ハルヒSSの部屋
オキノイシノ 2
「二つ」
「何が?」
「貴方の質問に対して僕が有している回答の数です」
そのピースサインは俺に数でも数えさせようとしてんのか? 忘れたい過去は心が潰れる程に有るが、流石に酔い潰れる程飲んじゃいないぜ?
「ハルヒが俺の部屋で不純な保健体育の資料を探してた事についちゃ、そりゃ二択だろうよ」
見つけたか、見つからなかったか。Dead or Alive。
「いい加減、その話題から離れて下さい。隣の部屋で寝ている少女の話をするのではなかったのですか?」
個人的に、性癖を知られているかどうかってのは、これからのSOS団内における身の振り方に大きく関わってくる話なんだが。
……まあ、いい。
「二つの回答ってのは?」
「嘘と真実です」
あっさりと言うニヤケ面。いや、「これから嘘を吐きます!」って宣言してから嘘を吐いちゃダメだろ。
「いいえ。よく考えてみて下さい」
「何をだ?」
「僕が示しているのは、あの娘に貴方が深入りしなくても済む『逃げ道』という名の嘘ですよ」
空になっていた俺のグラスと自分のグラスにクリアブルーのカクテルを注ぎながら、古泉は深い溜息を吐いた。
「貴方があそこまで狼狽されていたという事は……気付かれたのでしょう?」
超能力者はグラスを揺らしながら俺に問い掛ける。
気付いた?
何に?
……決まっている。
少女の特異性。
息をしていないのに。心臓は止まっている(であろう)にも関わらず。
それでも健康的な肌色をしている少女の特異性に、だ。
そう。まるで健常者にしか見えなかったから。だから彼女が息をしていない事に中々気付けなかった。
心臓が止まっているのに、その体を走る血管は確かに赤く。
普通に考えればそんな事は有り得ない。普通では有り得ないのならば……それはつまり普通ではないだけの話。
俺の周りには「そんなの」が溢れている。
「彼女は……少し訳有りなんですよ。貴方のお嫌いな、非常識な方面で、ね」
「少し?」
「発言を修正します。大分、訳有りでした」
「別に非常識が嫌いな訳じゃない。取り立てて好きでもないだけだ」
俺の言葉に古泉は一瞬だけ眉を顰(ヒソ)めた。
「そうですか。ん……まあ、それで良いでしょう。追及はしません」
「何が言いたい?」
「いえ、別に。……と、話が逸れてしまいましたね」
「……あの少女は訳有りだから、その『訳』に踏み込むかどうかは俺が選択しろ、って、そういう二択か」
真実と嘘の二択。
「ええ。今の発言は正に『我が意を得たり』というヤツですよ。彼女の事情を知ってしまえば、恐らく貴方は後戻り出来なくなるでしょうから」
後戻り……ね。
「ハルヒに出会った時からずっと、Uターン禁止の標識の立ってない道を見た記憶が無いぜ?」
いや、実際には一度だけ。俺には『帰り道』が用意されていた。が、それはここでは言うまい。
あの十二月は、俺と長門の胸の内にさえ有れば、それで良い。
「そういう意味ではなく……ですね。ああ、実際に見て貰いましょうか」
古泉はそう言うと、システムキッチンの戸棚から何かを取り出して、それをテーブルの上に放り投げた。
黒光りするゴッツいの。勿論、違法。
「……おま……これっ?」
「弾は入っていません。空砲ですのでご安心を」
「安心しろ? 無理難題もいい加減にしやがれ!」
「素晴らしいリアクションですね」
その言葉が褒め言葉になるのはリアクションの大きさを仕事にしているごく僅かな人達だけだ。俺はちっとも嬉しくない。
「……お察し頂けていると思いますが、モデルガンでは有りませんよ。本物です」
「頭が痛くなってきた。……なあ、古泉。ここは法治国家ジャパンなんだが」
「ええ、存じています」
どうやら古泉であっても、日本で銃を所持していると捕まる事くらいは知っているらしい。
「僕は何度か言いましたよね。こちら側は血腥い、と」
「隣で寝てる、あの娘もそっち側なのか?」
「ええ。ある意味では僕よりも余程」
古泉は自嘲気味に鼻を鳴らした。
「首元までドップリ、といった所でしょうか」
「つまり……あの娘に関する話を聞いちまったらもう日常に帰れない……とか」
「貴方次第ですね」
小泉は真面目腐った調子で言う。……否定しないのかよ。
「……僕の話を聞いて貴方がどう動くか予想が付かない以上、今回ばかりは貴方の選択に対して責任が取れそうに無いんですよ、僕には」
「はあ?」
なんだ、それ? なんだよ……その言い草?
俺の行動の責任を、いつ誰がお前に求めたってんだよ?
「なんか勘違いしてないか? ……俺だって、子供じゃないんだ。自分の選択に対してくらいは責任を持てる」
「え? 無理ですよ?」
古泉が腹の底から不思議そうな声で俺の言葉を否定した。

