ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友 5
長門のメモを見付けた俺は其の後鶴屋さんと談笑しながら時間を潰し(酒は丁重に御断りさせて頂いた。古泉の二の舞は御免だからな)、現在時刻は午後五時過ぎ。
まぁ、恐らくフラグとやらは其のメモの事なのだろう。其れに有った通りに今、俺は隣の森に向かっている。メインストリートから外れた一寸寂しい感じのする道すがらである。
毎度の事ながら、長門のメモは分かり難いんだよな……内容は兎も角として、置いてある場所が。アイツ、俺が見つけなかったら今日一日待ちぼうけ喰らってたの、分かっててやってんのかね。
真逆のウォーリー信者でもあるまいに、はぁ。
ん?なんで独り言が続いているのか、って?ああ、古泉は酒場に置いてきたからな。五時になるまで待ったが、結局青い顔をした侭にぴくりとも起き出そうとしなかったアイツが悪い。
揺すって起こそうかとも思ったが、そんな事をしたら吐くとの鶴屋さんのお言葉も尤もだったので放置しておいた。
介抱とかは、まぁ鶴屋さんが如何とでもしてくれるだろう。見ていた感じああいった輩の扱いには手慣れていた様子だったし、餅は餅屋だ。酔っ払いは酒場の店員に丸投げした所で何の文句も言われまい。
言われたとしても、其れは古泉であって俺ではない。
 
さて、俺が夕暮れの方向に浮かぶ「↓目的地」カーソルを目指して一人で歩いたところ、唐突に声を掛けられた所から今回の話は始まる。
「遅かったじゃない」
声のした方向に目を向ければ、見るからに戦士風の格好をした少女が立っていた。
落ちていく夕陽を背に立っているソイツの、顔は逆光でよく判らない。けれど俺はソイツの声と、一字一句違わない其の台詞を覚えていた。
「お前は……?」
「そ。意外だった?」
長い髪を夕焼けで真赤に染めて。血の海に溺れる様な。
朝倉涼子が、其処に居た。
 
