ハルヒSSの部屋
小ネタ「蛇遣い座ホットライン」
今日も一日が暮れ行く。自室の机で教科書と向かい合って唸っているのも飽きて、ちらりと目を窓の外に向けた。カーテンを開ければ、今日は満月。冬の空気はとても澄んでいて、月の周りに七色の光の輪が見える。
下校途中の街灯の周りにも見えた、虹の輪。何て言うんだったかな。確かいつかの授業で教師がこの現象について説いていた記憶が有る。
何て名前だったか?……ダメだ、頭を振っても出て来ない。
外気が冷たく、そこに含まれる不純物が少ない冬にしか見られなくって、光の輪は内側から、赤、橙、黄、緑、藍、青、紫、の七色で出来ている。なんて要らない知識は残っているんだがね。
固有名称を覚えられない。この辺がテストの点が低空飛行している理由なんだろうなぁ、と自己分析をしてみても、それが何になるって言うのか。
ただ一つ言えるのは、今夜の月は格別綺麗な満月だ、って事で。
ロマンティックなんて言葉とはホッキョクグマにとっての南極大陸ぐらい縁遠い俺みたいな人間が見蕩れちまうくらい。

今夜の月は特別綺麗だ。

こんな夜にはハルヒでなくてもワクワクしちまうね。月の魔力、って奴か?
何かが起こりそうな、そんな予感。凶悪犯罪が月の満ち欠けで増減するって話も十分頷けるというもので。

ま、あれこれ言ってみたところで全部、勉強が手に付かない言い訳でしかないのが我ながらなんというか、俗物だ。
でもさ、月が綺麗だってそんな理由でメランコリィを感じちまう。なんかセンチメンタルになっちまう。そういうのが人間ってもんだろ?
きっと、こんな冬の夜には宇宙人でさえ星空を見上げちまうってなもんさ。
なぁ?
窓を開ける事は寒くって出来ないのが、俺がロマンよりも現実を選んじまう悲しい人種だって証明だがね。

俺はカーテンを開け放した自室で、ベッドに寝転がった。当然、星空を見上げる形になる。硝子越しにオリオンが見えた。
宇宙の片隅で、ちっぽけなベッドの上で、俺は思う。宇宙人ってどの辺りに住んでるんだろうな、なんて取り留めの無い事を。きっと、あの一際強く輝く星の隣辺りにでも居るのではないだろうか。
今度、長門にでも聞いてみるかね。俺はベッドの隅に置いてあるミュージックプレイヤーに手を掛けた。
こんな月と星の綺麗な夜に掛ける曲は……残念ながら一曲しか持ってないな。

イヤホンから流れ出したのは「Blue moon」。エラ=フィッツジェラルドって知ってるか?
……まぁ、良いさ。俺はイヤホンを着けて、再生ボタンを押した。
両の鼓膜を震わせる往年のジャズシンガーの擦れた甘い声が、星空に心奪われる俺の意識を月の船で空想の彼方へと良い感じに運び出してくれた。

眠りの海へとそのまま落ちて行こうとした、ちょうどその時、机の上でケータイが震えだして目が覚めた。
このまま寝たら風邪を引く、ってか?ったく、誰だか知らんが親切な奴だ。ありがたくって涙が出るね。
時計を見ると十一時。この着信音は……メールじゃなくて電話か。こんな時間に電話を掛けてくるような非常識な奴は谷口で違いない。もし万が一谷口じゃなかったとしたら、古泉と相場が決まっている。
相手が谷口ならば明日は日曜だし、またナンパの誘いでも持ちかけてくるんだろう。即切りでも問題無いか。
古泉なら……いや、考えるだけでも怖い。どうせハルヒが問題を起こしたって話題に決まっているんだ。満月に当てられて情緒不安定になったアイツが……ってどうにも有り得そうな話なだけに始末が悪い。
こんな夜中に学校に出向くとかマジ勘弁して頂きたい。
頼むから電話の相手が古泉ではありませんように。
俺はベッドから起き上がると、手を伸ばしてケータイを取った。祈りながら二つ折りのソイツを開く。

結論から言うと、電話の相手は谷口でも古泉でも、ましてや国木田でも、休日出勤を宣告する鬼団長でも無かった。
つか、誰だよ、コレ?

ケータイの着信画面を見てキョトンとなってしまう俺を誰が責められよう。いいや、誰も責められまい。反語。
うん、何の事か分からないよな。すまない。とりあえず、画面に映っている電話を掛けてきている相手の名称を教える。

『宇宙』

聞くぞ?突然、アンタのケータイがけたたましく鳴って、画面を覗き込んだら着信相手が「宇宙」。さぁ、どんな気持ちだ?
少しばかり普通の人よりも非常識な事態には慣れているとは言え、俺は幸運にも一般人だ。超常現象は普通に怖い。
さぁ、俺の置かれている状況が少しばかり理解出来ただろうか?
当然ながら、俺は「宇宙」なんてけったいな言葉をアドレス帳には登録していない。長門を宇宙人なんて失礼な名前で登録していたりはしないし、そもそもアドレス帳にあだ名で登録を入れるような趣味の持ち主でもない。
さらに言えば「宇宙」なんてあだ名を付けられた奴を見た事も聞いた事も無い訳で。
宇宙人なら二人ほど俺の学校に在籍してるがな。
となると、だ。俺のケータイにこんな悪戯が出来るのは、思い付く限りで言えば長門、喜緑さん、九曜……こんな所か。心当たりが三つも即座に浮かぶ辺りが少し悲しい。
ハルヒが俺のケータイに悪戯をしていった可能性も無いとは言えない。……が、しかしアイツならば谷口の名称を「馬鹿」とか「阿呆」とかに書き換えるのが関の山だろう。
こんな意味深な……電波な悪戯を果たしてアイツがするだろうか。いや、多分しないね。
なら、宇宙人でFAだろう。
長門かなぁ……アイツもこんなお茶目が出来るようになる程、情緒が充実してきたって事か。ああ、とても喜ばしいね。まるで娘の成長を喜ぶ父親のようにとか、そんな悠長な事を考えて現実逃避に走る事も着信音が許してくれない。
いくら考察してみた所で何が変わる訳でもない。そんな事は分かっている。
ああ、今すぐこの阿呆な電話をぶつ切りしたい。
絶対にロクな内容ではないのは目に見えている。
だが、さっきから電源ボタンを押しまくってはいるのに、電話は一向に切れてくれず。ならばと電池を抜こうとしたらば、電池カバーがピクリとも動かない。
これ、なんて怪奇現象?
さらには「早く取れよ」と言わんがばかりに着信音が少しづつ、そして際限無く大きく鳴り始めて。あーあー。分かりましたよ。電話に出れば良いんだろ、出れば!

俺は腹を括って着信を押した。鬼が出るか蛇が出るか。全く、ちょっとした「世にも奇妙な話」だぞ、コレ!

「もう……やっと出てくれた。ダメだよ、キョン君。電話には早く出なくちゃ?苛々して色々意地悪しちゃったじゃない?」
「……お前が?」
「あれ?意外だった?画面はちゃんと宇宙からの電話になってたよね?」

ケータイから響いてきた声は高校入学早々に転校した宇宙人少女……。
朝倉涼子の物だった。


追記:いつか使ってあげたい尻切れ朝倉

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