ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友 4
「おい、古泉」
俺は前を歩く、自称親友兼幼馴染に声を掛ける。
「何でしょう?」
振り返りもせずに答える古泉。まぁ、お前の顔なんて別に拝みたくもないから俺が気分を害することも無いんだけどさ。
「何処へ向かっているんだ、コレ?」
「酒場ですよ。先ずは情報収集。冒険の基本です」
いや、まあ? 確かに古泉の向かう方向の空に毎度御馴染み「↓目的地」カーソルは出ているさ。しかし、其の方向で酒場って判るなんざ。
「お前、矢鱈とこのゲームについて詳しいな」
ゲームと現実じゃ、方向感覚も勝手が違うだろうに。やれやれだ。
「涼宮さんに貸す前に四周しましたから」
四周って。暇だな、超能力者。其の有り余る時間を少し作者に分けて頂きたい。いや、マジで。
「冒険に関しての心配は無用かと」
おうおう、心強い事だな。
「今の僕は歩く攻略本です。やまも」
「山本周五郎はそんな事言わん。話を戻すぞ」
前を歩いている古泉のペースが落ちたような気がするが、そんな事は如何でも良い。心なしか奴が肩に掛けている弓の弦が撓んだ気もするが、其れも気の所為だと思おう、うん。
話を続ける。
「お前はこのゲームに相当入れ込んだんだろ」
「其れはもう。僕の高校一年間はこのゲームと共に有ったといっても過言ではありません」
お前……バイトって言ってたのの何割が嘘だよ。
「七……二割程ですか」
鯖読むのにも程が有るだろ!っつーか、お前どんだけ団活サボってんだよ!
本当にこいつがSOS団を大切に思っているのか怪しくなってきたのは、俺だけじゃ、決してない筈だ。
「流石に12月に貴方が頭を打った時はやっていませんよ?」
遠くを見ながら言っても全然説得力が無い。
「現実には、逃避したくなる瞬間があるものです」
毎回律儀に帰ってこなくて良いぞ。其の侭旅立ってもう一寸マシなお目付け超能力者と交代してくれ。
「……まぁいい。って事はお前はこのゲームの隅から隅まで知っている訳だよな」
「プログラマーの次くらいに、ですが」
古泉。其れは謙遜に見せかけて謙遜でも何でも無いぞ。バカゲーマー此処に極まれり、だな。
「しっかし……なら、今更酒場で情報収集なんて意味無いだろ」
今までずっと俺に背を向けていた古泉がくるりと俺に振り返る。其の顔に憤怒の面を貼り付けて……おお、レア顔だ。
「貴方はゲーマーの風上にも置けない人だ!」
古泉が吼えた。なんだ、いきなり。訳が分からんぞ、お前。
「ゲーマーならば! 真のゲーマーならば惚れたゲームは通行人の一人一人にまで声を掛けるべきなのです! 時間経過によって変化するモブの、全ての台詞を回収してこそ其のゲームを作った人間が浮かばれる。この事を全く貴方は理解していない!!」
き、気持ち悪い……少し落ち着け。
「之が落ち着いていられますか!? いえ、流石に台詞の全てを堪能しろ、と言うのは些か自分でも行き過ぎだと分かっています。ですが、貴方は其れでも淡白過ぎる! 何が『ゲーム大好き、いぇーい♪』ですか! 笑わせるな!」
おお、言葉遣いまで変わりやがった。
「『いぇーい♪』は言ってない気がするが」
「そんな事は瑣末な問題なのです!」
俺にとってはキャラ崩壊の危険性がお前の発言には含まれている訳で、そう簡単に看過出来ない問題なのだが……まぁいい。古泉よ、酒場ショートカットぐらいで大騒ぎするなって。
「冒険といえば何は無くとも先ず酒場でしょう!」
男の様式美が過ぎるぞ、其の発言。何処の漢だ。
「今回はフラグの関係で行かなければシナリオが進まないというのも有りますが……」
「そういう事は先に言え」

フラグ云々は初耳だぞ。
「其れで無くともこの場は酒場に行くべきなのです!」
何だ、其の俺様的規定事項は。ジャイアンか。ジャイアンなのか。
「規定事項! 規定事項!」
ガキか、お前は。えーい、うっさい。

泣くな。しゃがみ込むな。駄々を捏ねるな。俺が悪かった、と一応この場を取り繕う為に言ってやる。ほら、付き合ってやるから泣き止め。
「うぐっ……ちなみにフラグを立てなければ近くの森に行っても仲間となるべき武道家が出てきません」
だから、そういう事を先に言えって。
という訳でシナリオを進める意味でも、古泉の暴走を防ぐ為にも俺達は酒場に行く事になった。……ちなみにお酒は二十歳になってからだ。
「古泉、目を逸らすな」
呑む気満々だな、オイ?
 