「冷静なんだね。もう少し驚いてくれるのを期待してたんだけど」
十分驚いてるさ。驚き過ぎて表情筋がフリーズしちまっただけでな。
「何でお前が此処に居る?」
心臓が早鐘を打つ。頭の中心で警報が鳴る。そんな俺にはたった一言を言うのさえ精一杯だった、ってんだから我ながらどうしようもないヘタレだ。
「貴方が心配だったから、って其れじゃダメ?」
笑えない冗談だな、オイ。
「でも本当なのよ。この先の森は昼間はそうでも無いけど、日が暮れてからは結構危険なの。古泉一樹も一緒だったのなら私が出て来る気は無かったのだけれど」
「そういう意味じゃない」
自分でも気付かない内に俺の肺は呼吸困難に陥っていた。
自分の呼吸音が五月蝿い。でも、聞かずにはいられない。残った生存本能と酸素を腹の底から搾り出す。
「もっと根本的な意味合いだ。如何して……如何してお前が生きているんだ、朝倉!」
俺の問いに、宇宙人製アンドロイドがくすくすと笑う。だが俺には笑い事ではない。悪いが全然違う。
心中はマジで殺られる五秒前リターンズだ。
「私が『向こう側』の記憶を持っていて良かったね、キョン君。そうでなかったら今頃私は『?』に押し潰されて泣いてたわよ?」
はっ、と俺は息を飲む。背中を冷たい汗が伝うのが非常に気色悪いが、そんな事には構っていられない。
朝倉の台詞が持つ意味……俺の目の前に居る朝倉涼子は「あの」朝倉涼子と同一であると、少女が自らが告げたのだ。たった一文で済む其の事実が、俺からもうミジンコ程にしか残っていなかったなけなしの心の余裕を奪っていった。
「お前は……」
恐怖で上手く言葉が出ない。俺は一語一語吐き出す様にゆっくり言葉を並べた。
「お前は、俺を、殺そう、として、長門に、消された、あの、朝倉、なんだな?」
朝倉は、思い出に有る、あの微笑みの侭で頷いた。
「厳密に言うと私は朝倉涼子では無いけれど、貴方の其の質問の仕方だと肯くしかないわね」
言いながら朝倉は静かに笑う。
「如何いう意味だよ」
「私は朝倉涼子であって朝倉涼子でないの」
何だよ、其れ。悪いが今は哲学の謎掛けなんかに付き合ってられる余裕なんぞ無い。
「待って。質問には一つづつ順番に答えてあげるから。というか、最初の貴方の問いへの答えが、其の侭貴方が抱いている全ての疑問への問いになると思うわ」
最初の俺の問い掛け?
「そう。何でお前が此処に居る、って疑問。流石は神に選ばれた者よね。実に的確な質問だったわ」
褒めてあげる、と言って手を打ち鳴らす朝倉。しかし、今の俺には其れを受け入れる余裕など微塵も無い。
「嬉しくなさそうね?」
「この状況で無邪気に喜べる奴が居たら見てみたいよ」
「そっか。うん、そうよね。私が昔、貴方にした事を考えれば当然かな」
そう言って拍手を止める朝倉。悲しそうに見えるが、そんな事は如何でも良い。
「えっと、質問に答えてあげるんだったよね」
「出来れば穏便にな」
朝倉は顔を顰める。だから、そんな顔をしても無駄だ。
「そんなに警戒しないでよ。何にもしないわ」
如何だか。悪いが俺にとってお前は危険度AA+のトラウマメイカーだ。
「ねぇ、質問に質問を返すようで悪いけれど、貴方は何で私が此処に居るんだと思う?」
こいつが此処に居る理由、だと?
「そう。万物には全て因果が有るのだから、私が此処に居るのにも相応の理由が有る筈でしょ?貴方は之を如何考えるの?」
俺は少しだけ考えて……思考はちっとも正常に回ってはくれなかったが……そして発言した。
「この世界はハルヒが創ったものだ。ならば、お前もハルヒに呼ばれた。其れが、この場合の因果だ」
「三十点」
赤点かよ。
「其れじゃ、答え合わせしていこうか?ふふっ、なんだかこんなノリも随分久し振りな気がする」
朝倉は楽しそうに微笑むが、俺はちっとも楽しくない。
「一つ目。この世界は涼宮さんが創った。外れてはいないんだけど、回答不十分で減点二十」
何だと?
「二つ目。私が涼宮さんに呼ばれた。之はもう、全然ダメ。ばってん。減点五十」
違うのか?
「貴方はこの世界に関して根本的な思い違いをしてる。考えてもみてよ、私には涼宮さんからこの世界に招待される理由なんて無いわ」
お前はハルヒにとって「謎の失踪女子高生」だ。招待される理由なら充分に有るだろ。
「元の世界の涼宮さんならそうかも知れない。でも、この世界の涼宮さんは私の事なんて欠片も覚えていない筈よ。世界改変の中心なんですもの。彼女の記憶はきっとこの世界のものに書き換わっているでしょうね」
朝倉の言う事は一理有る。未だ、ハルヒには遭っていないので何とも言えないが、其の意見には概ね賛成しよう。
「なら、長門か?」
長門がハルヒの世界改変に手を加えた、其の可能性は0じゃない。
「いいえ、其れも無いと思う。理由は私自身」
お前自身?
「私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。俗に言う宇宙人。其れは覚えているの。でもね、肝心の其の中身が全く分からないのよ」
意味が分からん。
「つまり、私には宇宙人が実際どういった存在なのかといった情報が記憶野に存在していないの」
宇宙人なのに宇宙人の事が分からない?
 
「長門さんが関係しているのなら、私は完全な形で此処に立っている筈。何故ならば私が彼女によって消失された時点で、彼女は私の構造解析を行っているから。『朝倉涼子』の完全な形のパーソナルデータを彼女は持っている」
三割ぐらいは分かったが、後はさっぱりだ。
「そう。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスとしての機能が今の私には欠落しているの。其れ所か、情報統合思念体に関する情報すら持っていない。変な話よね、其れが私自身と言い換えても何の問題もない存在の筈なのに」
あー、つまりお前が此処に居る事に長門は関係していないんだな?
「結論から、言え」
「つまり、今の私は強引に言うと只の女子高生なの」
此処で「いや、女戦士だろ」とかいうツッコミは無しだろう。空気読まな過ぎにも程が有る。
俺にだって其れぐらいは分かるさ。
 
