く。
其れは山に子供用のシャベルでトンネルを開通させる行為にも等しい。
ゲームオーバー。そんな七文字がちらりと頭を掠める。
クソッタレ!何で長門が戦っている間に助けを呼びに行かなかったんだ。
少なくとも剣を持っている朝倉がこの場に居れば。否、古泉でも良い。どちらかでも居てくれれば何とかなった非常事態。
こいつは詰んじまったんじゃないのか?
 
ぐるぐると考える俺の視線の先、長門は今まで俺が見た事も無い荒い息を吐いていた。
少女の体力を奪う時間だけが、残酷に過ぎていく。
地に膝を付く少女。
ヤバい。長門の体力に限界が来ている。そして、其れを猪が見逃す道理は無く。
前回、道理など無いって言ってた気がするのに、其れでもおっとこぬしは待ってくれない。長門に向けて突進を敢行する。長門は其れを、しかし避けてみせるけれど其処に余裕は見られなくなっていた。
紙一重。そう言う表現がぴったり来る。見ている此方の寿命が十年は縮む。
さて、貴方がオリンピック体操選手並みの身体能力を持っていたと仮定して、二階建てバスが猛スピードで突っ込んでくるのを、何十回も何百回も避ける事が出来るだろうか。
答えは否。無理に決まっている。何時かは疲れ切って避けられなくなる時が来る。
今の長門がつまり、そうだ。
俺の見守る、小さな少女がちらりと俺を見返す。
無表情な其の眼は俺に「心配しないで」と語っていた。
そうかい、あくまで一人でやる心算かよ!
確かにお前は最初に「貴方は何もしなくて良い」と言ったさ。
確かに俺はお前みたいに勇敢じゃないし、今だってこうやってブルっちまってるヘタレ野郎さ。
だがな……。
 
其れでも、仲間を見殺しにする様な最低インポ野郎じゃないんだよ!!
俺の杖の先に、決意を凝縮した緑の光が、確かに宿った……気がした。
やがて、其の時は来た。
長門が足を縺れさせて地に倒れる。
猪が其れを踏み潰さんとゆっくりと足を下ろす。
「其処までだ」
俺は言った。
木の陰から出て、姿を晒す。猪の動きが止まって、奴は俺の方に視線を向ける。濃厚な殺意の篭った、強烈な視線。だが、俺はしっかりと其れに目を合わせた。
ブルっちまってる。そうさ、今俺は凄く怖い。
でも、其れ以上に長門を失う方が怖いって言うのは、確かな事実なんだ。なら、虚勢でも前に出るしかないじゃないか。そうだろう?
「其れ以上は、SOS団の団長に代わって俺が許可しない」
俺の体の前で蛍が揺れる。
「其れ以上、俺の仲間を傷つける事は許さない」
俺は一歩一歩、ゆっくりと猪に向かって歩いていく。奴との間隔を慎重に測りながら、ゆっくりと。
「俺が相手だ」
朗々と、詠う様に。
其れは一人の魔術師見習いが世界に牙を向いた瞬間だった。
 
古泉<このSSは「戦友」というタイトル通りに、熱いお約束的展開で進んでいく予定です。其の心算でお願いします。
藤原<ふん、之は言わば規定事項だ。仕方が無い。
 
「取り敢えず、其の薄汚い足をどけろ。お前の相手は俺だ」
俺はなるべく勝気に聞こえるように喋る。しかし、おっとこぬしは此方を見つめた後、視線を長門に戻す。
ヤベぇ。脚が震えているのがバレたか?
今にも奴は其の樹齢云百年の樹みたいに太い足で長門を踏み潰そうとする!
ええい、侭よ!
「オチ=ロ=カトンボぉっ!」
対象は……其の馬鹿デカい脚だ!
俺の杖から産み出された光の矢はお父さん(俺の事な)の意を律儀に涙ぐましく汲み取ると、奴の右前足に突貫した。
ぞむっ、と形容すれば良いのか、兎に角余り教育に宜しくない生々しい音と共に巨躯がバランスを崩して倒れる。
流石は自慢の息子だ。寸分違わず俺の狙い通りの場所に命中してくれる。
 
卑猥な意味に取ろうとした奴、前に出ろ。こっちは命張ってんだぞ。
 
この状況と、俺がすべき事は既に三度程イメージ済みだった。
猪が体勢を崩した今しか長門を救い出すチャンスは無い。俺は決死のダッシュで長門に近付くと其の小柄な体を抱え上げる。
「無事か、長門?」
言いながら一目散で退散。三十六計逃げるに如かず。こんなもん、やってられるか!
素手でガ○ダム墜とせ、って言われてるのと実際あんまり状況変わらんぞ、ハルヒぃっ!
 
