ハルヒSSの部屋
涼宮ハルヒの戦友 1
切っ掛け。なんてのは其れこそやっぱり何時も通り。どーでもいい事からどエライ事になって、結果かなりの確率で割を食うのが俺というのがハルヒ流だ。
既に様式美と言っても良いな、うん。
いや、巻き込まれた場合、困惑羞恥絶叫脱力を嫌と言う程味わうのは俺な訳で、あんまり、とゆーか、実際そんな目に遭っている俺からすればかなり嬉しくない様式美だ。
ついでに言うとこんなもん美しいとはとても思えない。
……いい加減、勘弁してくれ。なぁ、ハルヒ。
俺が一体、何をした?


コレが例えば。

物語のオープニングとエンディングで何も変わらないって話なら俺もこんな事は言わないし。

もしくは。

誰もが納得出来るハッピーエンドだってんなら、ケチだって付けないさ。

だが。ハッピーエンドではどうやら無いらしい。

何も変わらない訳でもないだろう。

少なくとも俺は後悔してるし、後悔しか出来ないし、後悔せざるを得ない。

俺が一体、何をした?

いいや、何もしていない。何も、出来なかった。

唯、思っただけだ。

徒、考えただけだ。

その下らない、卑しい考えが現実になっちまうなんざ思っちゃいなかった。

優しい誰かさんは。優しいが故に。誰かさんが心の片隅に抱いていた引っ掛かりを。

未練を。

暴いた。

只、其れだけの話で。

只、其れがソイツには無意識に出来たってだけの話なんだ、結局。

だから、ハルヒは、悪くない。

願望実現能力は、望んで手に入るようなシロモノじゃない。分かってる、そんな事くらい。

なら、誰が悪いのか。

彼女が傷付いたのは誰の所為だ?

彼女が殺され掛けたのは誰の所為だ?

彼が死に掛けたのは誰の所為だ?

彼女が泣き崩れたのは誰の所為だ?

彼女が消えちまったのは誰の所為だ――なんて。

……そんな事……分かり切ってる。

悪いのは、俺だ。俺以外に居やしない。

悪いのは俺の弱さ。脆弱で軟弱で惰弱で貧弱な、俺の心。

悪いのは俺の幼さ。醜悪で劣悪な上に最悪に害悪の、俺の後悔。

もう一度会いたい、って。もう会えない彼女を相手に思っちまった。

唯一言伝えたい、って。どこにもいない彼女を相手に望んじまった。

結果。

誰も彼もを巻き込んで。

誰も彼もを例外無く不幸にする。

そんな物語が、産まれて、しまった。

優しいアイツは。優しいが故に。

罰を望む俺に、望み通りの罰を与えた。

って、総括しちまえば、きっとそんだけで。


さて、そろそろ俺の独り言に付き合って頂くのにも心苦しくなってきた。勘の良い読者の皆様は既にお気付きだと思うが、俺は現在進行形で絶賛ハルヒタイフーンに巻き込まれている。
大体、俺がこんなモノローグをするのは事件が八割方消化、もしくは全てが終わった後と相場が決まっているのである。からして、今が最中である事から前者だと思ってくれて良いぞ。
てゆーか、頼むからこんな事件は残り二割であって頂きたいのが本音だ。
と、言う訳で今の俺が置かれている状況を説明するに当たり、さしあたって今回の事件の始まりから順を追って回想していこうと思う。