長門<私の出番は?作者の脳内情報の改竄を情報統合思念体に申請する。
古泉<落ち着いて下さい、長門さん。必ず来ますから。
長門<私の出番を奪った朝倉涼子を敵性と判断。
古泉<飴玉、要りますか?
長門<……(こくり)。
 
朝倉は静かに話し始めた。其の姿は何時か美術の教科書で見た懺悔する女の絵を連想させ、俺は半ば毒気を抜かれていた。
「情報操作デバイスは無く情報処理能力も情報受信も人間並。運動機能すらこの世界に順応する様に書き替えられてる。ね、何処から如何見ても普通の女子高生でしょ?」
ああ。言っている台詞は電波さんだが、其れさえ目を瞑れば確かにな。
「意地悪言わないで」
「お前に宇宙人としての自覚が無いのは何となく分かった」
「自覚は有るのよ?機能と情報が足らないだけ」
揚げ足を取るんじゃない。長門か、お前は。
「だが、其れだけじゃハルヒの仕業じゃないとは言い切れん。先刻お前自身が言っただろ。ハルヒがこの世界に合う形でお前を創っていたら、宇宙人規格からは外れていた所で少しもオカしくはない」
朝倉は眉を少しへの字にして首を振った。
「キョン君は考え違いをしてるよね」
何?
「私が宇宙人だって事を、私がいない間に涼宮さんに喋ったりしたの?」
そんな事する筈無いだろ。其れこそ、世界の行く末に大いに気を使う、涼宮ハルヒに振り回される団、団長である俺が保障する。
あ、そんな団が在ったなんて初耳だ?其処は流せ。
「涼宮さんが全ての原因だったら、私は自分が宇宙人である事も『あちら側』の世界の事も知らない筈よね?だって彼女はそんな事知る由も無いもの」
「だから、其処は長門が……」
言いながら、之は先刻こいつに否定されたばかりの仮説である事を思い出す。俺って奴は自分でも悲しいくらいに頭が回らない。
「介入した?先刻も言ったけれど、もしそうだったら私はもっと完全な状態で此処に居る筈よね?」
つまりはハルヒでも長門でもない、第三者の仕業だと?
「勿論、私を創造したのは涼宮さんだけど、喚起した……設計図って言った方が分かり易いかな?其れを書いたのは別の人よ?そろそろ目星が付いて来たんじゃない?」
最悪の可能性がちらと俺の頭の上をかすめる。体中が震えた気がした。
恐らく、この考えで間違いない。俺の理性は其れが正解だと叫ぶ。他の可能性なんか有る筈も無い、と。だが、俺の心は其の考えを否定したがっていた。
「古泉」
間違った解答をしているなんて事は分かっている。アイツは朝倉の事を殆ど知らない。何よりアイツには朝倉を呼び寄せる理由が無い。
だから、之は単なる現実逃避。
「違うわ。ヒントをあげようか?」
喜緑さんは長門と同様の理由で却下出来る……のだろう。だとしたら、朝倉をこの場に呼び寄せる可能性が有る奴なんか、一人しかいない。
「私はこの世界が創られる、其の瞬間に産まれたの」
何時かみたいに道を歩きながら話す朝倉。俺は恐怖も忘れて、嗚呼コイツには夕焼けが似合うな、なんてぼんやりと考えていた。
「不思議な感覚だったわ。自分が何者か知っているのに、断片的に記憶が有るのに、今産まれたんだ、って分かっているのよ?」
朝倉が何を言わんとしているのかは、分かっていた。だから今はもう何も考えたくなかった。せめて、コイツが真実を言い出すまでは。
「そして私は、産まれる時に聞いたの。ある人の声を。ふふっ、もう誰か分かっているみたいだね?」
ああ。分かっていたさ。
お前の事を裏側を含めて其の「実情」を体感していて、なんたらインターフェイスではない、そんな奴は俺が知る限りでは世界に一人しかいないからな。
「其の声が、言葉が今の私の全て。其れが私が此処に産み落とされた理由。私が此処に居る理由」
朝倉の姿がゆらりと揺れる。俺の方が立ち眩みを起こしたのだと、気付くのには数秒掛かった。
「彼は、言ったの。『出会い方さえ違えば友達位にはなれたかも知れんな』って」
朝倉は笑った。
「ね、キョン君?」
無垢な少女の様な笑顔で。
 