「だって、貴方は子供じゃないですか」

グラスを勢い良くテーブルに叩き付けたのはやはり俺の左手だった。
「喧嘩……売ってんのか、古泉?」
「いいえ、事実です。どれだけの人間が貴方の一挙手一投足に振り回されているか。その無責任な行動の尻拭いに躍起になっているか。貴方はまるでご存じ無い。知ろうとも……なさらない」
「また、ハルヒと機関の話か。いい加減にしろ。俺にはそっちの都合なんざ知った事じゃないんだよ」
「世界の行く末が関わっていても、ですか?」
「ああ。悪いが俺は一般人だ。世界も神様も俺には関係無いね」
古泉はニッコリと……壮絶な笑みを俺に向けて浮かべた。その表情を敢えて例えるならば百本の薔薇。
ただし、一つ残らず造花だ。
全身が総毛立つ。虎児を捕りに行く訳でもないのに、飢えた虎の巣穴に入り込んじまった気がした。
「今生きている筈の『世界』を自身には関係無いと言い切る、そこが子供なんですよ、貴方は」
古泉は、同世代の俺を「子供」と断じた。有無を言わせない眼力を持って反論を封じながら、更にソイツは言葉を重ねる。
「この世界を維持する為に、何が犠牲となっているのかも知らず。貴方に世界の裏側が知らされていないのは神の庇護と誇りある大人の意地である事にも気付かず」
肺から絞り出す様な声でそう言いながら、それでも古泉の顔は笑っていた。
「今だってこうして、深入りを避ける選択肢を与えられている。何も知らずにいられる逃げ道を用意され、そしてそれを当然と貴方は考えていらっしゃるでしょう?」
反論出来なかった。そもそも、喉奥から声が出てきてくれなかった。ひゅうひゅうと、呼吸器が不格好な音を鳴らすだけ。
「自分は一般人だから。ああ、なんて素敵な逃げ口上でしょうか。ねえ、いつか言いましたよね。僕も……いえ、機関に所属する全ての超能力者も、四年前までは一般人だったのですよ。
涼宮さんによって一方的に力を与えられ、強制的に役を割り当てられただけ。にも関わらず貴方は僕達を特別の様に言う。貴方は僕達が非常識な案件を処理する事を当然の様に言う。
……でも、今でこそ特異な僕達ですが四年前までは確かにそちら側に居たんです」

一連の俺への非難は、もしかしたら古泉が初めて俺に見せた「甘え」なのかも知れなかった。
全てが終わった後で思い返してようやくそれに気付くのは、きっと俺が鈍感な事よりも古泉が役者だった事が理由だろう。
千両役者。まさにそんな言葉がぴたりと当て嵌まる。
この時の俺は、古泉の言葉に込められた本当の意味に、まるで気付けなかった。