時系列、ってのは大事だよな。


……あ? 俺の服装が変だ?
ほっとけ。俺だって好きで「魔術師のローブ」やら「白銀の杖」やらといった、クソ有り得ない装備(敢えて格好とは言わない。「装備」だ。察して余りあるだろ?)をしているのではない。断じて違う。
そう、こんな装備する事になったのも、元はと言えばあの似非スマイルの所為だ。
「その節に関しては本当に申し訳なく思っていますよ。僕としては如何と言う事の無い、極めて穏やかな暇潰しを提供しただけなのですが……こんな事になってしまうとは、流石は涼宮さん、と言った所ですか」
古泉、顔近いぞ。後、これは俺のモノローグだ。モノローグってのは一人でやるもので、他人が顔出すんじゃない。
「これはこれは……失礼しました」
そう、今回の事件の原因、九割はハルヒの所為だと言って良いのだが残りの一割、種火の部分はコイツだ。
つまりは全ての責は古泉に帰結する。ハルヒに責任を求めるだけ無駄だというのは宇宙人でさえ学習している。以上、一割だろうが1%だろうが、焚き付けた奴に全ての責任を被せて何の問題も無い。

そして古泉は其れを知っていながら学習していなかったのだから尚更だ。

馬鹿野郎が。
「おやおや、随分な言われようだ」
少しは悪いと思ってんのか、オイ?
まぁ、いい。取り敢えず回想、行くぞ。レディーゴォッ!





「キョンくーん、朝だよーー!!」
其の日、俺は何時もの通りに妹の飛翔系プロレス技によって頭を揺らされながら起きた。

……如何でも良いけど妹よ、お前はアレか。俺に対して放たれた何処かの組織の刺客か。宇宙人とか未来人とか超能力者とかそんな感じのが背後についてるのか。
……最近俺を殺す事に躊躇いが無くなったのか、矢鱈と技のキレが良いぞ。
「何言ってるの、キョンくん」
そこは流せ。
「其れよりもキョンくん、今日は王様の所に行く日じゃないの? ぼーっとしてると遅刻して打ち首獄門晒し首だよー?」
おお、妹よ。打ち首獄門晒し首なんて言葉よく知ってたな。多少知識が偏っている気がしないでもないが、お前の精神的成長に一抹の不安を覚える俺としては順調に成長はしているようで嬉しいね。
……。

……。

……王様?

……イヤイヤイヤイヤ。一寸待て。此処でツッコミを入れるのは妹の成長度合いではない。そうではなく。
王様って何だ。ハルヒの事か? 何時からアイツは「王様」なんて呼ばれるポジションにクラスチェンジした?
百歩譲って「神様」なら古泉限定で許可しないでもないが。妹よ、お前のハルヒの呼び方はハルにゃんじゃ無かったか?
「ハルニャン? 其れってキョンくんが最近覚えた新しい魔法か何か?」
……は?

……頭痛がしてきた。俺が額を押さえている間に無垢な暗殺者は「しゃみせーん♪」とか歌いながら俺の部屋を出て行く。シャミセンには悪いが少なくとも俺が現状掌握に努めている間は妹をの気を引いていて貰おう。後で猫缶ぐらいなら考えないでもないしな。

階下から哀れな被害者(被害猫?)の絶叫が聞こえてくる。猫も中々大変らしいが、俺も負けず劣らず大変みたいだから、痛み分けって事にしといてくれ。
王様。

魔法。

何の話だ、何の。

しかしまぁ、少し落ち着いて辺りを見回しながら考えてみたら、何となくではあるが事態が把握出来てきた。
……「魔法」ね。そして本来ならば俺の制服が脱ぎ散らかされている場所に有る、やたらとファンタジー臭がする服。

アレか。

ローブってやつか。

着ろってか。俺に。
ま、何時までも寝巻姿じゃ何も出来ん。取り敢えず、着てみた。



似合わない事、馬子にも異常。洗面所に有る鏡の前で、部屋の箪笥の中にあった木の杖を振り翳して、所謂(イワユル)其れっぽいポーズを取ってみたりした訳なのだが。

如何にも締まらない。なんだかなー、って感じ。
鏡の向こうに鶴屋さんかハルヒが居たら爆笑して其の辺を転がり回った挙句、頭をぶつけて鏡が割れたりするかも知れない。鏡面世界から上半身だけこんにちは、だ。
古泉か国木田辺りなら魔法使いコスプレも絵になるのかも知れないが……明らかにミスキャストだろ、ハルヒ。嗚呼、魔法使いコスと言えば何時ぞやの長門は良く似合っていたなぁ……と、待て待て、現実逃避は其の位にしておけ、俺。