考えた事が無かったと言ったら嘘になる。
もしも朝倉が宇宙人ではなかったら、アイツは俺を殺そうとはしなかっただろうし、長門に消される事も無かった訳で。
ハルヒのとんでもパワーが原因とは言え、誰が悪い訳でも無く。
後々よく考えてみれば朝倉は少し焦って先走りが過ぎただけなのかも知れず。
もしもアイツがSOS団に入っていたりすれば。
ハルヒに振り回されながら息吐く暇も無いジェットコースター並の速度で進む非日常を。
苦楽を分かち合いながら経験したとしたら。
溜息を、笑顔を、共に見せ合う事も出来たかも判らなくて。
ひょっとして友達くらいにはなれたかもなどと。
考えた事が無かったと言ったら嘘になる。
 
何よりも、朝倉が消えなくても済んだ筈で。
クラスメイトが目の前でいなくなるなんて経験をせずに済んだ筈で。
格好悪い話だけれど、ソイツは俺の心の片隅に間違い無く薄暗い影として蔓延っていて。
もしも、なんて考えるのは女々しいと分かっていたけれど、其れでも頭の何処かから離れなかった有りもしない可能性。
其れが、目の前の少女を産んだ。
 
俺の弱さが、少女を産んだ。
 
「そんな顔しないで」
朝倉は言う。
「貴方にそんな顔をさせる為に私は産まれたんじゃないから」
朝倉は言う。
「貴方を悲しませる為に産まれたんじゃないから」
朝倉は言う。
 
「笑って。そして、私の初めての友達になってよ」
朝倉は微笑んで言った。
 
鏡よ、鏡。俺は今、どんな顔をしてる?
涙が頬を伝わなかったのだけは、成長と言えるかも知れない。
 
橘<大変です、佐々木さん!真逆の「朝倉フラグ」が発生したのです!
佐々木<少し落ち着いたら如何だい、橘さん。ほら、折角喫茶店に居るんだから、ゆっくり気持ちを静めてコーヒーでも飲もうじゃないか。
大体ぽっと出の脇役キャラによって簡単にフラグが立つようなら私も涼宮さんも苦労はしてないというか何なのだろうねキョンのあの鈍さと言ったら(中略)と橘さんもそう思うだろう?
橘<ヒィ、佐々木さんのマグカップが独りでに割れた!?
 