酒場の看板に似つかわしいイラストって言ったら何だろうね。まぁ、酒瓶で有ったりグラスで有ったり、人に依ってはピストル最高とかネオンで出来たお姉ちゃん至上主義なんて人も居る筈で、聞くまでも無く意見は様々であろう。
かく言う俺も、作者もあんまりそういった場所とは縁が無い。以上、あんまり広げられない話題なので深い詮索はしないように。
話が逸れたな。酒場の看板に似つかわしいイラストって何だろね、って話だ。
もしかしたらそこで帰ってくる答えから性格判断とかが出来るかも知れない、こいつは下らなそうに見えて実は深いふかーい問いであるのかも判らん。
だが、街頭アンケートを採った所で其処に「鶴」って答えが出る事は先ず無いと俺は思う。無いよな?
そんな解答する奴の性格判断ぐらいならフロイト先生に相談するまでも無く俺にも出来る訳で、其の判断に間違い無いと断言しよう。

ソイツは電波さんだ。
善良なる一般市民は間違ってもそんな奴に近づいたり、付いて行ったりしてはならない!
要するに何が言いたいかと言うと、だ。

有るんだよ。

現在進行形で。

酒場の看板に。

鶴が。
俺と古泉が立っているのは酒場の看板としては有り得ない巨大な鶴が飾ってある、趣味が良いとはお世辞にも俺には言えそうにない酒場の前である。
何処から水を引いたのか一寸理解に苦しむ用水に人の身長ほども有る水車が回り、其れを動力として鶴の羽がばさばさとウザったく動いている。
蟹道楽みたいな佇まいと言えば分かる人にはリアルに想像して頂けるだろう。
「あの……そういう人を選ぶ比喩は如何かと思いますが」
何を言うか、古泉。二次創作の面白さは寧ろ其処、分かる人にしか笑って貰えない小ネタに有ると作者は信じて疑っていないぞ。
大体、お前の其の発言は数多のクロスオーバーSSと其の作者達に喧嘩を売っている。神人なんて目じゃないくらいに住人にフルボッコされたいのか?
「僕達は神人をフルボッコしている訳では無いのですが……簡単そうに見えて、アレで結構命懸けなんですよ?」
悪いが俺には機関員複数に因るリンチにしか見えん。男ならタイマンだろ。
「其れ、遠回しに『死ね』って言ってますよね」
邪推だ、「自称」親友よ。お前も「自称」親友の心算なら俺の事を少しは信じてみたら如何だ?
「格好良い台詞ですが、何でしょう……今だけ貴方の考えている事が手に取る様に分かる気がします」
ほお、言ってみろ。
「古泉って『大空に笑顔でキメ☆』が良く似合うなー」
流石だな「自称」親友。
「否定して下さい! 其れと『自称』って連呼するのも勘弁して貰えませんか?」
とまぁ古泉を弄り続けていたら際限が無く、危うくコレだけで一話分になってしまうので、俺は華麗に奴の嘆願をスルーする事にした。
「其処は流さないで頂きたかったですね」
がっくりと肩を落とす古泉。よし、コレでステータスを確認するまでも無く好感度マイナス一は間違い無い。思わず出るガッツポーズを誰が責められよう。
 
本気と書いてマジで話が進まないので、多少強引にでも話を進めさせて頂く。
さて、場面は相も変わらず鶴印の酒場前である。
……鶴、ね。
よし、今回の展開が読めた奴挙手っ! 勿論、俺もバッチリ両手を挙げてやろうじゃないか。ばんざ〜い。
「何やっているんですか?」
古泉が素の顔で訊いてくる。止めろ。そんな可哀相なダンボールの捨て猫を見る目で今の俺を見るな。
なんでお前は要らんモノローグばっかり読んで、こういう時ばっかり空気を読まないんだよ!
「……取り敢えず、中に入りましょうか?」
見なかった振りで通そうとする古泉。
会長、貴方の哀しみが、今一寸だけ理解出来ましたよ。
 
会長、大空に笑顔でキメ☆
 
キョン<あれ?話ちっとも進んでなくね?
長門<このSSは常時「摩訶摩訶」における戦闘突入時のロード時間並のグダグダさで進んでいく。之は朝比奈みくる的に言えば規定事項。
キョン<お前は幾つだ?
長門<三歳。
 