言いたい放題をやったせいか、古泉の声がいつもの穏やかさを取り戻した。
俺を詰(ナジ)る視線の冷凍光線もいつの間にか解除されてやがる。
「お願いが有ります」
古泉は頭を下げた。
「お願い?」
「はい。古泉一樹、一個人としてのお願いです」
「……機関も超能力も関係無く、ってか」
「いいえ。関係だらけです。その辺りは僕という人間とは切っても切り離せませんから。しかし、機関の思惑などでは有りません。……念の為」
古泉が立ち上がった。玄関へと消えていき、そして突如、部屋の灯りが消えた。
「うおっ!?」
「落ち着いて下さい。意図的にブレーカを落としただけですよ」
暗がりから少年の落ち着き払った声が聞こえてくる。
「行動の意味が分からん!」
「盗聴対策です」
「盗聴?」
「はい。コンセントから電源を得ているタイプは……いや、詳しい話はまた後日。今は時間が惜しいので」
闇の中を古泉の足音が響き渡る。ソイツは夜目が利くのか、実に的確に俺の腕を握った。
「……こんなんがお前の『お願い』には必要なのか?」
「先に言った通り、念の為ですよ。機関に横槍を入れられてもつまらないでしょう」
「お願いってのは?」

宵闇の中、古泉がチラリと笑った気がした。真っ暗な中で表情なんか確認出来る筈も無いのにな。
「とある少女の友達になっては貰えませんか?」

「……友……だちに? 俺が?」
「はい」
腕を引かれるままに隣室……眠り姫の寝室へと歩かされる。暗くて足元がおぼつかない俺には抵抗が出来なかった。出来た所で抵抗する事も無かっただろうが。
しかし、決して状況に流された訳じゃなかった。古泉の声が、俺にはどこか必死に聞こえていたからだ。
「ああ、そこのベッドにでも腰掛けて下さい」
「蝋燭なり懐中電灯なりは無いのか? こう暗いと『そこのベッド』すら手探りで、お世辞にも気分が良いとは言えないぜ?」
「ふむ、アロマキャンドルで良いですか?」
古泉は俺を置いて一度部屋を出ると、すぐに小さな明りを携えて戻ってきた。ラベンダーの香りを辺りに振り撒きながら。
「……甘ったるいな、その匂い」
「生憎香りのバリエーションなどは用意してなくて……鼻に付くのならば消しましょうか?」
「いや、堪えるさ。真っ暗よりはマシだ。右手の負担が今は何より困る」
「そうですか。いや、申し訳ない。実は貰い物なんです。僕自身もこの香りは……少々趣味とは添いかねます」
「へえ、クラスメイトの女子からか? お前、モテそうだしな」
……悔しくなんかないね。嘘じゃない。谷口なら血の涙を流すだろうが、俺はそこまで人間を捨てちゃいないんでな。
「いいえ。モテるだなんてとんでもない」
顔に張り付いたイケメンマスクを外してから、その台詞は言うべきだと思う。なんかムカつくから今度、額に「にく」って書いてやろうか。
翌日からお前のあだ名は「ミートくん」で決まりだ。そんな様子を想像して一人ほくそ笑む。ただ、問題はコイツのうたた寝現場に遭遇した事が無いって根本的な……計画が頓挫しちまった。くそ。
「これをくれたのだって朝比奈さんですよ。昔……文化祭の時ですか。映画撮影に付随する諸々の事後処理で睡眠不足だった僕を見兼ねられたのでしょう、寝付きが良くなる香りだ、と」
朝比奈さんの優しさは大天使並だよな。納得。そして畜生、この野郎。なに俺の知らない所で天使と交流してんだよ。羨ましい。憎らしい。
俺にも天使降臨の儀式のやり方を教えやがれってんだ。
「結局、当時は使いませんでしたけれど。こうして日の目を見たのですから、結果オーライですよね」
ゆらゆらと揺れる蝋燭の火に炙り出された俺達の影が、どことなく水面を漂うクラゲみたいに見える。
その影に程無く、三人目が混ざり込んだ。見上げれば古泉の腕の中に件の少女が抱き抱えられている。お姫様抱っこっていうのか、アレ?
「すいません。彼女を定位置に寝かせたいので、少し端に寄って頂けますか? ずっと押し入れでは、身体が辛いでしょうから」