戦わなきゃ、現実と。
と、まぁ言ってみたもののコレが現実かと問われたら俺も首を捻る所では有る。
また、夢オチって可能性も否定出来ないってか、大いに有り得る。

はてさて、話を戻そう。服はコレ以外に無かったから着替えようが無いとして。いや、正確に言えば無いわけでは無いのだが、どれも判で押したように色違いなだけの同じローブばかりだったので着替える意味に欠けた。
何だ、タグに書いてある「2Pカラー」って。新しいブランドか?
まぁ、いい。取り敢えず朝飯を食って外に出る。幸運にも俺が行くべき場所は分かっていたから、悩む必要も無い。
妹曰く、王様に会いに行かないと首吊る羽目になるっつー訳で先ずは謁見だ。何処までもRPGのお約束だな。お前が此処まで男の様式美を理解しているとは知らなかったぞ、ハルヒよ。
妹が無邪気に俺の背中に投げ掛けた「いってらっしゃーい」に向けて後ろ手で手を振る。ちなみにお袋が餞別にと渡そうとした「日本一」の旗は丁重にお断りした。いや、黍団子も要らんからな。

寧ろ薬草とかポーションとか傷薬だろ、其処は。
此処まで書けば懸命なる読者の皆々様には大体、俺の置かれた現状が把握出来たと思う。

そうだ。俺は誰かの仕業で(十中八九ハルヒ。次点長門)ファンタジーの世界に迷い込んでしまったのである。



こうして俺は冒険への第一歩を踏み出した。ってか?

……やれやれ 。好きにしてくれよ、もう。



ところで皆様は王様と言うと何処に居る者だと考えるだろうか。ま、大体九割を越える人間が「城」と答えることだろう。これは少しでもロープレをやった事の有る人間ならお約束とも言える、朝比奈さん風に言えば「規定事項」である。
しかし、デケぇ。
何が? 決まっている。この流れから分からない奴は現代の人間じゃない。長門か朝比奈さんか。もしくは其の同郷と言った所だろう。
少なくとも朝比奈さん(大)の胸ぶ……何でも無い。只の妄言だ。忘れろ。
ま、つまりデカかったのは王の居る(と思われる)城であり、さて、何処に城が在るのやらと考えていた、家を出る前数分間はあっさりさっぱりと無駄となった。
家を出た瞬間から、見紛う事無い「ザ・城」って感じの建物が民家の屋根越しにそびえていたのだから、これはもう仕方が無いと言ってしまおう。

小山ぐらいにはデカい其れの上には駄目押しとも言うべき「↓目的地」なーんてカーソルまで浮いていやがる始末。
もう少し、こう、思考の余地を残すとかは無いのか?
男の浪漫を理解出来ているのか、いないのか。まぁ、ハルヒの頭の中なんて俺には想像も付かん。考えるだけ無駄だと思い返すには一年は遅いぜ。
だが、しかし、目的地が分かっているのとそうでないのとでは少なくとも俺の精神の安定感が違う訳であり、其の点だけはハルヒの奴を評価してやっても良い。

……其の点だけだが。
はてさて、こっからどんな事態が待ち受けているのかねえ? 間違い無く、また七面倒な厄介事が待ち受けているのだけは自信を持って言い切れるのが辛い所だよ、全く。
街は石造りであり、何と言うかまあ、よくぞ此処までと言った感じのファンタジーっぷりだった。