「こらー! そんな所で何グダグダしてるっさ! 入るなら入る! 入らないなら営業妨害だから早いトコ何処か別の場所に移動して男同士でめがっさホモホモするっさ!」
酒場の入り口から声を掛けて来たのは予想通りのあの方である。嗚呼、看板を見た時から分かっていたさ。
「あ、すいません。って誤解です、鶴屋さん」
そう、其処に居たのは鶴屋さんである。って言う必要無いだろ、コレ。
「大体、俺と古泉の間に其のフラグは死んでも立ちません」
僕たちは健全な男同士です。おい古泉、何故肩を落とす?
「あはは、分かってるよ。ほら、キョン君も古泉君もさっさと入る入る」
そう言って俺達の為に酒場の扉を開けてくれる鶴屋さん。
さて、此処で諸君には彼女の服装について説明しておかなければなるまい。之は最早義務である。あ? 古泉のアーチャー姿に関して一度も記述が無いのに、と?
其れは規定事項だ。更に言うなれば「古泉差別」である。あー、差別最高。差別大好き。
作者は「差別」って言葉を某森先生(スカイク○ラの作者な。園生さんではないぞ)的な意味で使っているので断じて叩かない様に。
其れでも古泉が気になる?
あー、うん。緑色だ。以上。之以外に俺がこいつに関して語る言葉は無い。
おっと、度々話が逸れて申し訳無い。
鶴屋さんは何時ぞやの文化祭で見たメイド服を短袖にした様な格好だった。
スカートに入っていたラインが無くなって、さり気無くマイクロミニだったり、お召し物の色が黒を基調にしていたりと、幾分アレより「制服」っぽさが抜けている。リボンがショッキングピンクで……何て言うか、見ていて情熱を持て余す。
うん、イイです、鶴屋さん。
「ん? 如何したんだい、キョン君。ぼーっとしちゃって」
「いえいえ、鶴屋さんが何時もより……何時も通り美しかっただけですよ」
「まったまた、キョン君ったら口が上手いね!」
そう言いつつも満更でも無さそうに照れる鶴屋さんは、正直堪りません。
オイ、古泉。其の口に咥えているハンカチ、何処から出した? 後、口から出ている音は「キーッ」で擬音として合っているのか?
 
さて、俺達は鶴屋さんに促される侭に酒場「鶴屋亭」に入った。ネーミングが其の侭ずばりなのは俺も正直如何かと思う。
世間話を装って二三、鶴屋さんに「あちら側」の事について覚えているかどうかを質問してみたのだが返ってきたのは「?」ばかりであった事から、この人は「こちら側」の鶴屋さんだと容易に知れた。
にも関わらず俺達にざっくばらんに接してくれている所を見ると如何やら俺達は此処の常連であるらしい。
「あ、其処座って。で、今日は何にするっさ?」
酒場の中は真昼間だと言うのに有り得ない賑わい振りである。駄目な大人の見本市……イヤイヤ、鶴屋亭が人気なのだと、そういう事にしておこう。
「あ、俺はアイスコーヒーで。古泉にはミルクを」
「え? ミルクですか?」
古泉が何か言いたげな視線で俺を見てくる。駄目だぞ、アルコールは。某SSで酒飲んで暴走したお前が俺にしでかした事を、俺は一生忘れまい。
「ミルクにコーヒー? 古泉君もキョン君も、『いつもの』以外を頼むなんてめがっさ珍しいね」
そういう気分も有るんですよ、鶴屋さん。
「お酒を呑まないなんて、今日のキョン君はまるで人が変わったようさ!」
……俺、昨日までこの店で何をやらかしていたんですか? 其れに「いつもの」って……と、聞くのが怖くなってきたので質問は止めておく。
身に覚えの無い悪評を聞いてヘコむのも御免だしな。
「で、古泉君は本当にミルクで良いの、っかなー?」
流石、鶴屋さんは人が宜しいので●にも気遣いを見せる。いやいや、鶴屋さん。ソイツは今回の元凶です。人間扱いしなくても良いですよ。

本音を言えばミルクすらも勿体無い位ですから。
「そうですね。今日は僕も気分を変えたいと思っていたので。鶴屋さん、カルーアミルクをお願い出来ますか?」
古泉の注文を聞いて「りょーかい!少し待ってるっさ!」と素晴らしく明るい返事をしてカウンターの奥に消えていく鶴屋さん。
嗚呼、後姿すら光が差し込んでいるようだ。スカートの奥が見えそうで見えない所なんか俺の心を掴んで放しません。
 