「いや、俺がベッドから降りるよ。……そういや、本題、っつかその娘に関して未だ殆ど何も聞いてないぜ?」
「関心くらいは抱いて貰えましたか、この娘に?」
「抱かいでか。お前が俺をどんだけの冷血人間だと思ってやがるのか、たった今透けて見えた」
無関心を貫く方がむしろその不思議積載超過少女に限って言えば難しいだろうと考える訳だが。
「思っていませんよ。だから、貴方に首を突っ込んで頂けて……いえ、回りくどい言い方は止します。僕は今回、貴方の優しさに付け込むつもりです」
「優しさ?」
「ええ、優しさです」
少年が少女をベッドに横たえる。二人分の横顔が小さな明りに重なって浮かび上がった。
祭りの屋台で買った三百円程の玩具の指輪を、同じく変身ヒロイン仕様の玩具の宝石箱に収めて、飽かず眺める子供のような……そんな眼をしている古泉なんて見るのは初めてで。
今日のコイツはどこかのネジでも外れてんじゃないのかと勘繰りたくなる程に、表情の種類が多彩だ。いつもの笑顔一辺倒が嘘のようじゃないか。
……その視線の先で眠る少女と古泉の間には何かあったのだろうか。きっと、そうだろう。何かあったのだ。もしくはこれから有るのかも分からない。
「困っている人を見たら、貴方は放ってはおけないでしょう? それが普通の人に相談出来ない非常識な案件ならば、尚の事」
「人をどっかの霊界探偵みたいに言わないでくれるか」
俺は普通の高校生だっての。昔、誰あろうお前が保証してくれたじゃねぇかよ、古泉。
「しかしながら、あの霊界探偵と貴方は似たような立ち位置に居られる気はしますが」
「一度として手から変な弾を撃ち出した記憶は無いぞ。どっかの超能力者と違ってな」
「これは手厳しい」
いつもの丁丁発止。いつまでも続けられそうなやり取りだったが、それは唐突に打ち切られた。打ち切ったのはベッド脇の丸椅子に座る憂い顔の少年。
「彼女はTFEIの抜け殻……とでも言うべき存在でして」
「TFEI?」
どっかで聞いた事が有る単語だな。どこだったか。
「それって……そうだ。確か、長門みたいな宇宙人の総称じゃなかったか?」
「はい。この少女が僕に似ているのは、僕の遺伝子を利用して創られた『器』だからです」
絶句する。宇宙人とお前との間に何が有ったんだと問い質す、その言葉が出てきてくれない。そんな俺を見て古泉はクスリと笑った。
「……という嘘を吐こうと思っていました」
……え?
「嘘、だと?」
「ええ。先程、真実と嘘の二つ、僕には回答の持ち合わせが有ると言いましたよね。貴方が深入りを拒めば、今の嘘八百を真実として貴方にお伝えするつもりでした」
「ちょっと待て。俺はお前の出した選択に対して、どちらを聞くかの回答は未だしちゃいないぞ」
「時間切れですよ」
回答に制限時間が有ったなんざ初耳だ。ルールは最初に明確にしといてくれないと困る……だが。
「だが、この場合は真実を俺に伝えたくてしょうがない、って……お前の態度はそう受け取るべきなんだろ?」
「かも知れません。……疑問に、思いませんでしたか?」
「何をだ? 一々ぼかす様に喋るのは……こりゃもう、お前の癖なんだろうが、直す努力くらいしてみても罰は当たらんと思うがね」
目的語を明確にするように心掛けないと、そのままじゃハルヒみたいになっちまうぞ。
「精々気を付けましょう。と、話を戻しますが」
「おう」
「この娘を貴方の眼に触れさせたくないと僕が本気で考えたのならば、そもそもこの部屋に貴方を招き入れたでしょうか?」
「……実は引き合わせたかった、とでも言い出すのかよ?」
だが、それならなんで押し入れに少女を隠したのかが理解出来なくならないか?
出会いにはサプライズが必要だとか……お前の事だ。そんな下らない理由じゃないだろ?
「計りたかったんです」
「だから、目的語を言えっつの」
「貴方が、僕に対して個人的な興味を抱いてくれているか否か。それが知りたかった」
古泉は言って口許を緩めた。