「何故?」
両腕に抱え上げられた長門が俺の方を向いて言った。
「意味が分からん!何が『何故』なんだ!?」
幾ら小柄で軽いとは言え、人間……宇宙人を一人持ち上げながら足場の悪い暗い森の中を疾走している訳で、正直疲労は半端無い。声を一々荒げちまうのは仕方が無いと思う。
「何故、貴方は私を助けたの?」
「はぁっ!?」
いや、そんな「本気で理由が理解出来ない」的な眼で見られてもだな……って、うぉ、危ねぇ。長門見ながら走ってたら転ぶ。
俺は視線を森の先に戻して、長門の質問に少し考えながら答えた。
「お前はもし、俺がヤバい奴等に囲まれていたら如何する?」
「救う。しかし、其れは貴方が情報統合思念体の保護観察対象に含まれている事が理由」
「じゃ、其の保護観察うんたら、って言うのから俺が外されたとしてもう一度考えてみてくれ」
長門は押し黙る。
「助けてはくれないのか?」
長門の首が動いた気がした。多分、俺の眼を見ているんだろう。自惚れかも知れないが、そんな確信が有った。
「分からない。其の状況を仮想構築しようとするとエラーが発生する」
「そうか」
 
でも、お前は必ず助けてくれるんだろ、長門?
俺の服の裾を力一杯掴む、其の小さな手がそう言ってるよ。
 
「もう大丈夫。降ろして」
長門がそう言ったのは森の中の少し開けた空間だった。
「本当に平気か?長門、無理しなくて良いんだぞ」
「無理はしていない」
之からする心算だろ。俺には分かるぞ。
「この森の中でアレから逃げる事は不可能。之はボス戦。今、この一帯には入る事は出来るが出る事は出来ない、特殊なフィールドが展開されている。謂わば、結界」
マジか。……俺が逃げて来たのも無駄な足掻きかよ。
「此処から出る方法は一つ。おっとこぬしを倒す。其れ以外には無い」
「分かった」
俺は長門の肩に手を置き、屈んで目線の高さを合わせる。
「何でも一人で背負い込むのはお前の悪い癖だ、長門」
長門は数ミリ首を傾げる。良いから黙って聞け。
「此処に居るのはお前一人だけか?違うだろ。そりゃあ頼りにはならないかも知れんが、其れでもお前の他に野郎が一人居る。
ソイツとお前は今、同じ危機に瀕している。そしてソイツは少なくともこの世界じゃ居ないよりはマシ、程度には協力出来る筈だ。
なのに、何でお前は一人で危機を背負い込もうとする?」
 
長門の眼を見据える。
「お前は、一人じゃない。なぁ、此処に一人、お前と一緒に命を張ってやれる馬鹿野郎が居るのを知っているか?」
長門は大きく眼を開く。ああ、この眼を俺は知っている。コンピ研とゲームで対戦をした時に、見せてくれた吸い込まれそうな瞳。
「何時も何時もお前に頼っちまってるんだ。ピンチの時くらい、俺に頼ってもバチは当たらないと、そう思うぞ」
「……分かった」
長門はしっかりと頷いた。数ミリとかじゃなくて、子供の様にこっくりと。
「之から、貴方も危険に晒す事になる。出来る限り私も貴方を守るが、確実とは決して言えない。之は賭け」
長門の口から「賭け」って言葉が出るのは久々だな。構わんさ。俺の命くらいなら幾らでもベットしてくれ。
どうせ、お前が居なきゃとうに失っていた命だ。そうだろ?
仲間の為に半分くらいは何時でも賭けてやれる命だ。そうだろ?
「許可を」
傲慢不遜なあの畜生に、命って最強の武器の鋭さを身を持って教えてやろうじゃないか。
 
「よし、やっちまおう!」
 
こうして俺と長門の共同戦線が火蓋を切った。
 
長門<キュアブラック!
キョン<キュア……えええっ!?


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