俺は情けないがうなだれる事しか出来なかった。朝倉の口から出る言葉は、既に俺の心の許容限界を越えていたからだ。
「私の存在を望んだのは貴方で、実際に力を振るって創ったのは涼宮さん。つまり今の私は二人に因る合作」
じゃあ何か?お前は俺とハルヒの子供みたいなモンだって、そう言いたいのか?
「そう。初めに私が朝倉涼子であって朝倉涼子でない、って言った意味は之で理解出来たでしょ?」
「間違いないのか?」
「何が?」
「お前が俺とハルヒに因る合作、って点だ」
朝倉の首肯に目眩を覚える。何時の間に子持ちになってたんだよ、俺。
「確定ではないんだけどね。私には、貴方もしくは涼宮さんと接触していた時の記憶……ううん、私主観ですら無いから記録って言った方がこの場合は正しいかな?兎に角其れしか存在していないの」
朝倉の言う事を全て真に受けたとして、確かに其れは合作と判断するに充分な根拠だ。
「其れにね……私が二人の合作なら、この世界そのものも二人の合作って事になるよね」
突然話が飛躍する。俺は驚愕から朝倉の顔をマジマジと見てしまった。
「だって私はこの世界と共に産まれた、言ってしまえばこの世界の一部だもの」
朝倉は何て言った?この世界すらも俺とハルヒの合作?ホワイ?何故?
「だってそうじゃない。今私が此処に居る純然たる事実から、導き出せる別の解答が有ったら其れを教えて?」
お前がこの世界の一部だという根拠は?
「元の世界に私は既に存在していなくて、この世界の創造と同時に私が産まれたという事実。そして私は自分がそうであるという事を自覚してる。これでも未だ反論出来る?」
悔しいが、どんだけ考えても、そんなものは出て来なかった。
「別解は無い。だが、腑に落ちない所は有る」
「なぁに?」
「なんで俺の思考がこの世界の創造に一役買ったのか、って点だ」
自慢じゃないが、俺は宇宙人にも未来人にも超能力者にも太鼓判を押された平凡なる一般人だ。最近「平凡な」と言う冠詞に少し抵抗を覚えてきたがな。
「俺がハルヒの思考に関与出来る訳は無いし、アイツが俺の心理を気に掛けてくれるとは到底思えん。基本的に俺達の神様は自己中で他人の話を聞かん。俺の話となると尚更だ」
俺のもっともなる主張に対して……あれ?朝倉様、呆れていらっしゃる?
「其れ、本気で言ってる?」
わ……割りと。
「有機生命体流の高尚なジョークよね、うん」
冗談を言った心算は更々無かったのだが。
大きく溜息を吐く朝倉。そんなファミレスで大声出して燥ぐガキを見るが如き目で睨まれる様な事をした記憶は無いんだが。はてさて。
「涼宮さんも苦労しているみたいね。私も真逆此処までニブいとは思って無かったわ」
何か言ったか?
「ううん、こっちの話……はぁ」
朝倉よ、溜息を吐きたいのは俺だぞ?分かってんのか?
「涼宮さんが貴方の意思を尊重した理由、本当に分からないの?」
本気と書いてマジで分からん。知っているなら詳しく教えてくれ。
朝倉は額を押さえる。俺の仕草を盗らないでくれるか?
「分かったわ。私の上司並にニブくて頭の固い貴方の為に、出来るだけ分かり易く説明するわね」
有り難いんだが、如何にも言葉の端々に棘を感じるな。
後、お前、上司に問題が有ったらスタッフ○ービスな。宇宙人相手に仕事をしてくれるか如何かは知らんが。
「先ず、一番根本的な質問からするわ。『涼宮ハルヒは何故この世界を創造したのか?』」
其れも知らん。ハルヒ自身に聞いてくれるか。
「茶化さないで。ちゃんと考えてよ」
ああ?何で俺がハルヒの奴の考えを読まなきゃいけないんだよ……大体、アイツのろくでもなーい思考回路なんか、常人を自称する俺に理解できる訳が無いだろ。
全く……そういうのは自称ハルヒ心理学の第一人者、古泉が専門だ。ヤツを呼べ、ヤツを。
あの優男なら「出会え、出会えー!」とか叫んだら、マジで其の辺の木の陰から「呼びましたか?」とか言って出てくるに違いないぞ。まぁ、そんな事はせんがな。
真実出てきそうな所が怖ぇ。
「私は貴方に聞いてるの」
いや、だから人選を決定的に間違えてるぞ、朝倉。
「貴方でも分かる筈よ。涼宮さんはエキセントリックに見えて、其の実普通の思考回路を持った女の子だもの」
ダウト!ハルヒが普通の女子だったら普通の女子なんて此の世には存在していない事になる!
おい、朝倉……スルーか。
 
「思い出して、彼女は自己紹介の時に何て言ってたかしら?」
あんな有り得ない自己紹介、忘れる訳無いだろ。一字一句間違えずに復唱出来るぞ。「只の人間には興味有りません。この中に宇宙人、未来人、超能力者が居たら私の所に来なさい!」だな。
……。
「つまり、ハルヒは長門や朝比奈さん、古泉と遊ぶ為の箱庭としてこの世界を創造したのか?」
何て出鱈目なヤツだ。改めて目眩がしてきた。
遊び場を欲して世界を改変するなんて、ダイナミックにも程が有るだろうが、ハルヒよ。其の辺の公園なり、ゲーセンなりで我慢しておくという事が何故出来ない。
ん?……でも、一寸待て。だったら、何で俺が巻き込まれる必要が有る?
SOS団の仲間だからか?いやいや、アイツが仲間外れを嫌うのは周知の事実では有るが、其れにしても何かオカしい。
不整合だ。
第一、アイツは長門や朝比奈さん、古泉が普通の人間ではないという事を知らない。ならば、問いの時点で矛盾が生じる。
「うん、其の調子」
如何やら俺は知らずに口に出していたらしい。朝倉が合いの手を入れる。が、そんな事に構ってはいられない。
今、俺の脳は試験の時ですら出さない(出ない)絶賛高速回転モードだ。
「なら、アイツは何でこの世界を作った?」
SOS団と其の関係者をこの世界に召喚したのは何故だ?
決まっている。アイツが退屈していたからだ。ならば結論は当然として帰結する。
アイツは皆で遊びたかったのだろう。SOS団を含む、皆で。
「80点」
お、今度は中々の高得点だな。
「結構おまけしてあげたのよ?肝心な所はボヤけているし、涼宮さんの心境を考えると、本当は50点でも良いくらい」
ハルヒの心境、ね。全く、神様の心の中なんて俺達パンピーには雲の上だよ。
「少しは乙女心を理解しようと努めてくれてもバチは当たらないと思うわよ」
へいへい。
 