ところで古泉、カルーアミルクって何だ?
「カルーアというコウヨウエン大陸のとある地方で取れるミルクです。少し癖が有りますが飲み慣れると之以外はミルクと呼べなくなるそうですよ。値段もお手頃。まぁ、全てゲーム中の説明文からの受け売りですが」
ゲームの中に出てくる飲み物か。へぇー。俺もそういうのにしておけば良かったかな。
「因みに効果はMP回復中。一度飲んでみたかったんです」
ゲームの中の食べ物に憧れる、其の気持ちは分かるぞ、古泉。俺も漫画肉とか食べてみたい。
「流石、話が分かりますね、貴方は」
思えばこの時、古泉が手の中のコインを弄っていたりと、少し挙動不審だったのに気付くべきだったのだ。いや、この場合はコピー&ペーストしたかの如く張り付いた古泉の笑みに軍配が揚がったと言うべきか。
 
酒場に来てから三十分もした頃、古泉の嘘八百を一時とは言え信じてしまった俺は途方に暮れていた。
「四番、古泉一樹。一気しまーす! ふんもっふ! ふんもっふ!」
酔っ払い古泉と一緒になって騒ぐ外野を横目で睨むも、奴等には何の効果も無い。如何しろって言うんだ。
やれやれ。
 
ハルヒ<知らない人の為に説明しておくと「カルーアミルク」っていうのはカクテルの一種よ。勿論、お酒。飲み易いんだけど、調子に乗ると古泉君みたいになっちゃうから気を付けてね。其れと、お酒は二十歳になってからよ!
キョン<頼むからそういう事は先に言ってくれ!
 
「如何しろって言うんだよ、ハルヒ」
床に空いた酒瓶と死屍が累々。鶴屋さん他酒場の店員さん達も慣れたものなのだろう、桶狭間の合戦終了後もかくやと言わんばかりのこの状況でも全く動じる事無く仕事をしている。
正しく死して屍拾うもの無し。古泉も青い顔で潰れているが、コイツは正直しったこっちゃねーや。
此処で問題なのはそうではなく。
「フラグって如何やって立てれば良いんだよ」
である。
古泉曰く、此処でフラグを立てなければ次の奴が仲間にならないらしい。次の目的地(隣の森)は分かっているのに、何と言うか、歯痒さでいっぱいだ。
鶴屋さん、フラグの立て方って知っていますか? と、先程ストレートに聞いてみた訳なのだが、鶴屋さんは「こちら側」の人間である。「熱でも有るのかい?」と、御立派な額で熱を測られてしまった。
役得とか言うな。やられる方はすーげぇ恥ずかしいんだよ。
しかし、コレで漸く納得である。鶴屋さんにメタ発言は利かない、と。メモメモ。
……ち が う !
待て! 待つんだ、俺。鶴屋さんにおでこ熱測定をされた事で熱が上がっているのは分かるが、落ち着くんだ。
下らない事を学習した所で事態は全く好転していない!
ほらほら、アイスコーヒーでも飲んで落ち着け。
一口飲んだら、はい、深呼吸。ひっひっふー。
 