……どうやら俺はしくじったらしい。
好感度テストの結果は聞かなくても分かる。家探しまでしてるんだ。俺に言い訳は出来そうに無い。
ああ、これは古泉に自分から深入りしようとした事に……なるんだろうな。そんなつもりは無かったのだが。
「じゃ、閉鎖空間が発生したって、あのメールは」
「ああ、あの時ケータイが鳴ったのはただのアラームですよ」
……謀られたっ!?
「事前に仕込んでたのかよ? しかし、いつだ?」
「高校生が帰り道でケータイを弄っていても、誰も……隣に居た貴方さえも不審には感じなかったでしょう?」
そりゃそうだ。俺だってテトリスしながら登坂とかしょっちゅうだしな。
そんな小細工、気付く訳が無い。
「じゃ、空き缶に俺が転んだのも? お前が足を払ったのか?」
「いえ、それは純然たる貴方の迂闊です」
そして今回の切っ掛けですね、と古泉。犬も歩けば棒に当たってピタゴラスイッチ。そんな気分だ。
……どんな気分だよ。
「分かった事が有ります。貴方は少なからず僕に関心を抱いてくれていた。嬉しかったです。ありがとう。だから僕は貴方にずっと伝えたかった話を今夜、伝えようと思った」
古泉のこの前置きは……まるで男女の始まりに聞こえた。背筋にぞわりと冷たいものが走る。
「おい、なんか雰囲気っつか、お前の眼がマジだから先に言っておくが……告白とかマジで止めろよ。お前が言うと洒落にならないからな?」
「告白? ああ、なるほど。貴方がどんな愉快な想像をしたのかは、なんとなく理解しました。が、残念。僕はノンケですよ」
やや、アブノーマルですが、とかそんな追加情報は要らない。知りたくも無い。
「それに、言いましたよね。彼女の友達になって欲しい、と。本当に、望みはただそれだけなんですよ」
「宇宙人、未来人、超能力者と交流が無くも無い俺だけどな、古泉。しかし流石に息をしてない相手との交流は無理だろ」
その手の専門家は恐山に居る筈だから、そっちを当たってくれ。いや、マジで。
俺は高校生で、イタコに転職した覚えはこれっぽっちも無い。記憶操作でもされていれば話は別だが。
「彼女は死んでいませんよ。なのでイタコの管轄外だ」
「……みたいだな。分かってたよ。死体を見た事は幸い無いが、その肌艶は死体じゃ有り得ん」
化粧では取り戻せない瑞々しさはなるほど、少女が息をしていないだけで健康体だという事の裏付けだってのは理解したよ。だが、肝心な所がサッパリだ。
「で?」
「何が『で?』なんですか? あ、このやり取り前にもやりましたね?」
そんなデジャヴは要らん。
「この娘は何者だ?」
「何者だと思いますか?」
得意顔で笑う少年。いや、山彦やってんじゃねぇんだからさ。質問を全く同じ質問で返すな。
「……お前の血縁者」
「おや、そんなに僕とこの娘は似てますか?」
「似てるな、かなり」
かなり、なんてモンじゃない。こうして並べて見るとよく分かる。二人は双子と見間違うくらいに似ていやがった。
ちなみに、性別の違う双子ってのは二卵性なので余り似ないとか……そんな豆知識はこの際どうでもいいな。
「DNA的には間違ってません。血縁と判断されるでしょう。ですが、僕とこの娘の関係を表す言葉は『有りません』ので、完全に首を縦に振る事も出来ませんね」
「血縁であって血縁じゃない? よく分からん話だな。そういや、名前は?」
「古泉イツキです」
いや、お前の名前じゃねぇよ。どんだけ自己主張激しいんだ、馬鹿野郎。
「ええ、彼女の名前でしょう? 一の姫と書いて一姫。発音は僕と同じです」
古泉一姫。それが眠り姫の名前。
「やっぱり血縁なんじゃねぇか」
「……そうですね。母親と、そう言えるかも知れません」
古泉が呟いた一言に、俺の眼が点になった。
「いやいやいやいやいやいや、それはない。この娘はどこをどう見ても、俺達と同年代だろうが」
「生物学的な出産では有りません。遺伝子提供元というのが一番近い表現ですかね」
古泉の手が少女の額に触れる。次の瞬間、俺は自分の眼を疑った。
少年の手が手首まで、まるで風呂に手を突っ込んで湯加減を見るくらいの気軽さで、少女の額を穿っていたからだ。
「え?」
「……ご心配には及びません」
古泉が手をズルリと引き抜く。少女の頭に空いている筈の男性の手首までがすっぽりと収まるだろう穴はしかし、まるで見当たらない。
「……手品?」
「いえ、種も仕掛けも有りません。つまり超能力ですよ。ただし『僕の』では無く『彼女の』ですが」
「説明しろ」
「ふむ……そうですね」
エスパーは夕陽を眺めているみたいに、眩しそうに眼を細めて笑った。
「噛み砕いて言ってしまえば、僕はこの少女の超能力で創り出された人間なんですよ」
一瞬、蝋燭に照らされていた古泉の影が見えなくなった気がした。勿論、気のせいだったが、しかしその奇妙な映像はなぜか俺の頭から離れてくれなかった。
影を無くしたどっかのヒーローと、古泉が重なったのだろうか。
空飛ぶ少年。ピーターパン。