みくる<これ、なんですかぁ?どうして、戦友がこんなシリアス展開になってるんですかぁ?
古泉<作者が朝倉涼子を大好きだから、という事実から導き出される当然の結論ですね。因みに作者曰く朝倉さんの良さは「決して報われない横恋慕の切なさ」にあるそうですよ。
朝倉派の皆様には申し訳無いですが、之に関しては概ね僕も同意です。
朝倉<……うん、攻略って何?それ、無理。orz
 
「涼宮さんは本当はとても常識的で優しい人なの」
嗚呼、其の前提にツッコみたい。だが、朝倉の冷たい視線が俺に其れを許さない。長門のよくやる絶対零度のビームが俺の体に突き刺さる。
……分かったよ。大人しく聞いてやるから続きを話してくれ。
「だから、この世界を創る時、其処に貴方の思考が介在する余地を与えた」
朝倉はちらりと俺を見る。其の所作に何の意味が有るのかは分からない。
「理由は簡単。皆で楽しくゲームをする上で、自分一人が創ったルールでは対等で無いと考えたから」
成る程。で、何で其処に介在するのが俺の思考なんだ?また「貴方は選ばれた」とかの常套句でお茶を濁す心算か?
「其れは自分で考えてよ。残念だけど私には其れを話すことは出来ないわ」
其の口振りだと理由を知っているらしいな。
「ええ、だけど教えない。之は貴方が自分で気付かないと意味が無いもの。其れに涼宮さんも其れを望んでる」
そうかい。
まぁ、実際のところ、SOS団で一番の常識人だって言うのが選考理由だろうけどな。未来人に宇宙人……超能力者は一見常識人に見えなくも無いがアイツも所々頭のネジが外れてるからなぁ。
だとしたら、俺を選んだのはハルヒにしてはまともな選択であったと言えよう。少しだけなら誉めてやらんでもない。偉いぞ、ハルヒ。
朝倉、何故そんな可哀想なものを見る目で俺を見る。
「ニブいニブいとは思っていたけれど、此処までとは思わなかった……」
お前の中で俺がどんなパーソナリティとして扱われているのか、今一瞬透けて見えたような気がするぞ。
鈍重度「情報統合思念体の親玉≒俺≒アフリカゾウ」だな?
「強ち間違ってないかも」
 
頼むから、其処は否定してくれ。俺だって蚊に刺されたら痒いと感じるくらいには神経が通っている筈だ。
「本当?」
いや、其処真顔で否定するか!?
……いや、沈黙しないでくれ、頼む。涙が出そうになるから。
「えっと……話を戻すね」
「そうしてくれ」
あんまり冗長過ぎると、長門が出番を求めて文章を改竄しかねんからな。
「涼宮さんはSOS団の皆で遊びたかった。其れも普通じゃない、非日常で非常識で突拍子も無い、ドラマチックなゲームを望んだの」
まぁ、其の心境は分からないではない。ただ、其れを望んだ人間に願望を実現させる能力があった、って笑えないオチが付いただけなんだろう。
だがな、ハルヒ。普通は偉大だぞ。人間、分相応を学ぶべきだ。
「実際にはSOS団ではなくて特定の個人と遊びたかっただけなんだけど、ね」
……誰だ、其の傍迷惑な奴は。
俺が今から恨み言と恨み節とりんごウラミウタを熱唱してやるから、ソイツの名を言ってくれるか?正座させた侭、俺の歌を銀河の果てまで聞かせてやる。
「鏡に向かって熱唱したら?」
……相手は鏡面世界の人間か。また、厄介な属性持ちが出てきたもんだな。之もハルヒが望んだ事だとしたら、アイツには一度現実を直視する重要性を説いてやる必要が有るな。
「……はぁ」
おい、朝倉。あんまり溜息ばかりだと幸せが逃げるぞ。
「もう、嫌になってきちゃった」
明後日の方向を向いた朝倉の眼に涙が浮かんでいた。
俺か?やっぱり全面的に俺が悪いのか?
 