俺はドでかい城を目指して歩きながら、海外旅行みたいで少し楽しいかも知れないと思ったりしないでもなかったり。どっちだ。

どっちだついでに。俺の明日はどっちだろうか。



目的地である城、到着。着いた途端に王城の手前で門番に止められた。しかし、こういう所の門兵ってのは二人一組なのはお約束か? ハルヒの曲(クセ)に良く分かってるなぁ。
「何者だ!」
「何者だ!」
あー、何でも良いがステレオで且つ大声で喚くのは止めて貰えんか。なぁ、ダブル岡部。っつーか、何してんだよ、担任教師。
「答えろ!」
「答えろ!」
アレか。俺の知らない所で双子だったりしたのか。まぁ良い。岡部が双子だったりした所で俺には何の関係も無い。其れこそ情報思念体の親玉ぐらい如何でも良いよ。
「あー、俺は……」

名前を告げる。しかし、岡部は怪訝そうな表情をした。……コレってーのは、もしかして。

「キョン、って名前で通ってる」

「貴様がキョンか」
「貴様がキョンか」

……担任にすら名前で呼んで貰えないって、陰湿なイジメじゃないだろうか。

「話は聞いている。だが、確認の意味も込めて本日の用件を述べよ」

「話は聞いている。だが、確認の意味も込めて本日の用件を述べよ」

ダブル岡部は其の手に持った槍を交差させて俺の行く手を塞ぎながら問う。用件? いや、俺の方が聞きたいっつの。

勇者の息子ってのがこういう場合のデフォルトなんだろうが、まかり間違ってもウチの親父は勇者だなんて柄じゃない。無難な返答を探して、少し逡巡。

「今日は王……様に呼ばれてきた」
……あっぶね。様を付ける前のダブル岡部、すげぇ睨み利かせてきやがった。忘れてたら不敬罪で打ち首か?
チョークが飛んでくるとか、其の程度で済む訳は……無えよなあ。まあ、ハルヒが王様だったりしたら死罪も有り得なくも無い話だな。だがしかし、其れよりも罰と称してめんどくさーい用事を押し付けてくる方がアイツらしいっちゃらしいか。
「大臣がお待ちだ。通れ」
「大臣がお待ちだ。通れ」
どっちか片方だけが喋ってくれると作者が助かるな、とか下らない事を考えながら、表面的には「へいへい」とか言いながら扉をくぐって歩を進める。

しかし、改めて思うが無駄にでかいな、この城。 城門の高さが半端ない。

「キリンでも出入りすんのか?」

「しませんよ。ええ、省エネとか涼宮さんの頭には無いのでしょうか。クーラーも利かなくって電気代だけで国が傾きそうなのですけれど」
「うぉわっ」
何時の間にか俺の隣に人が居た。俺の進みに合わせて歩いているのは、わか……もとい、緑の髪も艶やかな生徒会書記にして長門と同じ宇宙人製対ヒューマノイドなんたらの喜緑さんだ。
「初めまして。私、キタコウ王国の大臣兼参謀兼出納役兼書記をやっておりますエミリィと申します」
「いや、初めましてじゃないですから……」
後、エミリィってなんだよ。

俺は溜息を吐いた。しかし、肩書き長いな。
「初めましてではない。という事は貴方も『向こう』の記憶をお持ちなのですね」
「喜緑さんもですか」
「はい。でも、此処ではエミリィ、って呼んで下さいね♪」
「拒否権を発動させて下さい」

「では、更に拒否権を発動します」

軽口を交わしながらも。正直、俺は安堵していた。

妹、母親、岡部と全く「現実」の匂いのしない三人に続けて会い、もしや長門が昨年の十二月に引き起こした世界改変の類かと危ぶんでいたのだから。
もしもあの類ならば、俺以外は元の世界を知らないという異世界的迷子になってしまっていた訳で、正直、アレだけは心臓に悪いので勘弁して貰いたい。遭った事の無い奴(俺以外)、一度喰らってみると良い。絶叫マシーンなんて目じゃないくらいにマジでヘコむぞ。
「では早速ですが王に会って頂けますか?」
そう言って喜緑さんは俺を促すように歩き出す。いやいや、こっちではエミリィだったか。
「分かりました。ああ、そう言えば王様って誰なんです? 喜緑さん……エミリィさんが大臣って事は」
「大臣兼参謀兼宰相兼お目付け役兼出納役兼書記です」
一個増えてないか、肩書き?
「この国の実権を握っているという証ですから、譲りませんよ?」
そうですかー。
恐らく、この国は繁栄していくのだろう。間違い無い。世界のスパコンを並列に並べても敵わないお方が中世版シムシティをやっているのである。結果は言わずもがなだ。