一応冷めた頭で今後の展開を考える。
さて、どうすっかなー。
フラグ云々について知っている筈の古泉は前述の通り「返事が無い」。最悪コイツが復活するまでアイスコーヒー一杯で粘らなければならない。喜緑さんがくれた準備金(端金である事に疑いは無いが)をこんな所で使ってしまう訳にもいかん。
嗚呼、勿論古泉の分を払う気は欠片も無い。
とは言えコーヒー一杯で引き延ばせる時間なんて高が知れている訳で。既に俺の卓に置いてあるグラスは空になって久しい。
鶴屋さんはファミレスでドリングバーオンリーを注文後勉強を始める大学生の様なこの迷惑な客に対しても、全く意に介してはいない様でニコニコと何時もの笑顔で接してくれる。
素晴らしく人格の出来た人である。まぁ、自分の店の床に転がっているおっさん共の屍を見ても眉一つ動かさない人だからな。
懐が深いと言うか、何と言うか。
だがしかし、鶴屋さんが幾ら気にしてはいなくとも俺の良心が保たないのである。俺、小市民。
ああ、鶴屋さん。今だけは貴女の其の全てを包み込むような女神の微笑が心に痛いです。地味にダメージ喰らってますよ、俺。
「業魔ツルヤサンが現れた!」
え?
イヤイヤイヤ、待てぇーい! 何だコレ何だコレ! 何の冗談だ!
何で俺の視界に黒いウィンドウが現れる! 頭の中で自動再生されるハイでビートな音楽。どっかで聞いた事が有る様な曲だなぁ、オイ。って、違ぇっ!
「たたかう?」
やっぱり戦闘画面かよ、コレ! 戦うのは全力でノゥッ! そんな事したら冒険が両手を前に回した状態で終わっちまう!
「あいてむ?」
持ってません!
「じゅもん?」
覚えているのかも知れませんが、一つも分かりませんっ!
「にげる?」
この場で其の選択肢は絶対にマズい! 食い逃げだろっ! そんな事したら以下略!
「平団員の曲に我が侭が過ぎるわよ!」
俺か? 俺が悪いのか!?
「仕方ないわねぇ……じゃ、コンタクト(交渉)とか如何?」
最初から其の選択肢出せぇっ!! 後、何でハルヒの声で再生されてんだよ、俺の頭ァッ!!
「知らないわよ。さて、コンタクトやるわよ。取り敢えず、あたし的にアンタのコンタクトコマンドを四個程選んでおいたわ。団長自らこんな事やるなんて滅多に無いんだから、感動で咽び泣きなさい!」
……頼むから、一つでも良い。まともな選択肢があります様に。
「先刻から何一人でぶつぶつと呟いているんだい、キョン君」
鶴屋さんは真逆目前に立っている男が、今、将に自分に向かって戦闘画面を開いているなど夢にも思うまい。乞食に殴りかかるウルティマの主人公みたいだな、俺。
「キョン君の独り言は何時もの事だけど、やっぱり一寸怖いにょろよ〜?」
あ、俺、鶴屋さんにそんな風に思われてたんだ。まぁ、分からなくは無い感想だけどやっぱり一寸傷付く……かも。
「キョン、敵の精神攻撃よ!」
其れは違ぇ!
「早くしないと、キョンの心が手遅れになるわ!」
どんだけグラスハートなんだよ、俺。
「さぁ、キョン、さっさとこの四つの選択肢の中から好きなコンタクトコマンドを選びなさい!!」
そう言ってハルヒ……いや、戦闘画面が提示してきた内容に俺は頭を抱えた。
どの選択肢も無ぇよ。有り得ねぇよ。
 
ハルヒ<このSSは作者がやった事の有るRPGをごちゃ混ぜにした世界でキョンがぐだぐだと旅をするものです。過度な期待はしないで下さい。
キョン<其れ、何て三女?
 
「脅す」「叫ぶ」「手品をする」「ナンパ」
ふよふよと浮かぶ黒いウィンドウに慈悲は欠片も無いらしい。うん、想像通り。我ながらいっそ清清しい位の諦念に満ち溢れていた。
「さぁ、選びなさい!」
ハル……コマンドよ、少し良いか?
「何よ、なんか文句あんの?」
一つ一つツッコミを入れるのも最早面倒なんだが。取り敢えず、脅すと叫ぶは論外だろ。
「アンタも男なら通行人を脅したり、夕陽に向かって叫んだりしてみたい年頃でしょ?」
えっとな……オマエにも分かる様に其の選択肢が如何にダメかを説明するとだな……この場で脅すと恐喝って言って立派な犯罪なんだわ。分かるよな、きょ・う・か・つ。
「そ……其れぐらいアタシだって知ってたわよ。馬鹿にすんな! くっ……ならキョン! 叫びなさい! 夕陽に向かって、力一杯! アンタの恥ずかしい青少年の主張を!」
オマエと古泉への恨み言しか今は思い付かん。其れにな、いきなり叫び出す奴って、フツーに引くから。
下手すると窓に鉄柵の付いた車が迎えに来る。あ、車は無いんだったか?なら、岡部辺りに連行されて地下牢行きだ。
オマエはそんなRPGを望んでいるのか?