『けれど、影を縫い合わせてくれるウェンディはどこにも居やしなかった』
先に言っておく。この物語はそんなオチだ。
ハッピーエンドでは、決して有りはしない。
そんなモンは、いつもいつも都合良く転がってる訳じゃないのだから。

古泉一樹。
高校生。
超能力者。
有する超能力は閉鎖空間と呼ばれる特殊な空間か、それに類似する空間でのみ利用出来る。
赤い球形のエネルギー体になる、同じく赤いエネルギー弾を撃つなど、おおよそ漫画やアニメみたいな事を平気でやってのける。
が、閉鎖空間以外では普通の人間と同じ。

俺と同じ。

それはつまりナイフで切られれば血が噴き出し、銃で撃たれれば死ぬって事だ。
「プロフェッショナルに狙われた場合、それも複数相手の場合は殺害対象が死を免れる事などほぼ出来ません。だからこそ、彼らはプロフェッショナルと呼ばれるのです」
そいつはまた……嫌なプロだな。
「ええ、全く。プロと言いながら仕事に流儀を持たない。言い換えれば何をしてでも殺す流儀、ですから。困りものですよ」
攻めるは易く、守るは難し。なんとなく俺みたいな素人にもコイツの言いたい事が分かるような気はする。
「人は中々しぶとい生き物ですが、しかし殺そうと思えば案外あっさりとしたものです。何の道具も要りません。むしろ後処理の方が面倒なくらいでして」
誰かに怪我をさせるのは案外簡単で、しかし怪我から身を守り続けるのは並大抵の苦労ではない。屈強なボディガードが何人ついていようが……時にあっけなく人は殺される。
「僕はデューク東郷では有りませんからその辺りの対処が割と大変なんです。……おかしいとは、思った事は?」
「思ったさ」
血腥い抗争に明け暮れている筈の、しかも敵対勢力から一番狙われてしかるべきである人間……それは、神のすぐ近くに送り込まれた工作員だ。
普通に考えれば、ソイツは無傷で居られる訳が無い。この世界で一番命を狙われている人間と、言っても言い過ぎてはいないんじゃないだろうかと考える。
勿論、古泉にはSPなんか付いてないし、コイツが身体に包帯を巻いている場面にも遭遇した事は無い。故に俺は一つの結論に達していた。
「だが、お前もよく言うだろ。ハルヒの望まない事象は起こり得ないって」
そう。アイツは友達が傷付く事なんか望まない。望む訳が無い。
「だから、お前がたまに口にする『組織間抗争』とやらで怪我を負わないのも、それの延長線だと思っていた。思い込んでいたんだが……どうやら違うらしいな」
……救急箱はよく使い込まれていて、超能力少年の生きている世界を俺に垣間見せてくれるには十分だった。
「なるほど、確かに納得出来なくは有りませんね。女神の庇護、ですか。ふむ。ですが、その仮説、内容としては僕の無事が先に有りきの、辻褄合わせな考え方と言わざるを得ない。非常に貴方に都合が良い話だ」
「俺に?」
「ええ、貴方に」
「お前に、の間違いだろ?」
「いいえ、僕ではないでしょう」
「訳が分からないな」
「おや、説明が必要ですか?」
つまりですね、と言いながら古泉は指を一本顔の前に持って来る。古畑任○郎か、お前は。説明する時には一々ポーズを取る必要でも有るのか?
「つまり僕が女神の庇護下に有ると思い込んでいれば、その間は貴方は現状に甘んじている事が出来る訳です。もしも、僕にその様な庇護が無いと知ったら。僕が恒常的に命の危機に晒されていると知ったら」
「……俺は動く、か」
「お優しい貴方の事だ。僕の現状をなんとか……」
一呼吸。
「なんとか、しようとしてくれるでしょう?」
保育所で親の迎えをじっと待つ、聞き分けの良過ぎる子供みたいな……そんな眼で見られても、困るだけなんだが。
なあ、買い被らないでくれよ。俺は決して面倒見の良い男じゃないし、暗殺者と対峙出来る様な胆力も持ち合わせが無い。
「しかし、世界で唯一、貴方にしか行えない事が有る」
沈黙。蝋燭がジジッと死にかけの蝉みたいに鳴いた。
「もしも、僕が死ぬ未来を朝比奈さんから伝えられたら」
どうしますか、と。古泉は小さく笑った。俺は少しも笑わなかった。笑える話題じゃ、ちっとも無かったからな。
「ハルヒを焚き付けて、何としてでもその未来を変えてやる」
考える間も無く即答。……だが、勘違いすんなよ。それは決してお前の為じゃない。
「知人が死ぬのなんざ出来れば御免被りたいし、救えるかも知れないと知っていながら何もしない人間はいない。ただ、そんだけだ」
「十分です。そんな貴方だから任せられる」