「で、大臣兼参謀兼宰相兼お目付け役兼出納役兼書記のエミリィさん」
言ってて舌噛みそうだ。つーか噛んだ。痛え。
「王様って誰です? 貴女が此処に居て、岡部が門番で、って事はやっぱり王様もSOS団の……ハルヒの関係者なんですよね」
「其の通りです」
「ひょっとして……」
「涼宮さんご自身ではないですから、安心して下さい」
安心しろ、だってよ、ハルヒ。お前喜緑さんから「も」あんまり良い捉えられ方されて貰ってねぇぞ。
「貴方の思考をトレースしただけですよ。私は涼宮さんをそんな風に見てはいません」
どうだかね。悪いが俺は色々喜緑さんの黒いSSを読んできているし。このSSでもそのポジションなんじゃないんですか?
「全部捏造です。私は穏健派ですから、基本的に波風を立てる事は嫌いです」
基本的に、って言ったよな、今。
「其れよりもそろそろ、王の御前です。服の襟を正して下さいね」
そう言って前を向く少女。話を逸らした、と思うのは俺だけか?

「キョンさんをお連れしました」



結論から言うと、喜緑さんの言葉通りに王様はハルヒではなかった。
……うん。

……うん。

……何やっているんですか、生徒会長?
「俺が聞きたい」
其の縦縞の服にかぼちゃパンツで白タイツってのは? 仕様ですか?
「俺が聞きたい」
ハルヒ、悪いが言わせて貰うぞ。ベタにも程があるだろ、お前。
生徒会長は何時もの威厳も何処へやら、間抜け王様ルックに身を固めて……すげぇ落ち込んでいた。

ルイ十四世とか、あの辺の人物画を見た事が有るだろうか?現実にそんな格好している奴はシュール極まりなかったりする。
ま、昔の人と現代人の美的感覚の違いだな。それにしても壮絶な画だなぁ。とかそんな事を思いながら生徒会長もとい王様with王様ルックを眺めていた俺だった。此処に他の人間が居ないのが非常に惜しい。
嘲笑係のハルヒや鶴屋さんとは言わない。せめて古泉でも居れば奴の爆笑を初めて拝めたかもしれん。似非スマイルを崩さない奴も出オチには弱そうだとか、これは俺の勝手な推察だが。
生徒会長はそんな格好でも何時もの尊大不遜さを貫こうと胸を張り、矢鱈とごてごてした装飾の施された玉座に踏ん反り返っているのだが……だが、頬がピクピクと動いている所為か、全てが物悲しい雰囲気に満ちている。
今にも冒険の書が消えたBGMが三連発で流れてきそうだ。

でろでろでろでろでろでろでろで〜んでろでん。
「あの……」
「何だ?」
必死に何時もの様に俺と目を合わそうとし、そして俺の顔を数秒見た後耐え切れなくなって顔をそ逸らす生徒会長もとい……もう、面倒臭いから会長で良いだろ。良いよな?
「……笑うんじゃねえ」