さて、結論を箇条書きにしてみよう。
 
・この世界は俺とハルヒに拠る合作である。
・ハルヒはこの世界で皆と楽しく遊びたいらしい。
・朝倉は俺の求めに応じてこの世界と共に生まれた、この世界の一部である。
・朝倉は俺と友達になりたい、らしい。
・上記より朝倉には俺に危害を加える意思は無い、らしい。
 
纏めると五行で済む辺りに、作者の文章力がどれだけ壊滅的なのかを察して如何か心優しい皆様においては余り叩かないで頂きたい。
俺ぐらいになると、最早其処にある種の妙味を覚えてしまうのだから、全く始末の悪い話では有る。
さて、結論が出た所で余りグダグダしていてもアレだ。早い所長門を迎えに行こう。
 
ん?待て、俺。
結論の五行、何か引っかかるぞ。「合作」?違う。「俺の求め」?違う、其処でもない。
そうだ、なんでこんな簡単な事に気が付かない、俺。
「朝倉、最後に一つだけ聞かせてくれるか?」
「なぁに?」
振り向く朝倉。そろそろ落ちようとする陽に、乱反射する髪が俺の眼には憂鬱に映る。実際には朝倉が憂鬱な訳ではないのだろう。
俺が、其の髪の持ち主にメランコリィを抱いちまっているだけだ。
恐らくは、一方的に。
「朝倉、俺、気付いちまったよ」
顔中に「?」を浮かべる朝倉。無理も無い。唐突にこんな事を言う奴は頭がオカしい。だが、俺には気の利いた言葉なんて思い浮かばなかったのだから、仕方が無い。
「お前『この世界と共に産まれた』ってそう言ったな」
俺の台詞に朝倉の顔が見る見る曇っていく。コイツも俺が何を言わんとしているのか気付いたのだろう。
「自分はこの世界の一部だ、ってそうも言ったな」
「キョン君、其の先は、止めて。言わないで」
朝倉が無理やり作った笑顔で嘆願する。痛々しい。
だが、此処で言葉を切る訳にはいかない。
「この世界は閉鎖空間と粗同じだと古泉の奴は言っていた」
この質問は、しなければならない、皮肉屋な運命が創造した規定事項だ。
ハルヒの所為では無い。
「閉鎖空間は規定事項を満たした時点で自壊する。なら」
誓って、俺がこんな質問をしなければならない事を、アイツが望むなんて事は無い。
だから、俺はこんな質問をしなければならない事で誰かを恨んだりはしない。
責められるべきは、誰あろう俺自身だ。
 
「なら、この世界がエンディングを迎えたら、お前は、如何なる?」
 
返答が分かっている質問をする、其の苦々しさにはどれだけ経っても慣れそうに無い。
朝倉の沈黙は、何よりも雄弁な回答だった。
 
「言いたくないなら、俺が言ってやる」
勿論、俺だってこんなクソみたいな結論など言いたくは無い。
だが、言葉にしなければならない。之はコイツを産んじまった弱い心に対する俺なりのけじめだと、そう思った。
「この世界がエンディングを迎えたら、お前も……此処に居る朝倉涼子も世界と共に消えちまう。違うか?」
「違わないよ。うん、そう。キョン君の言う通り。あーあ、嫌になっちゃうな。気付いて欲しい所には全く気付いてくれないのに、気付かれたくない所にはしっかり気付いちゃうんだもの」
そう言って朝倉は顔を上げる。
「無理して笑わなくても良い」
「無理なんてしてないわ」
「じゃあ、何で震えてるんだよ、睫毛も唇も頬も……顔だけじゃない」
「え?」
朝倉はおろおろと自分の顔を撫で擦る。
「あれ、本当……違うわ。こんなの私じゃなくって……」
「消えちまうのが怖いんだな?」
顔を覆った朝倉の指の隙間から、雫が落ちる。
「嘘……私には有機生命体の様な死の概念なんて存在しない筈で……」
「俺には死の概念が無い、っていう方が理解出来ないな。言わずもがなハルヒも、だろ。そして俺達二人から産まれたお前が死について知らない、分からないとは到底思えん」
お前が泣いているのはそういう事だろ。まぁ、産まれたばかりだから、分かんなかったんだろうけどな。そう諭す俺の前で朝倉は肩を震わせていた。
 