分かった事が有る。
古泉は俺の預り知らぬ所で何度も危険な目に遭っているのであろう事。
そしてもう一つ。
俺が気付かなかっただけで、俺に気付かせなかっただけで、
古泉は傷だらけになりながら戦ってきたという事。

「可愛らしい人でしょう?」
眠り姫のセミロングの髪を撫で付けながら呟くソイツ。
「僕の自慢の母親です」
同年代の少女を対象に取って母親と言い切る、前衛的表現が過ぎる残念なギャグにしかその台詞は聞こえなかったが、古泉は何時よりも真面目な顔をしていた。
「一姫は四年前、超能力に目覚めました。彼女が目覚めたのは、涼宮ハルヒという名の少女が作り出す空間で、彼女のストレスの具象化した存在と戦う戦士を創り出す能力……」
……おい、それって。
「先程言いましたね。つまり、僕を創造する力です」
……マジ、なんだな?
「えらく、マジです。この少女が僕の母親だという、その言葉の意味はお分かり頂けましたね?」
その台詞が真実だとしたら、な。だが、ちょっと待て。
「四年前まではお前も普通の人間じゃなかったのかよ?」
聞いていた話と矛盾する。だが、古泉の返答は至極あっさりとしたものだった。
「ああ、アレは嘘です」
「嘘っぱち!?」
「いえ、一姫の立場から見れば真実なので、強(アナガ)ち嘘とも言えません……か?」
はあ、と首を捻る古泉。しかし、溜息を吐きたいのは俺の方だっつの。
「……なあ、そんな話を俺にした意図はなんだ? この娘……一姫さん? だったか。彼女と俺を引き合わせたのはなぜだ?」
問いながら、しかし何となくではあるが予測は付いた。
口には出さない……けれど。