何だ、俺そんなにニヤニヤしていたか? 確かに顔面に幾ら力を入れようとしても視覚が送っている情報に脱力を之でもかと促され、ちぃとも力は入らんが。
「其の服装、何とかならなかったんですか?」
俺が言った瞬間背筋がぞくりとした。この時の会長の眼を俺は忘れまい。アレは人を殺す決意と理性がせめぎ合っている、狂気の眼だ。
有る意味決意を固め切った人間よりも怖ぇ。何時ぞやの朝倉とタメ張る位に怖ぇ。
「この国の実権を握っているのは俺ではない」
ぼそりと言った会長の顔は諦念に満ち満ちていた。ちらりと男二人で揃ってこの国の真の権力者を窺い見る。ふーん。なんとかインターフェイスでも心から頬が緩む事って有るんだなあ。
「とってもお似合いですよ、会長」

そう言って愛情の欠片も見出せないウインクを送る喜緑さん。

会長、ご愁傷様です。
「元はと言えばお前らの団の団長が悪い。俺の服はデフォルトでこれだった!」
分からなくは無い。まあ、ハルヒの頭の中の王様像なんてこんなもんだろ。
「でも、着替えれば良い話ですよね?」
そう言うと会長は遠い眼をした。
「二度言わせるな」
会長は奥歯を噛んだ。おお、ぎりっという音が此処まで聞こえる。相当悔しいんだろうな。
「この国の実権を握っているのは俺ではない」
一を聞いて十を知るとは正にこの事で。全ては会長の視線が向いた先が何よりも雄弁に物語っていた。
要らんだろうが敢えて説明すると恐らく、会長の服は全て色違いの同系統の物(ブランド・2Pカラーだと思われる)しか用意されていなかったのだろう。そしてマシな服を用意しろと言った会長だったが、国の財布を握っている喜緑さんが其れを許さなかった。

多分、面白がって。
パンツ一丁で俺の前に出るわけにもいかない会長は泣く泣く「ベタベタ王様服」を着る以外に選択肢が……涙無しでは語れないな、こりゃ。
「これ以降、俺の服装に関しての質問は無しだ。未だ続けるようならば不敬罪で首を取る」
ぞっとする声音で言うものの服装が其れじゃ締まらないってもんです、会長。
と、喜緑さんが手を挙げる。発言を求めているのだろう。
「喜緑君、何だね」
「発言させて頂きます。此処でキョンさんを討った場合、世界崩壊は免れません。よって彼に危害を加える事は得策とは言えません」
「ぐっ……」
「其れに私が此処でキョンさんに手を出させるとお思いですか?」
「それは……」
「なので、キョンさんは一通り会長の現在の服装をいじってあげて下さい。私が大臣として許可します」
間違い無い。このインターフェイス、会長をおちょくって面白がっていやがる。

「真逆、こんな面白い状況でツッコミ役である貴方が何の行動も起こさない訳は有りませんよね。朝倉さんではありませんが、やらないで後悔するよりもやって後悔する方が良いとは良く聞く話ですよ?」
喜緑さんの台詞と視線に、偶に長門が俺に向ける一抹の殺意を覚える俺。
「後悔は……とっても痛いんですよ、物理的に」
俺に危害を加えるのって会長じゃなくて貴女なんじゃないですか、喜緑さん。

……とはとても言えない俺は、喜緑さんの望み通り思いつく限りの言葉を使って会長の服装をいじり倒した。すまん、会長。
同じ男として、今の貴方の屈辱は痛いほど分かる。
会長が奥歯を噛み潰しながら血の涙を流していたのは俺の見間違いだと思おう。うん。