「なぁ、朝倉。お前は俺に付いて来る心算なんだろ?だが、何故だ?此処で俺の行く手を妨害する……流石に殺されたら敵わんが
……兎に角、俺を止め置けば、この世界はずっとエンディングを迎えない。お前は消失しないで済む筈だ」
朝倉が勢い良く顔を上げる。涙が空に弾けて散った。
「うん、それ無理。だって、私は貴方と友達になりたいんだもの」
そう言った朝倉は涙こそ眼に溜めてはいたが、嘘偽りの無い笑みを浮かべて見せた。
「だから、私は貴方の行く手を守る。貴方の役に立ってみせる。貴方の背中を守る盾となり、貴方の敵を打ち据える剣となる。貴方の一番の友人として」
其の瞳に映るのは俺の姿と凛とした決意。
「だからって、其れで死ぬ……いや、消滅したら意味が無いだろ?」
「キョン君は本当に、肝心な事には気付いてくれないんだね」
肝心な事?
「私だって……ううん『今の私』は死ぬのが怖いよ。でもね、キョン君」
今にも消えそうな夕焼けを背にしてしっかりと地に足を付け、背を伸ばして立つ朝倉の姿が女神に見える。
きっと、俺の眼の錯覚じゃない。
 
「其れでも私はキョン君の隣で笑って立っていたいの」
 
そう言って朝倉は鮮やかに微笑んで見せた。
其の笑顔に裏が無い事ぐらい、ゾウ並にニブい俺にだって分かるさ。
 
九曜<まさか−−の−−朝倉−−涼子の−−戦友?
藤原<現地人も予想外の展開だそうだ。続くらしいが、如何でも良いな。
 
「そうか」
こんな相槌しか打てない自分が心底嫌になるね。
「分かってくれた?」
一般人代表を自称して憚らない俺なんかに、朝倉が笑顔の裏に秘めた決意がどれ程のものかなんて、分かろう筈も無い。
命を賭するに値する覚悟なんて、幸運にも生まれて此の方出会った事は無い。
死に肉薄はしても、死が確定した事なんて無い。
ハルヒは何だかんだ言って、何時も俺に救いを用意してくれていたからな。
だから、お前が笑顔見せられる理由なんてちっとも分からない。
「単純よ」
朝倉の背後でとうとう陽が落ちた。落ちる間際、一際凄惨に朝倉の顔を照らし出して、やっぱり眼の前の少女は笑っていた。
其れをオカしいと、思わなかったのは俺の中の何かが麻痺しちまった所為だろう。
「単純な優先順位の問題。最初に言ったよね、私が産み出された理由。私が此処に居る理由」
残念だが、俺には命なんてそんな単純に割り切れるもんじゃない。
「其処は個人差かな」
簡単に言う朝倉。だが、どうか考え直してくれないか。俺の為に命を張るなんて止めてくれ。
「止めるのは、うん、無理」
頼むから。そんな自己犠牲精神、今時流行らない。
「キョン君の為なら、全部捧げても良いんだよ?」
「茶化すな、朝倉。俺は」
認めないぞ、と言おうとした。其の口を塞がれる。
「はい、此処まで。之以上は歩きながら話しましょう。陽も落ちちゃったし、長門さんをあんまり待たせても悪いわ」
そう言った朝倉は踵を返して歩き出す。俺も慌てて後を追った。
 
唇に触れた。其処にに残る熱は、朝倉が間違い無く此処に居る事を、少女が生きている事を、之でもかと声高に語っていた。
……未だ唇には、少女のしなやかな人差し指の感触が残っている。
 
キョン<長ぇよ!朝倉一人にどんだけ掛ける心算だよ!
朝倉<私の出番に不服なの、キョン君?
キョン<はい、おもむろにナイフON!


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