……どんだけ前衛的なシナリオだよ。
「なら、手品しなさい!」
いや、無茶振りにも程が有るだろ、オマエ。
「良いからしなさいしなさいしなさいしなさーいっ!」
暴れ始めたハルヒには物理法則でさえ為す術が無い。未来人だって分かってるさ、そんな事。取り敢えず、思い付いた手品らしき物をやってみる。
「つ、鶴屋さん、少し宜しいですか?」
「ん? 何かな、キョン君」
嗚呼、このお方は俺の事を少しも疑っていらっしゃらない。そして其れがとても悲しい。これからやる事を考えると顔から火が出そうだ。
「唐突ですが、親指を消してみます」

「其の魔法は何の役に立つんだい?」
……。

……そう来たかぁ。
「いえ……何の役にも立ちません」
……というか魔法ですら有りません。おい、ハル……戦闘画面! 魔法が常識のこの世界で「手品」って、アレか! いじめか!
鶴屋さんに親指が無くなったり、切れたりくっ付いたりする手品と呼べるのか如何かすら危うい物を見せながら、俺は心の中で問いかける。
見せられた方の鶴屋さんの反応は……ノーコメントだ。余り詳しく描写すると俺の中の目には見えない大切な何かが傷付く。
「不味いわね……ツルヤサンの恐怖値がどんどん上昇しているのが手に取るように分かるわ。此の侭だと彼女、逃亡するわよ」
奇遇だな、俺もこの場から逃げたい。目の錯覚かも知れんが、彼女の額の反射率が低下している気がするね。
「アレ? 逃亡させたら戦闘終了で……この場では勝利って事なんじゃないの!? よしっ、そうと決まったら其の侭手品を続けなさい!」
……勝利ではない。其れは確実に勝利ではない。断固として其の指示は断らせてもらう。
鶴屋さんは相変わらず笑顔の侭だ。しかし、よく見ると目は太平洋辺りを思う存分泳ぎまくっている。
「キョ……キョン君。き、今日は何だか、何時もと違うね! めがっさ……輝いてるっさ!」
ハイ、フォロー入りましたァッ!
……死にたい。鶴屋さん、このお店にロープは置いてありませんか?
「くじけちゃ駄目よ、キョン! 流石は、ツルヤサン。強敵だわ……。本音を言うとあんまり使わせたくなかったけど、こうなったら最後の手段に出るしかないわね」
いや、括るから、もう。腹とか首とか。
敬愛するフロイト先生、今、会いに行きます。
「君に決めた! キョン! 『ナンパ』でツルヤサンを攻撃!!」
ハルヒが良い声で叫ぶ。しかし、其のネタは余りにもマズいだろ。
 
谷口及びポケ○ンは自重の方向で行こうぜ、ハルヒ。
 
「あー、えーと……鶴屋さん?」
「めがっさ!」
めがっさ? 其れは返答と取って良いんですよね。いや、敢えてツッコむまい。
「すいません……今日の俺はどうかしていた、いえ、現在進行形でしているんです」
「何と無く、其れは分かったさ。でも、如何したんだい、キョン君。お姉さんで良ければ相談に乗るよっ!」
有り難い申し出なんだけどなぁ。だがこの人に何を如何説明すれば良いのか皆目見当も付かん。
鶴屋さんは俺が何かを言い出すのを期待してか、テーブルに乗り出してくる。
「キョン、悪くない滑り出しよ。其の侭、ツルヤサンに自分の魅力をアピールしなさい」
悪いがナンパ実行中じゃないからな、ハルヒ。
心の中で言う俺。そんな目線を宙にずらしている様子を言い辛そうな話題を何とか切り出そうとしている青少年だと勘違いしたのだろう、鶴屋さんがカウンターの棚から酒瓶を持ち出してきた。
「其の様子だと、恋の悩みだね、少年!」
少年に何酒出そうとしているんですか、貴女も。
いや、分かりますよ? 話しづらい話題は酒の力で話させてすっきりさせてやろうという、貴女なりの心遣いなんですよね? ですよね?
「さ、取り敢えずお姉さんと呑もう」
ああっ、そんなになみなみと注がないで頂きたい。
「キョンにはナンパの才能が有るわね……態と弱々しい態度を見せておいて其処に女の子を誘導させる。このコマンドは危険だわ。今回限りで封印ね」
俺の頭の中でごちゃごちゃ喋るな。其れと、俺は態とそんな態度が取れる程器用じゃない!
「心配しなくても良いっさ。このボトルなら、キョン君がもうお金払ってくれた奴だし」
リザーブ、って奴か? よく知らん。
「勝手にだけどお相伴に与らせて貰うよ」
ええ、勝手にして下さい、鶴屋さん。其れで貴女の機嫌が少しでも上向くのならば無問題です。
と、何の気無しに、ほんっとうに何気無く「この世界の俺ってどんな酒呑んでたんだろうな」と見たボトルの首に「あの」栞が紐で吊るされていた。
 
「今夜七時、隣の森で待つ ユキ」
 
其処は俺のフルネームが有る所だろう、長門……。


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