さてさて、思う存分会長の服装をいじり倒した俺であるが、勿論本意ではない。
会長の王様ルックを見た当初こそ笑えるとか、この場に他の人間がいればとか思ってしまったが俺であるが、一旦冷めてしまえば幾ら生粋のツッコミキャラであろうと同じ男として之ばっかりは楽しめん。
だが、やらなければ俺が死ぬとは行かないまでも何らかの生命の危機に晒される事は想像に難くなく(邪推では有るまい)……緊急避難って奴だな。
カルネアデスの板って知ってるか?
話を戻す。
「では、魔術師キョンよ。貴様に命を言い渡す。之は王の勅命である。心して聞くように」
「いや、喜緑さん、何やってるんですか」
「腹話術?」
いや、完全に灰になった生徒会長の腕を振り回しながら小首を傾げてそんな事言われても。どっちかと言うと腹話術人形じゃなくて出来の悪いマリオネットです。
其れに、会長大丈夫ですか? 其の状態、カドルトでも恐らくLOSTだと思うのですが。
「『かどると』って何です?」
「分かる人にしか分からないので、流して下さい」
「そうですか。話は変わりますが、1ヘクスにフロストジャイアント四体って想像すると結構笑えますよね」
そうそう、どんだけ詰まってるんだよ、とか思っちまうのな。
「……喜緑さん、ウィザードリィ好きですか?」
「あのチープさが。割と」
溜息一つ。喜緑さんと言い長門と言い、ヒューマノイドインターフェイスって趣味が偏ってないか?

想像したヤツの趣味かね……まぁ、いい。
「話を続けて貰えますか?」
「分かりました。では、王様」
喜緑さんはそう言って会長(灰)の後ろまで行くと先程と同じ様に会長の腕を振り回して、本人曰く「腹話術」を再開した。

「貴様には魔王の討伐に出て貰う。これは決定事項であり覆る事は無いと心得よ」
いや、之がハルヒの仕業なら最初から拒否権なんてないと考える訳だけれども。大体、俺が拒否したら如何するんです、喜緑さん?
「貴方がそんな事をするとは思えません」
ですよねー。俺もそう思います……貴方の其の「コロスゾ」視線さえなければ、もっと素直にそう思えるんですけどね。
「其処で俺より貴様に手土産がある。喜緑君」
手を叩く哀れな操り人形。そして背後よりハルヒばりの満面の笑みで出て来る喜緑さん。
「はい!」
いーい返事だなぁ、オイ。状況さえ違えば本当に良い返事っぷりだよ。
「貴方には魔王討伐の為の準備金を授けます」
そう言って喜緑さんは俺の手に貨幣が入っているのであろう膨らんだ麻袋を乗せる。思わず中身を覗く俺。育ちの悪さが出るのは、勘弁してくれ。
だがしかし、だ。中身を見てもまるで何も分からない。そりゃそうだ。俺はこの国の貨幣に関して全く知識が無い。判別が付くのは色ぐらいだ。茶色。
「で、之日本円にしてどれ位なんでしょう?」
「其れで装備を整えて、冒険に出て下さい」
「俺の話聞いてましたか?」
「何でしょう?」
「これ、日本円にして幾らぐらいなんです?」
「廊下で貴方に話した通り、この城は冷房代だけで傾国の憂き目に遭っているんです」
誰かさんの常識の無さによって。そう言って視線を床に落とす喜緑さん。察しろ、って事ですね。分かりました。ははは……何買えるんだろ。
「話が早くて助かります」
いえ、かなり寄り道している気がしますが……導入部だけでドレだけかかっているのか、って話ですよ? とは、まあ……言うまい。

「と……じゃあ俺はこれから魔王を倒しに行けば良い訳ですね」
「そうなります。この世界から私たちが出られるかは貴方に掛かっていますので、如何かよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げる喜緑さん。お辞儀を済ませると未だ灰の会長の頭を強引に押し下げる。
「会長もこの通り、今の状況を変えれるのならば貴方にも頭を下げるそうです」
いや、其れ頭を下げさせている心算なの!? 痛々し過ぎません!?
余りにもいたたまれなくなった俺は少し会釈するとすたこらさっさと(表現が古いな)王城を後にした。
会長、もう少し其の服装で耐えて下さい。俺が何とかして見せますから。

男として背中越しに会長に送った誓いは果たして届いただろうか。

A:届く訳ないじゃん。



鶴屋「涼宮ハルヒの戦友、めがっさにょろっと始まるよん♪」
キョン「長っ! オープニング長っ!」


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