「涼宮さんの力が減衰している、という話はしましたね」
「ああ」
「恐らく、今年度いっぱいです。それで彼女の力は消えるでしょう」
「なぜ、そんな事が分かる?」
「朝比奈さんですよ。彼女が一年上の学年に居るのはなぜか? なぜ同学年ではないのか? 整合性の有る解は一つです。未来からの接触を行う必要性が来年度以降には無いから……でしょう」
「加えてハルヒの力が収まりつつあるという事実。いや、現実か」
……どうやら、俺の予測は外れじゃないらしい。
外れて欲しいと思った事ばかり。悪い予感ばかりが当たりやがる。
「導かれる結論は前述の通り。涼宮さんの力の消滅。どのような切っ掛けでか、までは分かりませんけれど」
「……なあ、そうなったら、さ……ハルヒ由来のお前ら、超能力者の能力ってどうなるんだ?」
ラベンダーの香りが、やたらと鼻に付いた。
「無くなる、でしょうね」
「なら……超能力で創られた……誰かさんは……どうなっちまうんだ?」
古泉は答えなかった。ただ、笑っていた。貼り付けた笑みを、されど決して崩さなかった。

古泉の身体が、少女の身体に沈んでいく。そこに底無し沼でも有るかのように。ゆっくりと。ゆっくりと。
間も無く、少年が頭の先まで見えなくなる。余りに非現実的な光景過ぎて、手品と言われたら逆に信じてしまうだろうな。
そんな事を考えながら見つめていた先の、少女の胸が穏やかに上下しだした。どうやら呼吸が再開されたようだ。

形の良い唇が、小さく、開く。
「ねえ」
出て来たのは、見目から予想していたよりも存外優しい声だった。
「目覚めにラベンダーは無いと思いませんか? ラベンダーは安眠を促す香りなのだから、効能が場面とまるで逆ですよね」
そう苦情を訴えて、彼女は眼を見開く。古泉と同じ、深い鳶色の眼をしていた。って、当然か。こっちが大元らしいしな。
「目覚めはグレープフルーツの香りがベストなのですけれど、ね。まあ、良いでしょう。そんな小さな事よりも」
おとがいが小さく動いて、大きな瞳に俺の姿が映る。
「おはよう。初めまして。でも、私、貴方の事をよく知っています。ずっと。一年以上に渡って、一樹を通して貴方を見てきました」
唇の端を緩めて、意図的に作られた微笑は、ああ、そりゃもう古泉によく似ていたとも。
「私の事は一樹から先程聞かれましたよね。なので、私からは取り敢えず一つだけ」
少女は上半身を起こして、ベッド脇に置いてあったアロマキャンドルの灯を吹き消した。
途端、真っ暗になる室内。ブレーカが落ちてるから、電化製品の待機灯すら付いちゃいない。更に悪い事には、この部屋のカーテンは光を遮断するタイプの代物で。
まるで何も見えない。一寸先は闇を地で行く室内。視覚が全くもって頼りにならないせいか、耳がやけに音を拾うようになる。
そのせいだろう、少女の柔らかな声がまるですぐ側で紡がれているように聞こえる。
具体的には正面五十センチくらいまで近付いているような。顔が近い、って感じだな。
……はて、俺の耳ってこんなに良かったか?


「私の『恋人』になって下さい」


鋭敏になった聴覚は少女の口から零(コボ)れ出す一字一句を聞き逃さなかった。
そして、その予想外の台詞に俺は素頓狂な声を挙げ……られなかった。それよりも先に、口が塞がれた。
……って……え? え?
何? 俺は今、何をされてんだ?
口の上になんかこう、柔らかくて温いモノが乗ってて……?
……冗談、だろ? ……いや、逆? 冗談では……しない?
息苦しくなってそれを振り払おうとしたら、何か湿ったモノに唇を撫でられた。ぞわぞわと、背筋が震える。
まるで剥き出しの神経を優しく擦り上げられた様な。悪寒と圧倒的な悦楽が俺を襲う。抵抗する力が、ごっそりと抜き取られちまう、その感触。
多分、悪魔が魂を吸い取る時はこんな感じなんだろうなあ、とか馬鹿な事を考える俺の、唇の上で唇が這い回る。
ああ、なるほど。
聴覚が鋭敏になったから顔が近付いてきたように錯覚した訳じゃなく、実際に顔が近付いてきてて。
灯を消したのは、まあ、こういうのは明かりを消してって相場は決まってるわな。
よし。ようやく納得した。


……つまり俺は今、キスされてんだな?


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